マーケティングアナライザー

ノリトはまず、婚活という巨大なマーケットを徹底的にスクレイピングすることから始めた。 現在40歳。伴侶を得るにはロートル過ぎるのではないかと危惧していたが、生のデータを当たってみれば、存外にボリュームゾーンは厚い。平均年齢は38歳、標準偏差は2~3といったところか。

 

大手婚活サイトや結婚相談所が提供するホワイトペーパーは、きれいにクレンジングされた統計データの宝庫だった。 

 

 

「信頼区間95%で、90%程度の確率。自分に適合(マッチ)する妙齢の女性と結ばれるのは、計算上、容易なタスクだ」

 

 

ノリトは一通りの外部データを解析し終えると、即座に実行フェーズへと移行した。 概ね0~4歳差の異性にアプローチを掛ければ、10~20%の確率でお見合いが成立する。対面時に適切なミラーリングを施せば、歩留まり50%で交際ステータスに遷移できる。 なんて簡単な作業(ワーク)だ。皮肉にも、精密なデータに魅せられたこの男は、婚活をまるで大規模システムのデバッグ作業でもするかのように淡々と進めていった。

 

精緻な管理こそが、この感情という名の不条理に満ちたシステムの致命的な罠(ハニートラップ)であるとも知らずに。

 

さらに、条件で絞り込むという検索アルゴリズムは、現在のノリトにとって最悪の副作用をもたらした。 物理的に削除したはずの「母」という名のバグが、潜在意識の底から這い上がってきたのだ。彼は無意識のうちに「出自」や「学歴」といった呪われたフィルタを使い、異性の選別を行っていた。

 

 

不幸なことに、ノリトのスペックは「市場価値」という名のベンチマークにおいて、存外に高スコアを叩き出した。 彼がかつて目指した「そこそこの人生」は、婚活市場においては「平均より少し上」という、相手の承認欲求を刺激する絶妙な肩書きとなった。

「年収、学歴、居住地。すべて規定値をクリアしている。あとは、この変数を最適化していくだけだ」

 

MacBookのブルーライトに照らされたノリトの横顔には、かつて数式に没頭した少年時代と同じ、冷徹なまでの万能感が漂っていた。 だが、彼が構築しようとしているのは「家庭」という名の、世界で最も非論理的な共同体であることを、データは教えてはくれなかった。

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