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声高に論を語る風潮と一線を画すジャーナリスト兼研究者ならではの仕事。法と資料と出来事をひたすら「整理」する奥山さんの『兵庫県告発文書問題』が必読なわけ

「20万字の原稿を書いたんだけど、まだまだ完成しなくて」(※注)
という奥山俊宏さん(上智大学教授)のボヤキを聞かされたのは、去年の暮れごろだったでしょうか。いや奥山さん、20万字ってそりゃ普通の単行本の量じゃないですよ、と申し上げたのを覚えています。

そんな長大な原稿が、ついに出版されました。『兵庫県告発文書問題』(岩波書店)です。4月28日刊行ですが、多くの書店に並んだのは5月1日ごろ。この原稿を書いているきょう5月3日時点で、アマゾンでは政治ジャンルで1位、全体でも6位という注目の本になっています。

奧山さんだからこそ書けた

奧山さんがこの問題に関わるようになったきっかけは、産経新聞神戸総局の喜田あゆみ記者から取材を受け、コメントを求められたことでした。本書にもそのいきさつが詳しく書かれていますが(p.35)、以前、奥山さんが「喜田さんはセンスがいい。この問題の核心が『公益通報』にあることをその時点で見抜いていたのはメディアでは彼女だけだった」と話していたのを覚えています。

喜田さんがこの問題で奥山さんにコメントを求めたのは当然でしょう。というのも、案外知られていなかったことなのですが、日本のメディアでも研究者でも、奥山さんほど「公益通報」「内部告発」について多数の実例を収集し、当事者・関係者に直に当たって取材し、内外の法制度をウオッチしてきた人は他にいないからです。(後にSNSで奥山さんに対し「弁護士でもない人間が発言するな」という書き込みが出てきたのを見て、物を知らないというのは罪だなあと苦笑してしまいました)

奥山さんといえば朝日新聞の記者時代から主に経済事件の分野でキレッキレの調査報道スクープをものにし、NHK時代の私は何度も煮え湯を飲まされてきました。上司からも「本物の調査報道記者っていうのは朝日の奥山みたいなのを言うんや。お前なんかとはレベルが違う」と言われてへこんだことも。そんな奥山さんなので、以前から「ライフワークは内部告発だ」と語り、著作も出されていたことがちょっと不思議でした。理解の浅かった私は、他の記者も研究者もあまりテーマにしない変わったことに興味を持つものだなあ、と思っていたのです。

その経験と知識が存分に発揮されたのが、今回の兵庫県の告発文書をめぐる問題でしょう。本書の79ページで紹介していただいたとおり、奥山さんがXでポストしているを見つけて、「ポストだけではもったいない!すぐに記事にしませんか」と声をかけました。それが以下の記事です。

この記事は大反響を呼び、奥山さんが兵庫県の百条委員会に呼ばれるきっかけの一つにもなったと聞いています。この記事以外にも、本書に再録されているいくつかの記事は、スローニュースにも掲載したものです。

「整理」の持つ力

本書で奧山さんがしたことは、論評でもスクープでもなく、ただただ、この問題を「整理」し、記録することです。

今回の問題をめぐっては、様々な論点や憶測が無数に飛び交い、それこそ情報の整理がつかなくなっていました。識者や議員でも明らかに混乱している人をよく見かけたので、一般の人ならなおさらでしょう。情報が錯綜する中で、誤った言説に踊らされてしまうのも無理からぬところです。

本書で奥山さんは、ひたすらに出来事を追いつつ、その時点で論点になっていたことを、当事者や資料にあたって再現し、法的な見解を付記することで「整理」をしているのです。だからこそ、これだけのボリュームが必要であり、納得感のある内容になっています。

「これってどういうこと?」「あの時こういわれていたけど、そんなことあった?」「まったく逆のことを言われているけれど、どちらが正確なの?」と、少しでも疑問を抱かれている方は、ぜひ本書を開いてみてください。必ず、答えになる部分があると思います。もし、納得がいかない場合は、ぜひその論を根拠を示して詳しく書いてみてはどうでしょうか。きっと奥山さんがまたどこかでそれに対する「整理」を発表してくれるとことと思います。

また、本書が「記録」として残ることも重要です。

昨今、デマが広がったあとのファクトチェック=「デバンキング」にはあまり効果がなく、あらかじめ正しい情報を広めておく「プレバンキング」という方法の方が効果的だと注目を集めています。本書は、兵庫県の告発文書問題から見ると「デバンキング」ですが、公益通報をめぐる次の問題にとっての「プレバンキング」の役割を果たしてくれることでしょう。こうした書籍が資料として存在することは価値のあることだと思います。

ジャーナリストであり研究者だからこそ

奧山さんらしい徹底した情報と資料の収集をする調査報道オタク気質は、研究者になってからもさらに磨きがかかっているようです。それが全開になっている本書ですが、やはり普通の研究者とは違うポイントがいくつかあります。

例えば、奥山さんに対する根拠のないデマや攻撃をしてきた相手に対して、SNS上で議論するのではなく、直接取材に出向くなどしてなぜそういう発信をしたのか、何を根拠にしているのかを徹底的に問いただしているところです。

こういうところは、やはり記者ならではですね。直接会った相手はネットでの居丈高な態度と違い、「言い過ぎた」などとすぐに非を認めるケースがほとんどなようで、こうした奥山さんの記者としての冷静な態度と向き合い方が奏功しているようです。誹謗中傷に悩む記者の方は、ぜひ参考にしてみてはどうでしょうか。

もう一つの「兵庫県問題」もまもなく発刊

本書には、当時、NHK神戸放送局で放送の責任者をしていた小林和樹さんのことが何度か出てきます。小林さんがNHKを辞めた後、スローニュースで連載した『兵庫“メディアの敗北”の真相』からの引用で、当時のメディアの動きを伝えるためです。

奧山さんはこの連載の熱心な読者で、連載中にも表記の誤りなどの鋭い指摘を何度かしてくださいました。

小林さんの連載も全48回、それこそ20万字クラスに達する長編なのですが、こちらも来月8日にちくま新書からの出版が予定されています。奥山さんが公益通報の扱いの在り方についてまとめた一方、こちらは、当時のメディアや行政の在り方についてまとめたものになっています。

興味のある方は合わせてどうぞ。(熊田安伸)

このコラムは、あふれるニュースや情報の中から、ゆっくりと思考を深めるヒントがほしいという方のため、スローニュースの瀬尾傑と熊田安伸が、選りすぐりの調査報道や、深く取材したコンテンツなどをおすすめしています。

注:ご指摘を受けて当初の表現を変えました。なんと、最終的に29万字弱だそうです!

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