本当にUNESCOは日本の女子枠を断罪しているのか - UNESCOの報告書を確認してみる
要旨:このUNESCO報告書をもって「女子枠」を断罪することはできないのに、その説明が足りないがゆえに、ミソジニーとルサンチマンに溢れた快哉を叫ぶコメントがついているのは憂慮すべきで、もう少し配慮した書きぶりが望ましかったのではないか。
追記:女子枠を推進する側も「お手盛りではないちゃんとした振り返り」を英語の論文でださないといろいろ困ると思うのでちゃんと出そうね。
きっかけはこの投稿
このような投稿を見かけたのが、この記事を書くきっかけです。
フラットな文面に見えつつも「女子枠の問題」「UNESCOが引用」ということを強調したこともあり、リプライ・引用RTを見る限り、「打倒女子枠!」「フェミニストを倒せ!」「男が差別されている!」といった、ミソジニーとルサンチマンの観点から快哉を叫ぶコメントがならんでおりました。
確かに日本の「女子枠」の運用については課題があるけれど、対処方法は「女子枠の撤廃」ではなく「様々な枠があることによる丁寧な運用」じゃなかったっけ?と思いつつ、この報告書がホントに「日本に対する丁寧な問題指摘と改善要求」であれば真摯に受け止めねばならんなと思ったわけです。
報告書をざっと読み直してみた/読み直させて見た
ということで、このマガジンのコンセプト「ちゃんと原典を読んでみよう」(決してファクトチェックなんておこがましいことはいいません)にそって原典を読んでみようと思ったわけです。
英語が得意じゃない修士卒なのでGeminiとClaudeに下読みはしてもらいましたが、その抜き出し方や翻訳が正しいかどうかはチェックし直しています。なぜかどちらも、フラットに整理しなさいというのに、ベタ褒めか疑念を持った調査かどちらかに偏ってしまうので…
UNESCOの報告書の趣旨は教育への①アクセスと参加、②定着と卒業後のアウトカムへの効果レビュー
世界の高等教育(HE)および職業教育訓練(TVET)セクターに対する政策が、これらの教育への①アクセスと参加、②定着と卒業後のアウトカムに効果があったかをレビューし、SDG目標の4番「すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」を実現するための支援とするものだそうです。なので効果測定をしたという報告書で、何か特定の指摘・指示をするものではないようです。
この時点で、基本的には「問題提起・課題提起」をする報告書なので、何かを褒めるということはしない報告書なのだなという受け止めをしました。
日本に対する記述がある箇所とその内容は限定的
そして、日本に対する言及箇所を探すと、基本的には
5.3.2. Policy areas の中の Access and Participation という節の Affirmative action and quota systems に絞った議論
だけで登場していることが分かり、比較対象はインド・スリランカ・ブラジル・南アフリカであることが分かります。
Affirmative action and quota systems(アファーマティブ・アクションとクオータ制)
アファーマティブ・アクションとクオータ制は、歴史的に周縁化されてきた、または過少代表されてきたグループに対して入学枠を確保したり優先的なアクセスを提供したりすることで、高等教育における公平性と包摂性を促進するための政策ツールである。これらの政策は、システム的な不利を是正し、学術機関における多様性を育むことを目的としている。大きな恩恵をもたらす可能性がある一方で、その成功は慎重な設計・堅固な実施・継続的な改善にかかっている。たとえば、インドでは他の後進階級(OBC)向けなどのカーストに基づくクオータが代表性を高めるために用いられているが、メリットとミスマッチをめぐる議論は続いている(Basant & Sen, 2020)。スリランカは地区に基づくクオータを採用して十分なリソースを持たない地域の代表性改善を図っているが、学術的なミスマッチという課題に直面している(de Silva et al., 2021)。ブラジルの人種的・社会経済的クオータは、公平性をめぐる議論にもかかわらず、学術的成果を損なうことなく多様性を拡大してきた(Vidigal, 2018)。日本のSTEM分野における女性学生クオータは、実質的な変化を伴わない象徴的な実施にとどまるとして批判されている(Kunitake, 2025)。南アフリカの人種に配慮した入学政策は競争の場を平等にしようとするものだが、制度的バイアスに直面している(Favish & Hendry, 2010)。これらの介入に関するテーマ分析から示唆されることは、こうしたアファーマティブ・アクションは多様性を促進し、歴史的な不公平を是正し、社会的流動性を支援することができる一方で、メリトクラシー・実施上のギャップ・逆差別・潜在的な学術的ミスマッチへの懸念を伴うということである(Basant & Sen, 2020; de Silva et al., 2021; Vidigal, 2018)。したがって、成功する政策には、明確な基準・透明性・学術的サポート・定期的な評価・インクルーシブな文化が求められ、多様な制度的・文化的文脈においていかに公平性とメリトクラシーのバランスをとるかという繊細さが強調される。
