EP3「暗流」 02 嘘の都市

 中央都市で活動するにあたって、フェルは正体を隠して行動する必要があった。

 フェルは行方不明中のLN66Wの乗組員である。それがこうして中央都市に戻ってきていると知られると放っておかれないだろう。

 フェルは、LN66Wにはリザレクションのスパイが入り込んでいたかもしれないと思っている。そして、リザレクションは中央の大手企業インペリアルと結託して惑星レキでの事に関与していた。そういった事情もあわせると、なおさらフェルがここにいることを知られたくない。

 そこで一番の問題は、服装をどうするかだった。

 フェルの自宅がある外縁であればさほど問題はないだろうが、中層以下で調査を行う場合はいつもの格好だとまずい。制服以外を着る必要がある。

 EMSには容姿認証を回避するように設定をした。これは一等司書が持つ権限である。服装さえなんとかすれば町を歩いても問題はないはずだが、それが問題であった。

 フェルは制服を何着かとスクールの運動着以外の服を持っていない。いや、服はあるが「妹」のために用意したかわいらしいものばかりだ。自分の服にお金をかけるくらいなら好きな相手を着せ替えたほうが楽しいからである。

 身近なライムから服を借りようかと思ったが、彼女にもフェルの帰還は知られたくない。事件に巻き込んでしまう可能性があるからだ。

 考えた上、相談しても問題なさそうな人に話した。するとその人は、駅の前にインペリアル製の高級SUVをつけてフェルを洋服店に案内してくれた。

「大丈夫ですか? 私は中央企業を調査しようとしていますが……」

 フェルはその人物、企業連合の会計役員だというルミに話しかけた。

 ルミとはいつか会う約束があった。事情を話すとすぐに店に案内してくれて、そこで服を選ぶことになった。とてもありがたいが、フェルはルミが所属する企業連合の利益を損なうようなことをするかもしれない。

 しかし、そんな人物にしか声をかけられなかった。無関係の友人に話せばリザレクションの手が伸びるかもしれないが、インペリアルの出身で役員待遇の記録者であるルミならば逆に安全だと考えた。

「お姉さまは、少し勘違いをされていますね」

 ルミは落ち着いた様子で話す。すました表情もとてもかわいらしい。

「統合財務担当官の仕事には、自主的な会計監査も含まれています。企業が不正を行っていないかを調べることは私の職務でもあります」

 ルミは話す。中央企業の自浄がルミの役割らしい。

 そのような仕事では身内から嫌われることもあるだろう。彼女の心労に少し同情してしまう。

「そうは言いますが、私が調べようとしているのはインペリアルですよ」

 フェルは言い、ルミが手渡してきた上等な帽子をかぶってみた。仰々しくて、ライムが見たら大笑いしてきそうだ。

「お姉さまこそ、私を信用していいのですか」

 ルミは少し拗ねたような声を出した。なぜそんな声を出すのだろう。ルミはインペリアルから企業連合に出向しているから、それを気にしているのだろうか。

「人の本質を決めるのは、所属や生まれではないですから」

 フェルは言って、別の帽子をかぶってみた。ルミが渡してきたものよりはカジュアルで、服装も派手すぎないようにした。

「……よくお似合いです。やっぱりフェルお姉さまは理想のお姉さまですね」

 熱っぽい視線でルミがこちらを見ていた。憧れてもらえるよう、フェルは柔らかくルミに微笑みかけた。

 会計を終えて店を出ると、もうSUVはいなくなっていた。多分ルミが帰らせたのだろう。あれは富豪向けの最高級車種で、一台でこの店が建ってしまうほどのものだ。

「これからどうするのですか? お姉さま」

 フェルの横に並んで袖を掴むルミ。調査に同行するつもりらしい。彼女自身もインペリアルに所属しているというのに、よっぽど正義感が強いのだろう。

「巻き込んでしまうかもしれない、と考えているならそれも杞憂です。私、インペリアルからはもう既に腫れ物扱いをされていますから。でも、どうこうされるほど弱くはありません」

