生き霊がやけに飛んで来ると思ったら、こっちが飛ばしてたかもしれないという教訓を、これから話そうと思うのだが宜しいか?
わたし、スピリチュアルなブログを読むのがわりと好きなたちです。普段からその界隈の書き物をチョイチョイ物色しています。先日とある人気ブロガーさんのコンテンツを眺めておりましたら〝生き霊〟について書かれた読み物を見かけました。
生き霊……字面を見ただけでゾワゾワしちゃうほど物騒なワードですよね。
俄かに説明が難しいのと、クソ真面目に語るのが気恥ずかしいのとで、ここは最近仲のいいAIサンに肩代わりしていただきましょうか。
こういうのは筆者自身が申し上げるより、ある程度、客観的に誰かに語ってもらったほうがいいと思うんでね。ま、いうてもAIですが。
生き霊について教えてください
ChatGPT:
生き霊(いきりょう)とは、日本の民間信仰や怪談、オカルト的な考え方に登場する存在で、「生きている人間の強い感情が霊的エネルギーとして抜け出し、他者に影響を与えるもの」とされています。死者の霊(死霊)とは違い、生きている人が無意識または強い意志によって霊的な分身を飛ばすと考えられています。
生き霊の特徴
・強い感情が原因:恨み、嫉妬、愛情、執着など、特に負の感情が強く関係すると言われます。
・無意識に出ることもある:本人が気づかないまま、生き霊として他人に害を与えるケースもあるとされています。
・実害を与えることがある:病気になる、運が悪くなる、悪夢を見るなどの影響が報告されることもあります。
・本人は無傷な場合もあるが、エネルギー消耗するという説もある。
日本文化における例
・『源氏物語』の六条御息所(ろくじょうのみやすどころ):嫉妬のあまり、生き霊となって葵の上に取り憑き、最終的に死に追いやったとされます。
・怪談・文芸作品:江戸時代以降の怪談や現代の都市伝説でも、しばしば生き霊が登場します。
要は、妬み、嫉み、怨み、不信、悪意といったマイナスの情念を、誰かがわたしに対して強く強く抱くとするじゃないですか。そうすると、こっちにもなんだかよくわかんない悪い影響が出ちゃうということです。
〝生き霊を飛ばされる〟とか〝生き霊にあてられる〟なんて言います。
生身の人間が発するから、死霊よりもずっと恐ろしいといわれています。
わたしも、これには少々身に覚えがあって。いろんな方々とお仕事をご一緒していくなかで、考え方や意見の食い違いが生じ、そこから醜い諍いに発展しちゃうなんてことがあります。
で、きっと恨みを買っちゃったなぁ、もっとスマートな対応ができたかもなぁ、言いたい事はちゃんと言っておかないとだけどちょっと言い過ぎちゃったなぁ、などとウジウジ後悔します。
そして、自分は間違っていないんだ、あれは必要な議論だったんだなどと思いつつも、なにやら懺悔の気持ちが湧いてきて、気疲れしちゃったり、考え込んでしまったり、場合によっては調子を崩したり、具合が悪くなったりね。
なんというか、これは決して迷信や疑似科学の類いじゃない(かもしれない)と思うんですよ。シンクロニシティ的ななにか。
相手がこちらに向けてくる敵意や悪意をキャッチしてしまい、怯えたり、怒ったり、悔やんだり、思いを燻らせたり、昂らせたり。そんな風に気持ちを振り回されて、精神を削られて、押し寄せる感情の波に呑み込まれてしまったら、そりゃあ病気になったり、不幸を呼び寄せたりしちゃったとしても不思議ではなさそうです。
そこに明確な因果関係が認められなくても、〝こうしたら、ああなる〟というシステムは成立するんじゃないかと思うのです。
こないだ、介護施設で暮らす父のことを考えていました。
我儘を云って職員さんたちを困らせていまいか。ちゃんと出されたメシは食っているか。規則正しく生活しているか。風邪などひかず元気で暮らしているか。
ぶっちゃけ母と違って、父のことは考えたくもないのですが、やっぱり気になってしまう時があります。