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000397622
報告書を読むかぎり、「政策は明確な基準・透明性・学術的サポート・定期的な評価・インクルーシブな文化が必要」という指摘で、引用されたKunitake氏の論文で指摘している同志社大学の総合選抜試験の透明性に欠けると思われる運用は確かにNGであるけれど、日本の「女子枠」全般に対する指摘とは言いがたいのではないでしょうか。
Affirmative action and quota systemsに対する分析の根拠とされた論文たちをみると、②定着と卒業後のアウトカム の観点の評価は行われていないと分かる
報告書の末尾には、依拠した論文一覧がその評価と共に記載されています。この節で引用された論文だけ抜き出して見たものが以下です。
こうすると、Kunitake論文は他の事例と比べて「高収入層を対象とした新鮮なレポートではあるもののOutcomes/Impactsの議論がされていない」という評価が分かります。UNESCOの報告書がテーマとしているのは教育への①アクセスと参加、②定着と卒業後のアウトカムの2点だということは前述しましたが、日本の女子枠への問題は①アクセスと参加の観点の評価のみであり、②定着と卒業後のアウトカムに対しては評価をしていないことがわかります。
なお、インド等・南アフリカに関する議論は共著論文で、ブラジルに関する議論は共著論文と単著論文の2つの論文を組み合わせたものである中で、日本が単著論文(しかも特定のケースに焦点を当てたもの)だというのは、あまりうれしくない話ですね。
日本に対する記述は「不透明な入試は改善しようね」である中で、引用文献の筆者が「これは女性枠全般に対する国連の批判的な意思である」ということの問題点
このように、UNESCOの報告書の中で、「日本の女性枠の運用に対する問題点」を指摘しているのはKunitake (2025)の論文を根拠としたものだけ状況です。著者本人はそのことをどう考えているかというと、
このように、「UNESCOの報告書に認められた」という虎の威を借るような言動をされています。
ですが、通常の学術論文ではそのような行動は認められませんよね。よほど学術的な定理でもないかぎり、他の論文か自らの調査に依拠して主張を行うはずです。他の様々な専門家の論文を読んでの総合的判断であれば、それに言及しないはずがなく、つまり、この筆者はKunitake (2025)だけを元に判断した、と考えるのが研究者らしいスタンスなのではないでしょうか。
少なくとも、同じように修士課程を(研究室の半分が修士を取れない厳しい審査をする研究室で)修了した修士持ちとしては、それは研究者としても実務家としても、ちょっとどうなの?と思います。
海外のふわっとした調査報告書を錦の御旗として強硬な主張をすることの問題点
さて、ここまで見てみると、UNESCOの調査報告書のみをもって「日本の女性枠は否定されているので撤廃すべき」という主張はいささか根拠にかけるように思えてきました。
が、目的の異なる海外の報告(書)を錦の御旗にして自己の政治的主張を過剰に押しつける事例、他にもあったのを思いだしたわけです。
国連女子差別撤廃条約に基づく女子差別撤廃委員会の勧告を元に、マンガ・アニメは検閲されるべし、とした事例です。
このケースでは、表現をする側もビジネスとなって業界としての動きになったのに呼応するかのごとく、「表現規制」に絞って様々な圧力を加えようとする(ややミサンドリーじみた)運動も強かったと記憶しています。
そして、女性に対する差別として、表現云々以前の、より多くの具体的な問題が現実にある中で、そこに対して効果が期待できない表現規制は、男性のみならず女性からも批判が生まれ、法律による不必要なレベルの過剰な規制は避けられたと記憶しています。
この方が、今後博士を取って研究者の道を歩みながら、その専門分野とは別に、適切に社会に対する提言をするつもりなら、自分が「研究者」であるハロー効果をつかうとか、過激・感情的な発言を誘発するようなものいいとかは気を付けるべきではないか?と思いました。
とはいえ、ちょっと差し出がましいのかな、と思いGoogle Geminiに聞いてみたらやたら迎合的なレポートを出されたので、Claude Sonnet 4.6にツッコミを入れて貰って、せめてここだけは気を付けろという点を出してもらいました。