 フェルの心配に先立ってルミは言った。結局は巻き込む結果になってしまったものの、記録者である彼女の協力は正直言って心強くはある。

 釘を差されてしまい、フェルはルミの同行を許すしかない。妹のわがままに逆らえるはずがないのだ。

「まずは、中央都市の空気を感じ取ってみます」

 フェルは言う。今のフェルにとって、インペリアルが支配する中央都市は異星のようなもの。異星に入った時、まず司書が行うべきなのはその場が持つ空気を知ることだ。

 今、中央都市は何に興味があって何が動いているのか。それを知った上で違和感を見つけられれば、インペリアルがどうしたいのかの手がかりが見えてくるはずだ。

「町を歩いてみましょうか」

 フェルはルミに話しかけ、手を握った。二人は休日の若いカップルのように歩き、中層の繁華街へと入っていく。



 今、中央で最も話題になっているのはタルタロスという銀河のことらしい。

 タルタロス銀河タルタロス星系、惑星タルタロス。中央法の外にある未開拓惑星とされるその場所に近づいたUDFの艦船が被害を被り、それが中央都市の港に不時着して汚染をもたらしたという事件があったそうだ。

「この件について、メディアはUDFの糾弾に終始……なるほど」

 フェルは、いない間に起きたこの事件について大まかな流れを把握した。

 タルタロスについてはほとんどメディアで扱われていない。中央法の適用が微妙な地域であるということは前に聞いたことがあるが、情報はそれくらいだ。

 UDFが先走って威嚇的な巡回行動をとったせい――というのが、中央での主な報道内容である。少し無理がある内容である。

「VDの返答も同じです。馬鹿げたことだと思います」

 トロピカルジュースを前に置き、派手なサングラスをつけたルミが言った。街歩きを楽しんでいるようで何よりだ。

「そうでしょうね。基本的に、バイナルディスクの分析はSNSとメディアの総括ですから」

 フェルは言った。VD、バイナルディスクは便利で高性能だが、簡単にいえば世の中の全ての発言を要約するだけのものだ。ファクトチェック機能はあるとされているが名ばかりのもので、「誰が何と言っていて、こういう考えが多い」ということを教えてくれるだけである。

 ファクトチェック、真実の検証とは本来そういうことではない。誰かが何かを言っていたとして、嘘をついている可能性を専門的に検証することだ。

 過去の発言との矛盾、状況的にありえない事、時系列が妥当か、果てはひとつひとつの単語選びや発音に現れる精神の動きなどを分析して、その人物が何の意図でなぜそれを発言したのかを分析することがファクトチェックだ。世の中を要約することでもなければ、公式の声明を探し出して引用することでもない。しかし、今の中央都市で一般市民が得られるのはほとんど後者だけである。

「実際の世論は、少し違うようですが……」

 半日ほど町を歩いてみた。町の会話を分析した結果、現在の中央都市の人々の認識は必ずしもバイナルディスクと一致していない。

 反UDF的な感情は別に強くなく、どちらかといえば防備の増強を望んでいるようだ。メディアと一般民衆との認識は乖離している。

 しかし、だからといって他の情報源があるわけではない。この体制を変えるまでのファクトを、人々は獲得できていない。

「かわりになるメディアが、今はありませんからね」

 ルミが言う。フェルもそれが答えだと思う。

 Nデバイスによる分析では全く別の事実が浮かび上がってくる。それも完璧とは言えないが、確度を数字で言い表すことは可能だ。人体の意識を拡張するNデバイスの分析能力ならば、検証の過程をすべて見通せるためである。

 それが、VDでは分析の過程を認識できない。結果しか与えられないので、それが信頼すべきものか数字で言い表せない。

 先代中央都市のイザヴェルでは市民たちの協力で組織の情報工作に対抗できた。情報の主導権は市民にあり、もっとましな視界の中で歩けたのだ。

「考えるのが人ではなく機械になった時から、その機械をどのくらい多く作れるかの資本力だけでほとんどのことが決してしまいますから。これがインペリアルの戦略なんです」

 ルミは言って、サングラスを外して目線を落としていた。飲み物のグラスについた水滴を小さな指でなぞっている。

 確かにそうだ。VDの分析が世の中の要約だというなら、メディアを買収して自分の記事をネットに増やし続けてしまえばいい。量が多ければ、簡単にそれを真実にできてしまう。

 インペリアルはその土壌を作るため、一人で物量の嘘をめくれてしまうNデバイスを市場から締め出してきたのだろう。

 今はまだUG2の頃の法や常識があるので市民は偏向報道に違和感を覚え、極端に洗脳されていない。しかし、このままの状態が続けばわからなくなる。

「情報戦争自体が壮大な無駄なので、私は本当に嫌いです。何も生み出すことがない徒労です」

 ルミは言って、少し腹を立てた顔でストローを吸った。怒る顔もとてもかわいい。

「そうですね。本当の問題は……そのタルタロスという星の住民のことだと思います」

 タルタロスは確かに、無視できない大量破壊兵器を保有している。銀河のエネルギーを集約して巨大なガンマ線バーストを人為的に引き起こすもので、原理的には他の銀河に危害を加えることさえ可能な超兵器である。