そしたら翌朝、施設からお電話がありました。
これは結構よくあることで、わたしが父を想うと、呼応するように連絡が入るのです。
「お忙しいところすみませんね。お父さまがどうしても息子さんと話がしたいというものですから……」
施設の職員さんの声音で状況をなんとなく把握しました。きっと二進も三進もいかなくなってかけてきたのでしょう。
わたしはひと呼吸置いて「わかりました」と父に代わってもらいました。
すると、案の定、父はいきなり詰問口調でわたしに罵詈雑言を浴びせかけます。
あの件はどうなった。弟(わたしの叔父)が顔を見せにこないが一体どういうつもりなんだ。お前が俺を見捨てるよう周囲に仕向けているんだろう。お前は信用ならん。俺の金を返せ。
早朝の起き抜けに、文字通り寝耳に水で向けられる唐突な敵意。
最初は辛かったですよ。でも、いつからか慣れてしまいました。
父は施設暮らしが始まった今年の2月以来、時折こうして溜まった鬱憤をわたしにぶつけてきます。
せん妄の症状はだいぶおさまっていて、ここ1ヶ月ほどは精神安定系の投薬を控え、穏やかに過ごしていたようなのですが。活火山がガス抜きのために白煙やマグマを噴き出すように、父もまた定期的にあからさまな憎悪を撒き散らすんです。
わたしは、これがまさに生き霊だと思いました。
慣れたなんて申し上げましたが、そんなことは大嘘です。毎度こんな繰言を続けられたら精神が参ってしまいます。
でもね。もしかしたらです。
わたしのほうが生き霊を父に飛ばしていたのかもしれない。
それにあてられて、父はまた、悪いほう悪いほうへと感情を拗らせ、わたしへの憎しみを募らせ、頼むから息子と話をさせてくれと、職員さんを困らせているのかもしれないのです。
前述したスピリチュアル系人気ブロガーさん曰く、人は無意識のうちに生き霊を飛ばしているのだといいます。それがたとえ怨みや憎しみでなく、「あの人がこうあってほしい」「自分に対してこう変わってほしい」「こうなればあの人自身にとっても好循環が生まれ、お互いに良好な関係性が築けるのに」……といった親切心であっても、です。結局は自分のエゴを相手に押し付け、執着という形で生き霊を飛ばしてしまっているのです。
もちろん、言いたいことがあれば心の奥底に溜め込まず、言葉で伝えて了えばいい。
ただし、そこで了です。
いつまでも固執していてもいいことなんてなんにもない。
生き霊を飛ばし続け、飛ばされた相手と分かり合えず、自分も相手から飛ばされる生き霊という名の〝負の感情〟に悩まされ続けるのです。
負のループ。負のスパイラル。
それを読んだ時、ストンと腑に落ちました。
わたしも父に対してさまざまに複雑な思いを抱えていました。
言われてみれば、生き霊を飛ばし続けていました。
あなたのそばにもいませんか?
自分はこんなにも相手を想っているのに、相手がそれに応えてくれない。
なんで分かってくれないんだと密かに相手を責め続け、苛立ちばかりを募らせ、自分の心をいたずらに消耗させてしまっている人が。
言いたいことがあれば言えばいい。
言っても分かってもらえないのは、案外、言い方が悪いだけかもしれない。
それこそ自分のエゴの押し付けが相手に透け見えているのかもしれないし、依頼心ばかりが突っ走っているのかもしれないし、自分を変える努力を怠ってしまっているのかもしれない。
そして、執着は、よくない。
人は人、自分は自分と、切り分ける意識を持たなければ。
わたしもそれを心掛け、今後は父に対してエゴは持たぬよう、気を付けたいと思っています。
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本はもはやあんまり読まないんですけど。
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