意思決定プロセスの中で集団的な不正を抑える
繰り返される会計不正
今年は会計不正のニュースが多い、とは前回のエントリでも述べましたが、その後も色々な会計不正のニュースが続いています。
私は経理時代から13年ほど会計実務者の有志でのクローズドな勉強会(しらさぎ会といいます)に参加しておりますが、今年の勉強会テーマはどうやら不正をテーマにすることで話が進みそうです。
しらさぎ会では既に過去2回ほど不正をテーマにしております。1回目は2011~2012年のオリンパス事件を受けて一般化した「不正」のテーマ、2回目は2015年の東芝事件を受けて東芝の第三者委員会調査報告書の深堀りをする「東芝不適切会計」のテーマです。
今回で3回目となります。会計が好きな人はだいたい不正が好きですからね。(偏見
2026年に入ってから話題となっているニデック、エア・ウォーター、KDDIなどの調査報告書はこれから時間をかけてしっかり読み込んでいきたいと思いますが、不正の姿は千差万別とはいうものの、過去のオリンパス事件や東芝事件を調べて感じた傾向と共通したものが今回も多分に含まれているように感じられました。
それは、不正は小さく始めやすく大きく育ちやすいこと、そして、業績目標の圧力にって長期化しやすいことです。
今回は、そのような不正がどのような特徴を持つのか振り返り、そして、どのように防止取り組むべきかを取り留めなく考えたいと思います。
不正は小さく始めやすく大きく育ちやすい
会計不正の事例では、当初は小規模な不正やグレーな行為が時間と共に大規模な不正へと拡大するケースが多く見られます。
以下は2400億円の架空循環取引が行われたKDDIの調査報告書の記述です。
広告代理事業は、a氏の主導により開始されたものの、開始当初から想定していたほどの売上・利益を上げることができず、ジー・プランでは同事業の縮小・撤退が検討されていた。そのような中、2018年2月頃、同事業において、数十万円規模の赤字発生及び数千万円単位の売上目標未達が見込まれるに至った。a氏は、当該赤字の発生及び売上目標未達が併せて顕在化した場合には同事業の撤退を余儀なくされるとの焦りから、赤字補填及び売上目標達成のために架空の売上を一時的に計上することを考え、遅くとも2018年8月から本件架空循環取引を開始した。
2400億円の架空循環取引の入口は僅か数十万円の赤字を避けるためでした。
横領事案のイーエムネットジャパンでは不正支出を始めた2021年度では2百万円程度だったものが、2025年度、2026年度では数億円規模に拡大しています。
東芝の不正会計でもPC事業の月別売上高営業利益推移(心電図とか例のアレと呼ばれる有名なグラフ)を見ると四半期末の調整が拡大しているのが分かります。
業績目標の圧力で不正は長期化する
また、会計不正の事例では、不正が長期的に行われていたものが多く見られます。
例えば、東芝では、2015年の調査報告書では2008年からの不正会計が確認されていました。
エアウォーターでは、AW防災の電力工事売上の早期計上を2016年から行われたと認定されています。
ニデックでは、過去から会計不正の事例が認識されており、2011年には特命監査担当を置いて8年間約 300件、約 350億円を抽出しています。
しかし、また、2016年に内部監査部門主導の資産健全化プロジェクトで283億円の不健全資産の精算を、2022年にCFO主導の構造改革プロジェクトで1600億円の負の遺産の精算を試みますが、セルフファンディングの名の下で損失処理は収益によってカバーすることが求められたため、その処理が先送りされることになりました。
個人的動機の薄い集団的な不正が肥大化する
このように調査委員会が設立されるほどの会計不正は、拡大し長期化していったものが多いです。
また、興味深いことにこれらはオルツのように経営者が主体的に行う不正や、イーエムネットジャパンのような個人の経済的動機によって主体的に行う不正に限らず、東芝やニデックのような経営者からのプレッシャーによって経済的動機が弱いまま集団的に行われる不正も多く見られます。