 そんなものを持っているだけでも介入の事由には十分に思えるかもしれないが、中央法の適応条件は厳しいのだ。超空間の移動を実現し、実際に他の銀河を渡り歩いて際限なく支配を広げられると認定された場合のみ武力制圧が可能とされる。

 だが、もっと問題なのはタルタロスの市民のことだ。

「UDFが本当に懸念しているのは、タルタロス政府の下にいる民衆がまともに扱われているかでしょうね」

 フェルは言った。自分で言いながら、まだそれは完全な理屈ではないという気がした。

 超兵器の存在以外に、タルタロスには何かがある。だからUDFは名前を挙げている。そんな気がする。

 UDFにはフェルの後輩がいる。彼女もタルタロス近辺の警備に行っていたはず。あれは少し無鉄砲でせっかちな性格の騎士だが、ちゃんと道理に従う誠実な妹でもある。何の根拠もなくタルタロスを敵視するような子ではない。

「(やはり、タルタロスにもリザレクションか?)」

 フェルは忌まわしい組織の名を思い浮かべた。

 命を弄ぶ教団、リザレクション。もしそれがタルタロスに取り入っているとすれば、UDFが内密にマークしても不思議ではない。それに、リザレクションと結託するインペリアル系のメディアがタルタロスよりUDFを非難するいびつさも説明がつく。

「政治部はタルタロスの市民を証人にして事態を変えたいようですが、それもこのままでは難しいと思います」

 ルミが意見を言った。タルタロスの市民がこの中央都市に招かれているというのか。それは、メディアや市民の会話にはなかった情報だ。

「多くの役人さんはご存知ないことですが、中央には辺境の銀河と行き来する闇の運び屋がいます。タルタロスも例外ではありません」

 ルミは言った。銀河間を短期間で移動できるワープ技術を持つ船は、中央なら珍しくない。フェルが住んでいるオニキスにもその機能があるほどだ。

 乱用すればもちろん違法である。タルタロスは正式には中央に加盟していないので、表向きにはタルタロス人は中央にいないことになる。

 だが外縁なら、違法な運び屋につれてこられた未開惑星の人間もいるかもしれない。それを政治部が確保しているのだろうか。

「その証人は、何か特別な仕事をさせられていたとか。しかし、一人の証言くらいではインペリアルに潰されてしまいます」

 ルミは言った。フェルも同意で、政治部も同じ理由で慎重になっているのだろう。

 証言が握りつぶされるくらいならまだいい。特別な仕事というのが何かは知らないが、都合の悪いことなら証人に危害が及ぶ可能性がある。

 政治部の証言計画はあまりいいやり方ではない。そもそも、裏切り者を仕立て上げて生活を捨てさせるのは邪道である。

 目的のために手段が正当化される場合があるとしても、他人に代償を払わせるべきではない。それくらいなら、自分で調査して証拠を掴んだ方がいい。

「わかりました。今日は付き合ってくださってありがとうございました」

 フェルは席を立ち、半日のデートに付き合ってくれた小さな記録者に礼を言った。

「お姉さまは、どうしてそこまでするのですか?」

 しかし、ルミは席を立たずにまっすぐこちらを見ていた。

「……なぜでしょうね。自分のためかもしれません」

 フェルはルミの問いにそう答えた。

 フェルは、宇宙にいる人々が幸福に生きていてほしい。司書の仕事に敬意を持っていて、その使命を担いたいとも思っている。そこに嘘はない。

 だが、この仕事に決して背くことができないのは別の強い動機があることも事実だ。

 自分の存在が世の中に役立てるのだと証明し、安心したいためだ。

 人に害をなす存在ではないのだと。かけがえのない命を大切にできるのだと。

 胸の痛みが忘れられない。自分の存在と機能によって無惨に散っていった、いくつもの命の存在を知った時の。

「もし……もしそうなら、私も同じ――」

 ルミがなにか話そうとした時のことだった。

「つれないじゃないか、親友。帰ってきているのに、私には連絡のひとつもよこさないとは」

 フェルとルミの間に声がかけられた。ふざけた言い回しをしているものの、その声は少し震えている。

 店内に入ってきていた小柄な金髪の少女。少し潤んだ瞳をしている。

「無事で何よりだった。でも、心配したんだよ」

 そう語る学生服の少女は、LNスクールの同級生であるオーラであった。

 もう声は震えていないものの、フェルを見る眼差しには純粋な気持ちが込められていると感じた。



(第3話に続く)

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