10日ほど前のブログ 亡国の議員は明治の夢をみる でもちょっと書きましたが、本日5月4日の「みどりの日」は、元々は4月29日の昭和天皇の誕生日に設定されたものが、2007年に同日が「昭和の日」に変更された事に伴って日付が移動されたもの。
「みどり」の名称は、植物に造詣が深く、自然をこよなく愛した昭和天皇の人柄と精神性にちなんだもので、他に(同趣旨で)「科学の日」という案もあったそうです。
「平成」の元号発表を担当した事でも知られる小渕恵三元首相(当時は官房長官)は、趣旨について次のような談話を残しています。
飛躍的な経済成長の結果、我が国の国民生活は、物質的にはほぼ満足し得る水準に達したものと考えられますが、これからは、これまでにも増して心の潤いやゆとりといった心の豊かさを涵養することが求められています。我が国は緑豊かな自然を持った国であることにかんがみ、この自然に親しむとともに、その恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむことを願い、『みどりの日』として国民の祝日とするものであります。
「みどりの日」という名称は確かに「ふわっとしたもの」であると当時の私も感じていましたが、今にしてみると、日付の由来である昭和天皇ご自身のパーソナリティに根ざしながらも、トータルでの日本の風土・国柄へ、過去・現在・未来にかけて「千代に八千代に」俯瞰しながら思いを馳せる事にとても叶っていた趣旨なのでは?と感じます。
「昭和の日」は、ちょっとピンポイントで単純過ぎる。
有史以来最大の国難に遭遇した「激動の時代」である事は違いなくとも、例えば1,000年後の日本人が「昭和」を知る時、最低でも明治から令和現在辺りまでの流れを把握しないと、単に「戦争に負けた後に復興した」というひどく単純な捉え方しかできないでしょう。
さらに、その時点で「天皇・皇室」が消滅していたら、例え100年後程度であっても、本質的な理解は不可能になると思います。
仮に現在、「国民との関係性がゼロに等しく、血縁も極めて薄い者を養子にする事を政治権力が強行して〝皇族数を確保〟した」という事態になったとしたら、その記述を読んだ未来の人は「ここで天皇・皇室という存在は事実上の途絶・形骸化を迎えた」と感じるでしょう。
一方で、性別を問わない直系長子への継承で愛子さまが立太子される流れとなれば、19世紀の帝国主義・植民地主義の流れに巻き込まれる中で、シナ儒教の強い影響で設定された「男系男子限定」がついに撤廃され、その流れが「未来の今上陛下」につながっているとすれば、未来の日本人も確実に「歴史から現在への連続性」を感じられるはずです。
「昭和」が、研究者やマニアだけが知る、または日本史テストの1設問位になる遠い未来になっても、風土への感受性や国柄の中に、昭和天皇や、昭和を生きた人々の精神性の片鱗が残っている事こそがなにより「尊い」。
徹底して刹那的な「私の慰撫」でしかないネトウヨ観念よりも、「みどり」の方が、未来の日本人に残せる価値は比較にならないほど大きく、深いでしょう。