そして、むしろこのような不正のほうが大規模になることもあります。
明らかな動機を持って行われる不正はガバナンスや内部統制によって不正行為を牽制し検出する強固な環境を構築するほかありませんが、積極的な動機のない集団的な不正は一見すると内部統制によって容易に防止し是正できるようにも思えます。
しかし、このような集団的な不正は実際には根絶は難しいものであり、私はこれこそが組織不正の重要な性質のひとつだと考えています。
企業は不正でなくても利益調整は行う
厄介なことに、企業は様々な動機によって不正ではない合理的な範囲でも利益調整行動を行うものと考えられています。
下の図は首藤昭信さんの日本企業の利益調整という書籍から引用された有名なグラフですが、総資産額で基準化した当期純利益の①利益水準、②利益変化額、③決算短信の利益予想誤差(予想利益一実績値)を示したものです。
各利益変数がゼロの境界線の右側が利益ベンチマークを達成した企業、左側が未達成の企業ですが、見事に分布が右側に偏っていて利益調整行動の存在を示唆しています。
このような利益調整行動は、棚卸資産の評価方法の変更や引当金の見積りの調整など会計上の操作を通じて利益調整する会計的裁量行動と、研究開発費の削減や過剰生産による売上原価の低減など事業上の操作を通じて利益調整する実体的裁量行動に分かれます。
監査の厳格化の影響のためか最近は実体的裁量行動が増えているという評価がありますが、その反面なのか逸脱した会計上の操作である会計不正は多く発見されています。
さりとて会計の正と不正の境界は難しい
会計上の操作が合理的な範囲であれば利益調整で、逸脱すれば会計不正と簡単に言いますが、この境界線を引くのは、簡単ではありません。
まず、会計自体の性質として、会計上の認識・測定には経営者の主観が多分に含まれています。その認識・測定が会計基準に準拠しているかの判断が難しいケースはあります。
最近は形式基準を廃して実質判断を会計基準上の要求事項とするものも増えているので尚更です。
また、会計基準に準拠していないとしても重要性が乏しいという判断によって許容される会計処理もあり得ます。
しかし、この場合でも会計上あるいは監査上許容されるラインがどこなのかを判断できる会社は少ないでしょう。
本来は会計上の重要性判断は会社の方針に基づいて会社が判断するはずにも関わらず。
更に、会計基準に準拠せず重要性が乏しいともいえないけれど、会社でも修正できず会計監査で発見されずに生き残ってしまった虚偽表示の会計処理が存在すると更に話が複雑になります。
このような場合には、企業は生き残ってしまった虚偽表示の会計処理を参照して類似の取引にも同様の会計処理を行いがちです。
このように会計処理が合理的か虚偽表示になるかの境界線を引きにくい要因が混在する上に、上記の要因をきちんと切り分けられる人員も乏しい中で「会計処理をこうしたい」という話が起こるわけですから、どうしてもごちゃまぜの議論になっていきます。
そうして曖昧になった不正の境界線をいつの間にか踏み越えてしまうのが、起こりがちな現象だと想像できます。
曖昧な境界線を不正の側に踏み越える危険性
このような現象を説明する理論、仮説、事例はいくつかあります。
有名なものではスペースシャトル チャレンジャー号爆発事故を例に論じられた「逸脱の正常化」という組織社会学からの説明がありますので紹介します。
チャレンジャー号は1986年に打ち上げられ、打ち上げから1分12秒後に炎上、爆発し、7名の乗組員が死亡したという事故で、その様子が生中継されていたこともあり世間に衝撃を与えました。
この事故の原因は、ブースターロケットのジョイント部の二重Oリングの破損でした。
Oリングはブースターロケットの高圧ガスを封止するために使用されていましたが、当初設計時の想定よりも早く高温燃焼ガスによる侵食を受けることが早い時期から機体・乗員喪失につながり得る課題として認識されていました。
それにも関わらず、明確な因果関係が立証されていない、実験で侵食が確認されても事故になっていないなどの要因から、現場サイドの技術者の危惧とは裏腹にプロジェクト管理層の間では徐々に管理可能なレベルの技術課題という認識に移っていきました。
