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Conversation

AIはツールですから、それにより仕事がなくなることは、「ヒトがする仕事の有り難さや価値を減らすのではなく、逆にヒトがする仕事の希少性や価値を上げる」のではと思います。 勤労推奨は時代により変化する道徳規範なのでしょうか。 昔は身分制度があって平等では無かったから、低身分の職業が低く扱われたことイコール勤労の否定、ではないような気もします。 今はいちおう平等社会だけど、資本主義なので。資本家と為政者が利権で結ばれており、勤労は搾取に必要なため、勤労は推奨され続けるか、あるいはせざるを得ない形にされ続けるのかなと思います。社保壁下げや3号廃止や健康保険被扶養者制度廃止もそれ。 ついでに言えば、政治により教育を通じ実質的身分制度的な扱いをすることも可能なのかなと思います。具体的に言えば「支配される側が支配されることを苦痛に思わなくなった。それは教育のせいだという気がします。その結果、支配されることをなんとも思わず、むしろ強い人を求める。」みたいなことを元広島市長で新聞記者の平岡敬さんが言ってました。 話が右往左往しましたが、道徳規範や為政者都合に関係なく、働くことは偉いことだと私は思います。働いて、自分以下の誰かのために時間と労力と能力を捧げることは尊い行いだと思う。そういう尊さを認め合い感謝し合える社会になってほしいなと思います。 うわメッチャ長い。
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けんすう
@kensuu
「働くことは偉い」「働いていない人は後ろめたい」という感覚は、人類に普遍的な道徳ではなく、 農業社会→宗教改革→近代国家→産業資本主義とかの時代の流れによって変わる生産体制と、 それに伴う教育制度の中で形成されて、強化されてきた「社会規範」なんですよね。