國武悠人氏の女子枠批判は、国際的な法的動向の変化、政策手段の選択の合理性、施策の実効性という点で学術的に検討に値する問題を提起している。日本においてこれまで十分に議論されてこなかった視点を持ち込んでいる点は評価できる。
一方、以下の点は課題として指摘できる。第一に、学術論文と一般向けSNS発信の間でトーンと主張の強さに顕著な乖離があり、前者を「説得力の源泉」として、後者でより強い主張を展開するという構造が生じている。第二に、SNS上のミソジニー的賛同言説に対し、学術的批判者として距離を示す積極的な姿勢が見受けられない。第三に、女子枠導入側の論拠(現状の格差は構造的差別の結果であるという見方)への応答が論文においても不十分であり、議論の一面性は否めない。
女子枠の是非は、「平等の形式的保障」と「実質的是正措置の必要性」という近代社会における根本的なジレンマに関わる問いであり、國武氏の問題提起はその議論の一部として位置づけられるべきものである。ただし、研究者として学術的批判の誠実さを保つためには、自身の言論空間の管理と、議論の文脈についての丁寧な発信が求められる。
ということで、結論は冒頭に述べたとおり、
このUNESCO報告書をもって「女子枠」を断罪することはできないのに、その説明が足りないがゆえに、ミソジニーとルサンチマンに溢れた快哉を叫ぶコメントがついているのは憂慮すべきで、もう少し配慮した書きぶりが望ましかったのではないか。
となります。
最後に:自分は女性枠に対しては「運用しつつ改善すべき・男性の『問題』への取り組みも示すべき」
最後に、蛇足ですが自分の考え方をざっくりと示しておきます。
入試の透明性は担保されるべきで一部に言語道断の事例があったことも事実だが、それを過度に一般化して「大学入試自体が不透明である」という主張はおかしい
運用されているアファーマティブ・アクションの多くが女性限定であることは問題だが、他をターゲットとしたアファーマティブ・アクションを拡充させることで対処すべき
女性の課題とは別の軸で同時に存在しうる「落ちこぼれ男子」の問題もあるが、対処が進んでいない
参考:都留文科大学・国際教育学科の准教授(国際教育開発)の畠山勝太さんが紹介した米国での議論一方、他国では既に女性の方が高くなっている大学院やSTEM領域の女性比率が異常に低いことも事実であり、この是正も必要である。
参考:日本の女子の理数科科目の成績に比べて大学進学率・STEM系学部への進学が少ない(後述引用部)これらの教育政策のOutcomeとして、女性の職業選択・性別による役割分担のバイアスが残り、L字カーブが残存し、他では説明できない給与格差も残ることで、社会的・経済的に不利な結果をうけることが多いのも事実
参考:学校教育だけでは教育問題を解決できない。女子教育の促進を阻害する男女の賃金格差
アファーマティブ・アクションという枠組みを超えて日本の社会構造全体を見たときに、いわゆる弱者男性のワガママだけを聞く余裕はあるのか、移民などで人口を補充できる米国の憲法・政策を元にした議論をそのままを持ち込むのは、少なくとも日本の政策判断としてはあり得ないのではないか。
※後述引用部
これらの結果から日本の女子は小学校・中学校とOECD諸国の女子と比べて理数科科目で高い成績を残しているにもかかわらず、OECD諸国の女子と比べて大学に進学もしないし、STEM系の学部へも進学しないということが読み取れます。
https://note.com/shota_hatakeyama/n/n5abffb3c7958
これとは別に、都立高校の性別による定員があるがゆえに「女性の方が合格最低点が高くなった」などの事例もあるので、単純に「男性が少ないから女性優遇」という主張をするのもおかしい話だなと思います。
2023年春に「男女別定員の緩和措置」として定員の20%を男女合同で選抜した際,男子より女子の合格最低点が高かった高校は,三田(+32点)・鷺宮(+18点)・竹台(+51点)・富士森(+19点)・神代(+11点)・広尾(+13点)・豊多摩(+3点)・竹早(+3点)・日本橋(+7点)の9校でした。もし2023年春に「男女合同選抜」を行っていた場合,女子合格者の増加は三田(+23名)・鷺宮(+16名)・竹台(+12名)・富士森(+10名)・神代(+10名)・広尾(+3名)・豊多摩(+3名)・竹早(+2名)・日本橋(+1名)となっています。
追記:論文の中身にも問題があるので女子枠が違法と断言はできない、という指摘をされている方がいた
今回、自分は門外漢なので論文の中身の精査はしなかったのですが(まあ國武氏も消費者保護が専門なので門外漢ですが)、巻き込まれ会話の中で「適切な引用になっていない」部分があるので、「大学入試のクオータ制およびアファーマティブ・アクションが違法という見解は誤り」という話をいただきました。
だそうで、
だそうです。
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