安全の観点では「安全性が立証できなければ中止する」となるはずのことが「危険性が立証できなければ継続する」に置き換わっていったのです。
低温条件ではOリングが十分機能しないなどの新たな課題が技術者において把握されても、プロジェクト管理層の認識は変わらず、寒波が接近した打ち上げ当日も、打ち上げ中止を主張する技術者の意見は封じられ事故に至ります。
最終的に安全と判断したOリング周辺の予測温度は最も低い箇所で28°F。これはフルスケールの適格化試験を行った際の試験条件である40°Fを下回るものでした。
このように組織内の人々が逸脱した行動に慣れてしまい、逸脱を逸脱と考えなくなる現象を逸脱の正常化と呼びます。
チャレンジャー号の事例に似たような組織内の行動が他の組織でも同様に起こり得ることは、組織で働いた人ならば容易に想像できると思います。
経営者の言葉よりも態度が組織を規定する
NASAの上層部は打ち上げ前日に「技術者サイドの一部に懸念あり」と報告を受けていたものの翌朝に「問題なし」の報告を受けており、後の調査ではもし技術者のほぼ全員が反対だったと知っていたら打ち上げ判断を支持しなかったと述べています。
不都合な情報がトップに伝わらないという現象も組織では良くある話だと思います。
しかし、下位者がトップに情報を伝えないことはトップの別の意向が巡り巡った結果であることもしばしばです。
エア・ウォーターの特別調査委員会設置のきっかけは、日本ヘリウム社のヘリウムのロス16億円が在庫払出しないまま決算発表し、有報提出が終わった2025年7月に豊田代表取締役会長に損失処理案を報告したところ「粉飾ではないのか」という指摘を受けたことでした。
しかし、日本ヘリウムの統括本部長がこのような不正に及んだのは、代表取締役会長の売上・利益成長至上主義的な業績目標設定の中、日本ヘリウムを赤字にできないというプレッシャーに晒されていたためです。
集団的な不正の事例では、経営者が積極的に不正を指示しているわけではないケースは多く見られます。経営者本人の意思としても進んで不正を行わせたいとは思っていないでしょう。むしろコンプライアンス遵守を訓示しているかもしれません。
それでも、同時に発信される売上・利益成長至上主義のほうが優先されるように部下が感じ取ったとしたら、コンプライアンスの訓示は意味をなさなくなります。
例えば、経済的に陳腐化している棚卸資産や固定資産の損失処理に対して、基準上、監査上で損失処理が避けられないものかを十分確認せずに「今期の処理は難しい」と言ったらどうなるでしょうか。きっと多くの人は「何か根拠を作って、あるいは、根拠が無くても損失を先送りすべき」と思うでしょう。
経営者の態度(Tone at the Top)はそれくらい従業員に影響を与えるものであり、だからこそ組織の統制環境を左右するものと考えられているのだと思います。
組織の意思決定にリスク対応を組み込む
このように見ていくと、必ずしも積極的な不正をトップが望んでいるわけでもなく各個人でも不正への主体性がないにもかかわらず、適切な見極めもできないままいつの間にか組織的に大規模な不正に及んでしまうという構図は、何となく理解できると思います。
これはここ20年の間に似たような不正と再発防止策提言が繰り返されている状況を見ている限り、根本的な防止策が見つかっていない問題だと思います。
もしこの問題に直面した場合にどのように対応すべきかは、私が社会人生活を送ってきている中での関心事のひとつです。
もしトップが積極的に不正を指示しているならば会社から逃げるしかありませんが、不幸な行き違いで不正が発生するならば、それを止める余地はあるはずです。
これまで述べてきた認識を元に実行の難易度を抜きにして単純化して言うならば、トップが企業の実行案が正当な行為か不正な行為か、また、不正となるリスクの程度や影響規模を理解した上で意思決定できることが必要なことではないかと私は考えています。
リスクやコンプライアンス検討を踏まえた意思決定が全くできていない組織はそうそうないとは思いますが、逆に全ての場面で完璧にできている組織というのもまたそうそうありません。
