国会前に集まった3万人
高市政権への「NO WAR」
選挙から3カ月、私が感じた希望

国会前に集まった3万人
高市政権への
「NO WAR」
選挙から3カ月
私が感じた希望

2026年3月25日、私は国会前のデモへと向かった。

朝日新聞を3月31日付で退職し、4月1日からTansaに加入することになっていた。3月25日は有給休暇中だったが、ゆっくり休もうという気持ちにはなれなかった。デモが全国的な盛り上がりを見せていたからだ。

デモの原動力は、「このままでは戦争をする国になってしまう」という危機感だ。衆議院議員選挙で自民党が過去最多の316議席を得て以降、高市早苗政権は日本の平和国家としての針路を180度変えようとしている。

これまでデモに参加したことがない人たちが、勇気を出して新たな一歩を踏み出していた。

野党とマスコミの弱さ

デモ参加者の危機感に拍車をかけているのは、野党とマスコミの弱さだ。高市政権の勢いに対抗できていない。

2026年2月8日の投開票日、私は朝日新聞のフォトグラファーとして取材にあたっていた。指示を受けて向かったのは、都内にある中道改革連合の事務所。情勢調査で負けると見込まれていた候補者のところだった。

午後8時、NHKの開票速報に出始めた結果を見て愕然とした。日本地図が自民党候補者の当選確実を示す赤色に染まっていたからだ。

中道改革連合の事務所は、しんと静まり返っている。時折聞こえるのは、他の選挙区の結果に驚く支持者たちの声だけだった。別の中道候補者の事務所も取材したが、同じだった。私は落胆した。

翌日、気が抜けてだるさだけが残った体で仕事に向かった。その日の取材は中道改革連合の代表2人が、選挙の受け止めを語る会見だった。

道中、真っ青な空を背景に冬の日差しに照らされた国会議事堂が見えた。これからはあの場所で、自民党の改憲案が現実味を帯びていったり、人権を制限するような法制度が次々と生まれたりするのか。戦争にだってなるかもしれない。私は28歳。年齢的にも兵役に就いて前線に送られる可能性だってある。怖くなった。

野党だけではない。マスメディアも同様だ。私が所属していた朝日新聞は、選挙期間も含めて、高市首相への批判姿勢は弱かった。

2カ月後 、私は朝日新聞を辞めてTansaに入った。

「声を上げないとズルズルいっちゃう」

Tansaでは学生時代にインターンをしていた。卒業してTansaを離れてから5年が経ったが、ジャーナリズム組織としての姿勢は、当時と全く変わっていなかった。記者だけではなく、運営メンバーも含めて総出でデモの取材をするという。「ここで高市政権の暴走を許せば一生後悔する」。そんな気持ちが伝わってきた。

Tansaのメンバーと共に現場に着くと、揺れるペンライトが目をひいた。参加者が持ち寄ったピンクや青、緑といった光が国会前から警視庁の方まで伸びている。ライブイベントのようで、参加しやすい雰囲気に驚いた。

同時に、光の数が高市政権に危機感を持つ一人一人なのだと思うと、仲間がいるようで心強かった。新聞やテレビはデモの報道に消極的だったが、「だからこそ、しっかりやろう」と思えた。

主催者発表によると、3月10日に8000人だった参加者は、19日には1万1000人。雨が降った25日には2万4000人になった。4月8日の3万人を経て、19日には3万6000人を記録した。

なぜデモに足を運んだのか。3月25日、4月8日、19日の参加者に話を聞いた。

「数でなんでもできる状態」

「戦争反対 国のために死にたくない」

手作りのプラカードを持っていた30代の女性に声をかけた。一緒に来た友人の隣で、緊張で手を震わせながら話してくれた。

参加のきっかけは2月8日の衆院選だ。

「数でなんでもできる状態。危機感を持っていた自民党の改憲案が現実味を帯びてきちゃっている。改憲案は平和主義、国民主権、基本的人権の尊重が全て踏みにじられる内容だと思った。微力かもしれないですけど、声を届けたいと思います」

「人が亡くなっていることに心を痛めている」

20代前半の女性は、2月にアメリカとイスラエルによるイランへの攻撃で始まった戦争がきっかけで、デモに参加した。

「人が亡くなっていることに心を痛めている。戦争の影響が日本にも石油危機として迫っていることがとても不安なので、声を上げなきゃいけないなと思って今日は来ました」

「プロパガンダに染まらないように」

「NO WAR」の文字を貼ったピンク色のペンライトを持つ60代の男性は、改憲に反対し、戦争をめぐる高市政権の対応も批判する。自衛隊のホルムズ海峡派遣をめぐる報道に触れ「これはもう大変なことだ」とデモへの参加を早めた。

「なぜ戦争を止められなかったのか不思議に思っていたんですけど、やっぱり声を上げないとずるずるいっちゃうというか。プロパガンダに染まっていっちゃうので、できることはできるだけ早くしたほうがいいと思って来ました」

「政治に全然興味なかったけど」

2015年の安倍晋三政権時に成立した、安保関連法制に触れる人もいた。今までの防衛政策が変わり、自衛隊が国外で戦う可能性が高まった。

仕事終わりに雨の中、スーツで参加した40代の男性は振り返る。

「当時は政治とかに全然興味がなかった。でもこの頃から憲法をこんなに蔑ろ(ないがしろ)にしちゃっていいのかと気になっていた。何もできないうちにどんどん悪い方に転がっていっちゃって。できることはなんだろうと考えた時に、やっぱり体を動かすというのがまず最初にできることなのかなと思って来ています」

「ムーブを作っていかないと、やりたい放題」

ストリートアーティスト・バンクシーの作品がプリントされたTシャツを着た50代の男性も仕事を終えてデモに来た。

「安倍政権の時に来ればよかったけど、まだぼんやりしていた」

「安倍政権の頃から国会審議で何も答えないことが当たり前になっちゃって、今に至っていると思う。ムーブを作っていかないと本当にやりたい放題だなと。それを1ミリでも変えたいという思いで来ました。何もしないと本当に後悔するなと思っています」

デモに来ている人を見て、希望を抱く人がいる

4月19日・日曜昼のデモには、ピクニックがてら参加する人がいた。5歳の子どもと友人と共にやってきた40代の女性は、「戦争できる国にしようとしているのでは」と心配する。高市政権が進める国家情報局の設置や、スパイ防止法が恐ろしいという。

デモに来ている人を見ることで、希望を抱く人もいる。

「普段過ごす環境で周りの人に話した時、『日本みたいな平和な国で戦争なんか起こるわけないでしょ』と言われたこともある。少数派ではあると思うんですけど、ここまでたくさん集まっていたり、いろんなところでデモをしていたりする動きに、ちょっとだけ希望を感じています」

衆院選の投開票を取材してから3カ月も経っていない。だが私も今、希望を感じている。

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