【JRバス関東】懐かしの安房神戸駅
前回は、JRバス関東館山支店の記事を書いたので、本欄では今なき自動車駅だった安房神戸(あわかんべ)を偲ぶことにしよう。
南房州本線(館山駅〜安房神戸〜相の浜〜長尾橋〜安房白浜、18.2㎞)の途中経由地でお馴染みの安房神戸は、現在は単なる途中停留所に過ぎないが、かつては自動車駅だった。漢字では、東海道本線・山陽本線の神戸駅と混同しないよう、旧国名が付いている。館山支店管内には、旧国名の付いた停留所が多い。車内放送では「♪次は安房神戸、神戸でございます」のように、2回目では旧国名を省略している。
安房神戸駅は第二種委託駅(駅施設・用地は受託人負担)として、乗車券の発売と手小荷物を取り扱っており、館山駅方面の停留所前にある建物(民家か商店か不明)の一角に出札窓口があった。道路側のガラス戸の上には表札とともに、右から横書きで「委務業村戸神」(末期は「託」の文字が欠落)と記載されていた。神戸村が館山市に編入されたのは昭和29年5月3日で、右から書かれていることもあり、昭和8年1月20日の南房州本線(当時は北倉本線)開業当時から建てられていたようだ。
■安房神戸~東光寺前~小沼間は繋がっていた
旧神戸村の中心部で、東光寺前方面への分岐駅だったことから、輸送上の拠点として位置づけられていた。現在、安房神戸~東光寺前間は平日のみの運行だが、かつては洲の崎線の小沼まで繋がっており、砂山線(館山駅~砂山口~小沼~伊戸)が設定されていた。運行回数はごく僅かだったようだ。
安房神戸~小沼間は昭和32年12月20日に開業し、平成6年3月1日に休止された(令和7年3月1日廃止)。昭和61年12月10日公示の「国鉄自動車線名称」によると、洲の崎線は潮留橋-西川名-安房神戸となっている。JRバス関東館山支店が作成した平成5年3月18日改正の時刻表では、すでに館山駅~東光寺前~安房神戸~安房白浜間の運行となっており、東光寺前~小沼間の設定はなかった。安房神戸~東光寺前間が残されているのは、安房佐野にある房南学園(旧神戸小学校。平成29年4月1日に富崎小学校、神戸小学校、房南中学校が合併して小中一貫校に)の通学輸送に対応しているのだろうか。
安房神戸駅の正式な営業廃止日は分からないが、昭和41年発行の「自動車線普通旅客運賃表」には掲載され、昭和47年10月14日現在の「日本国有鉄道停車場一覧」には記載されていない。ワンマン化と合わせて廃止されたと思われる。館山自動車営業所管内は道路事情がよく、ワンマンバスの導入が早かったようだ。観光地ゆえに、車掌乗務に不向きなトップドア車が多く配置されていた。
自動車駅廃止後も、農産品の出荷所となっており、ガラス戸には房州物流㈱の生花と野菜の集荷予定表(運休日)が貼られていた。
現在は解体されて更地となってしまい、当時の面影はない。跡地にはプレハブの小さな待合所が建てられていたが、これも解体されて、のりばも館山駅寄りに移設されている。白百合型だったポールも交換されている。
安房神戸駅の写真は、3枚ともマイカーで南房州本線のルートを走っていた時、安房神戸停留所に差し掛かったので、何気なく撮影したものである。この数年後に解体されたようで、グーグルの「ストリートビュー」では、最も古い平成26年5月撮影に写っていない。
↑南房州本線の行先方向幕には(神戸)と入っていた。写真は三菱ふそうU-MP218M(平成18年7月18日、安房白浜で撮影)
↑安房神戸駅全景(平成19年3月10日撮影)
↑窓口跡。「すいませ~ん。館山駅まで大人1枚ください」と言いたくなる(笑)(平成19年3月10日撮影)
↑「村戸神」と読めるので、戦前から建てられていたことが分かる(平成19年3月10日撮影)
南房州本線(館山駅〜安房神戸〜相の浜〜長尾橋〜安房白浜、18.2㎞)の途中経由地でお馴染みの安房神戸は、現在は単なる途中停留所に過ぎないが、かつては自動車駅だった。漢字では、東海道本線・山陽本線の神戸駅と混同しないよう、旧国名が付いている。館山支店管内には、旧国名の付いた停留所が多い。車内放送では「♪次は安房神戸、神戸でございます」のように、2回目では旧国名を省略している。
安房神戸駅は第二種委託駅(駅施設・用地は受託人負担)として、乗車券の発売と手小荷物を取り扱っており、館山駅方面の停留所前にある建物(民家か商店か不明)の一角に出札窓口があった。道路側のガラス戸の上には表札とともに、右から横書きで「委務業村戸神」(末期は「託」の文字が欠落)と記載されていた。神戸村が館山市に編入されたのは昭和29年5月3日で、右から書かれていることもあり、昭和8年1月20日の南房州本線(当時は北倉本線)開業当時から建てられていたようだ。
■安房神戸~東光寺前~小沼間は繋がっていた
旧神戸村の中心部で、東光寺前方面への分岐駅だったことから、輸送上の拠点として位置づけられていた。現在、安房神戸~東光寺前間は平日のみの運行だが、かつては洲の崎線の小沼まで繋がっており、砂山線(館山駅~砂山口~小沼~伊戸)が設定されていた。運行回数はごく僅かだったようだ。
安房神戸~小沼間は昭和32年12月20日に開業し、平成6年3月1日に休止された(令和7年3月1日廃止)。昭和61年12月10日公示の「国鉄自動車線名称」によると、洲の崎線は潮留橋-西川名-安房神戸となっている。JRバス関東館山支店が作成した平成5年3月18日改正の時刻表では、すでに館山駅~東光寺前~安房神戸~安房白浜間の運行となっており、東光寺前~小沼間の設定はなかった。安房神戸~東光寺前間が残されているのは、安房佐野にある房南学園(旧神戸小学校。平成29年4月1日に富崎小学校、神戸小学校、房南中学校が合併して小中一貫校に)の通学輸送に対応しているのだろうか。
安房神戸駅の正式な営業廃止日は分からないが、昭和41年発行の「自動車線普通旅客運賃表」には掲載され、昭和47年10月14日現在の「日本国有鉄道停車場一覧」には記載されていない。ワンマン化と合わせて廃止されたと思われる。館山自動車営業所管内は道路事情がよく、ワンマンバスの導入が早かったようだ。観光地ゆえに、車掌乗務に不向きなトップドア車が多く配置されていた。
自動車駅廃止後も、農産品の出荷所となっており、ガラス戸には房州物流㈱の生花と野菜の集荷予定表(運休日)が貼られていた。
現在は解体されて更地となってしまい、当時の面影はない。跡地にはプレハブの小さな待合所が建てられていたが、これも解体されて、のりばも館山駅寄りに移設されている。白百合型だったポールも交換されている。
安房神戸駅の写真は、3枚ともマイカーで南房州本線のルートを走っていた時、安房神戸停留所に差し掛かったので、何気なく撮影したものである。この数年後に解体されたようで、グーグルの「ストリートビュー」では、最も古い平成26年5月撮影に写っていない。
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