経営や事業の意思決定場面では、できない理由を探すよりもどうすればできるのかを考えることを良しとしていますので、コンプライアンスやリスクの情報は実行案に対して明白な課題なければ中心的な議論の対象にはなりませんし、むしろそういう議論を遠ざけたがる人もいます。
そもそも、組織の中で全員が同じ目的と目標を持ち、同じ規範意識と志向で、同じ情報、知識、判断能力に基づいて同じ意思決定をすることはまずありえません。
もし全員が同じ情報に基づいて同じ結論に至ることを求めたら、結論を合意することもできませんし、できたとしても機動性の全くない組織になるでしょう。
組織内の個人間の交渉、調整、合意を契約に見立てるならば、曖昧さを残した不完備契約とすることで早期の合意を優先しているようなものです。これは、担当者が「進捗に重大な遅れがあります」と報告したものが何階層も挟んで社長にまでエスカレーションした時には「進捗は順調です」に置き換わっていたり、事業部門が経理部門に相談した会計処理を重要な前提条件をなかったことにして「経理部了承済み」と報告したり、あるいは、経理部門が監査法人に相談した会計処理を重要な前提条件をなかったことにして「監査法人了承済み」と報告したり、という良い子は真似してはいけない現象を想像するとよく理解できると思います。
このような現象の中で適切に意思決定をさせようとなると、エスカレーションする前の段階から意思決定プロセスに入り込み、加工される前の前提情報に基づいてリスク・コンプライアンス評価を行い、その評価内容をエスカレーション後も維持していくことが必要でしょう。
このような立ち回りは教科書的なものがなく、なかなか大変です。
私は事業企画の仕事の中でこのような役を引き受けがちですが、以下のようなことに気をつけるようにしています。
経営者や事業部門が経営方針や事業として進めたいことが何かを理解すること
法令や会計基準、内部規則などを理解し、明白に違背するラインがどこなのか、自分なりの境界線を持つこと
コンプライアンス、リスク管理責任部門・担当が守らせたいことが何かを理解すること
事業サイドに対しても管理サイドに対しても柔軟で傾聴の姿勢を示すこと
同時に、空気に呑まれず自分の主張は述べるアサーティブな態度でいること
「コンプライアンスリスクがなくできること」と「コンプライアンスに反してできないこと」の間に「できるけどコンプライアンスリスクがあること」がたくさんあると理解させること
その中でのリスクレベルを踏まえた具体的な選択肢を提示して意思決定させること
リスクの蓋然性レベルと顕在化した場合の影響度を意思決定対象だけでなく全体への波及も含めて検討すること
こうして並べてみると、いかにリスクコミュニケーションを適切に行うか、そして、いかにリスクの程度を認識させながら意思決定させるか、という心構えみたいなものになりました。
硬直的な態度ではそもそも相談は来ないか「綺麗に整った」情報しかやって来なくなってしまいますし、「ではどうするのか」という問いに自信を持った回答を用意できないとリスク・コンプライアンス評価が課題の一つとなった場合に事業の話を進めたい人(特に上位者)に議論の場を支配されやすくなります。
このような意思決定プロセスのコミュニケーションの中で不正の一線を踏み越えないか見守るという手段が、主体性のない集団的な不正に対する今のところの現実解だろうと考えています。
上記は事業部門の中の事業管理の立ち位置での心構えですが、管理部門の担当者でも事業部門との折衝が多い担当者にも通じる話だと思います。
調査委員会の再発防止策の提言では、取締役会等や社外役員の監視、内部監査の充実、ルール整備などの内部統制の強化といったハード面の内容が語られがちですが、このような不正は対策整備から零れ落ちたり、整備の必要性を認識する前に芽吹くものも多いでしょうから、もう少しソフト面からのカバーも忘れないようにしないといけないと思います。



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