【長嶋巨人にやってきた男/広澤克実】野村監督からは「巨人は合わない」 大型補強の中に埋もれた悲運の元打点王
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広澤選手はスワローズの顔としてチームに残るべきだったと思います、球団側ももう少し配慮があればと思いました。 スワローズ時代の成績は本塁打30本が一度だけ、打点王もスワローズ「打線」のお膳立てがあってこそと思ってましたので、プレッシャーの厳しい巨人では成績が落ちる事は当時から予想出来ました。神宮では本塁打となっていた右中間への当たりがドームでは届かず結局無理に引っ張って凡打になるのを何度も見ました。たらればですがスワローズに残ってれば監督になっていた可能性もあったと思います。 しかし広澤選手とハウエル選手が巨人へ同時移籍した95年シーズン、それでも優勝した野村ヤクルトは流石でしたね。
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90年代から2000年代前半の巨人はFAや逆指名制度の恩恵を最大限に受けたのが大きい。 清武元代表から暴露された裏金や、ドラフト前に「たまたま食事場所が一緒になった」という理由で上原浩治さんのご両親と長嶋監督が面会したなど度を越した勧誘が横行していた。 裏金疑惑があった選手として、内海さん、阿部さん、上原さん、二岡さん、高橋由伸さん、野間口さんなどが挙げられるが、阿部さんや上原さんの様に名球会入りをした選手を筆頭に殆どが長年巨人を支えるレギュラーとなった。 また、広澤さんや落合さんがFAで巨人に移籍、長嶋監督を退場させられる審判がいなかったなど、監督自身に神通力に近いものがあった。 勿論、ドラフト上位を腐らせずに戦力にした長嶋監督の功績も評価すべきだが。 良くも悪くも、有力選手を獲得することが優勝への近道であることは変わりないが、そのツケが令和に遺されてしまったのも事実だと思う。
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ジャイアンツが「欲しい欲しい病」なんて言われたのは、この頃からでしたかね。 同一リーグのライバル球団から主砲2人を獲得し、左の先発投手まで獲得したのだから、今考えてもなかなかトンデモないことをやったなと思いますし、他のセ・リーグ球団のファンからのヘイトもかなり集めていた記憶があります。 その後も記事にもあったマルティネス、落合、石井、清原、江藤、ペタジーニ等と同じようなポジションの強打者を取っ替え引っ替え獲得していたのも、驚きでした。 広沢もそうでしたが、マルティネスやペタジーニに外野を守らせるという発想は、あまり良くない意味で常人離れした攻撃全振り思想だったように思います。
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広沢さんが巨人にFA移籍した頃のヤクルトは古田さんが中心になりつつあったのは事実ですが、ヤクルトのフロントがもう少し功労者に対して配慮した扱いをできなかったのかというのはありますね。 実際に野村監督は阪神でも広沢さんを呼び寄せたわけだし、野村監督との師弟関係はできてたわけでしょう。 フロントが広沢さんにきちんとした対応をしていたら、ヤクルトも広沢さんも未来は良い意味で変わっていたかもしれません。 また広沢さんを獲得した頃から巨人のFAでの乱獲が本格化したわけですが、この時点では広沢さんも後にこうなることを予想するのは難しかったでしょう。 この時点で落合さんも40を過ぎていて松井さんも成長途上だったため、巨人はとりあえず落合さんの後釜として広沢さんを獲得したんだと思います。 広沢さんはある意味、運にも恵まれなかったのかもしれません。
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広沢と古田の90年から94年にかけての年俸推移をみると・・・・ 広澤4000→6300→9250→12500→16000 古田700→1920→6000→12000→18000 古田の成績はもちろん年俸上昇カーブが上がり始めた90年代前半を考慮しても 昇給ペースが凄かったのは解る ただ年功序列的な不文律もまだまだ存在していた時代なので5年先輩の広沢が寂しい思いをしてたのも理解できる
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思えばこのFA制度が今のダメ巨人を作り上げてしまった。この頃は各球団の中心選手はこぞってMLBを目指すという選択肢はほぼ無かったからね。おかしくなってきたのは陽岱鋼や森福などを取り始めたぐらいからだ。阪神はいち早くFA市場の貧弱さに早々見切りをつけて生え抜きを育てることにシフトチェンジした。かといってあの頃ナベツネに意見できる人間も居なかったから今のジャイアンツがこうなるのは必然だよね。
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最後は阪神でそのまま在阪マスコミの仕事するとは思わなかった。阪神で31番を与えられたときは上岡龍太郎が激怒し阪神ファン辞める宣言あったり、当日中日監督の星野仙一が「元阪神ファンとしてやめてほしいね」と発言されたり逆風の中の移籍だったが、随所に輝きを発揮した。
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広澤スワローズを見てみたかった。長嶋監督という人に振り回された人は多い。確かに古田のチームにしたかった球団の対応は良くないが、翌年抜き返すことを考えることよりプライドが先に来てしまったのでしょうね。長嶋巨人に飼い殺しに遭っていた頃はファンであった私は広澤さんの記事はないかと新聞の細かいところまで見てました。試合に出ていれば球史に残る選手になると思っていたし応援してました。
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広澤さんは最後の大人の選手というイメージ。 判断や決断、物事の分別が出来る。 明治大学野球部の島岡御大に育てられた最後 の選手。今の社会では広澤さんの様な人物が貴重だと思う。社会変化で教育の是非もあるけど、 世代で見ると子育て世代の今の親も子供だと思う。子供が子供を育てていれば分別は出来なくなる社会が当然になってしまう。 寂しいけど現実です。
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ヤクルトから巨人だと生活環境を変えなくてもいいから移籍しやすい。 それで巨人の方が条件がいいなら移籍も止むを得ないかな。 ただ巨人では落合や清原がいたのでファーストを守れなかったから、何年ぶりかに外野手になって成績は落ちるような予感はしてたがその通りになった。 自分の事なんだから移籍をする時は空きポジションの確認ぐらいはした方がいい。
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