「桜に攫われる」という表現を聞いたことがある。
はじめて聞いたときはいまいちピンと来なかったけど、今ならよくわかる。
新八は散り際の桜の下に立つ男を見てそんなことを考えた。
「なにボーッとしてるアルか?新八」
神楽が新八の顔を覗き込む。
桜に攫われる、という表現は本来ならこんな少女にこそふさわしいのだろう。もっともこの少女は攫われても力づくで戻ってくるのだろうが。
間違ってもムキムキの、大の大人に使う表現ではない。
なら、いま目の前に広がる光景はなんだと言うのだ。
透き通る銀髪が風景に混じる。
ああ、このまま彼はどこへ行ってしまうのだろう。
そう思うと、自然と腕が伸びていた。
「えっ、なに、」
突然腕を掴んで来た新八に、銀時は戸惑いを見せる。
「新八ぃ?どした?」
「どこに行くんですか」
「は?どこにって、お前らが焼肉食いてえって言うから、連れてってやろーとしてんじゃねーか」
銀時の言葉に、新八は我に返った。
「すっ、すみません!」
咄嗟に手を離し、顔を真っ赤にする。
銀時の腕はしっかりとしていた。
ゴツかった。
絶対に桜になぞ攫われはしないな、と安堵する。
「桜、綺麗アル!雨みたい!」
歓声をあげる神楽を、銀時は優しく見つめた。
見事な桜吹雪であった。
「今年は、花見しなかったな」
「したいアル!アネゴも!さっちゃんもツッキーも一緒に!」
「でももう散っちゃってますよ」
無邪気な神楽に苦笑する。
もう少し早く桜に気付いていればよかったな、と少しだけ後悔した。
「桜は散って行く姿もまた良いもんじゃねーか」
ぽつりと銀時がこぼした。
「行っちゃダメ!!!!」
唐突に、神楽が叫び 銀時の胸に飛び込んだ。
「は!?!?!?!?」
先刻の新八の時以上に驚く銀時。
「なんか、いま一瞬、銀ちゃんが桜に連れてかれちゃうように見えたアル…」
「なんだそれ!?」
新八はハッとした。
自分だけが思っているわけではなかった。
この少女もまた、この大きな男を、それほどに儚げな存在と見てとったのだ。
「連れてかれねーよ…、お前らマジ今日はなんなの…?なんか悪いもんでも食った…?いや今日は豆パンしかやってねえか」
頭をぽりぽりと掻きながら目を伏せる。
「銀さん、今日は僕、万事屋に泊まっていっても良いですか?」
「今日?べつにいーよ」
「私も、今日は銀ちゃんの布団の横で寝るアル」
「え、マジで2人ともどしたの…」
銀時は戸惑っていたが、新八も神楽も同じ気持ちだった。
この人をひとりにしてはいけない。
いつ春の精に攫われてしまうわからない。
この人がそんな簡単にやられる人間でないのはよく知ってはいるが、それでも、ふとした瞬間にいなくなってしまいそうで。
「じゃあさっさと肉食って帰るか」
少し前を歩いていた銀時がこちらを見やり、にこりと笑うと 銀色の髪が少し揺れた。
とても綺麗だと思った。とても綺麗で、危ういと思った。こんな大人の男に言うことではないが、護らなければならないと思った。
横にいる神楽を見ると、彼女も何かを決意したような顔をしていて、なんとなく自分もいま同じ顔をしているのだろうと思った。
「週末にでもお花見しましょうか。姉上や真選組のみなさんも呼んで」
「あのチンピラ共は呼ぶな。酒がまずくなる」
減らず口を叩いても、銀時が真選組といるときとても楽しそうなのを新八は知っている。
真選組だから、というわけではないんだろうな。このひとは、きっとひとりより大勢が好きなのだろう。
そうだな、と納得した。
そうであってほしい、と願った。
どうか、このどうしようもない大人が、独りで桜に攫われることを望まぬようにと強く願った。
頑固で強情なやつだよ。自分のことはごった返しで自分勝手に救う。これが銀時の侍魂なんだから救えない。