公安絡み労働争議事件を手がける人権派の坂本弁護士は、警視庁公安部にとっても、オウム真理教事件以前から邪魔者だった。ここにも、オウムと警視庁公安部の関わり、オウム事件の意図的に隠蔽された闇の部分の輪郭がちらついている。一連のオウム事件には、警視庁公安部が深く関わっていたことは間違いない。
『邪魔者を消せ』
オウムが坂本弁護士殺害に動いた事は警視庁公安部にとって好都合。坂本弁護士本人だけでなく一家全員を殺害するというのは証拠隠滅を強く意識した結果で、「姿を見たものはすべて消す」というのは犯罪実行時の公安の手口と同じ(注)。
國松孝次警察庁長官は、警視庁公安部の反対を押し切って刑事主導でオウムの強制捜査に着手した。警視庁公安部が強く反対した理由は、都合が悪い事が多すぎたからである。 国松孝二氏は警察庁長官としては珍しく刑事畑が長く、日本の警察を公安主導の警備公安警察から刑事主導の市民警察へ改革しようとしていた。元々、同氏は警視庁公安部にとって邪魔者だった。
起こるべくして長官狙撃事件が起きるが、犯人と名乗り出たオウム信者の警視庁公安部員(一般にはミイラ取りがミイラになったものと見られた)を警視庁公安部は、警察庁の検察送致命令を拒否し、警視庁内に匿いと通した上、狙撃に使われた拳銃が見つからない事を理由に、犯人ではないと言う事にしてしまった。
『オウム事件の闇』
事件の真相、核心を知るはずの麻原彰晃は、公判時には何時も薬物を飲まされ意識朦朧とした状態で肝心なことは何も話さず、ついには脳神経を破壊されて廃人になってしまった。
オウムは毒ガス以外にも多くの薬物事件を起こしているが、検察はその大半を「時間がかかる」と言う前代未聞の理由で公判放棄し、裁判にもならないまま隠蔽されてしまった。オウム事件には明らかに事件の真相を隠蔽しようとする意図が働いている。
(注)
「秘密を担保せよ」は警視庁公安部に課せられた至上命令。警視庁公安部の秘密とは犯罪の秘密であり、警察の一部である警視庁公安部は秘密が漏れたら存在しえない。その為には目撃者はたとえ子供であろうとも必ず抹殺するのが嘘偽りのない実態である。
『刑事は事件が起きるとやってくる。公安がやってくるとそこで事件が起きる』
公安の仕事は、治安ではなく事件を起こす事、つまりは犯罪を行うことである。振り返れば、戦後保守政権吉田茂内閣が、戦前の特攻警察を公安警察に再編成した直後から「下山事件」「三鷹事件」「菅生事件」「青梅事件」と、次々に公安事件が起きた。
国鉄の下山総裁が何者かに拉致連行され殺害された「下山事件」は犯人不明の未解決事件だが、当時共産勢力の国内伸長阻止を最重要政策とする保守政権と公安警察は、これを共産党の仕業と大々的に宣伝し、共産党への国民の支持を大きく減らすことに成功した。共産党の支持を減らす為に命を奪われた下山総裁が浮かばれない。
オウム真理教もまた、警視庁公安部が潜入して活動を始めると、次々と凶悪事件を起こし始める。「潜入していた巡査が犯人と名乗り出た「警察庁長官狙撃事件」「松本サリン事件」「地下鉄サリン事件」「坂本弁護士一家殺害事件」など。
「坂本弁護士一家殺害事件」の坂本弁護士は、公安が行っていた共産党盗聴を東京地検特捜部に摘発させた法律事務所の主要メンバーだった。坂本弁護士はオウム事件以前から公安に命を狙われていた。
「公安が治安維持のため活動するなら、なぜ目の前で起きている地下鉄サリン事件を阻止しなかったのか」。
松本サリン事件でサリンが家庭の鍋釜で作れる代物では無いのは明らかなのに、被害者の河野氏を半年もの間、犯人犯扱いし捜査を現地松本に固定し続けたのは「地下鉄サリン事件」起こさせる為の時間稼ぎにしか見えない。
警視庁公安部は明らかに一連のオウム事件に深く関わっていたように見える。
『オウム事件の真相を読み解く』
公安絡みの事件では、社会的背景に、公安の犯行動機に直結する明確な事実が存在していることが多い。
<事件当時の状況>
ソ連崩壊により東西対立は終焉し、国内過激派もほとんど消滅という状況の中で、公安警察の見直し議論が盛り上がり始めていた。公安警察は「公安不要論」が盛り上がる事に強い危機感を抱いていた。
この様な背景の下で、一連のオウム事件が起きた。オウム事件は、公安不要論に歯止めをかける上で格好の材料になった。オウム真理教が、大きな事件を起こせば
起すほど、それが公安不要論に歯止めをかけたい公安警察の利益に直結していた。
ここを読み解けば、警視庁公安部が「地下鉄サリン事件を阻止しなかった理由」がおのずと見えて来る。
16代警察庁長官 國松孝次氏は、オウム真理教を利用したい警視庁公安部の強い反対を押し切り、刑事主導の強制捜査に踏み切った。國松孝次氏は警察庁長官の中では刑事畑が長く、公安偏重の警察のあり方の是正を考えていたと言われる。同氏はオウム真理教と警視庁公安部の両方から恨みを買うことになった。
ここを読み解けば、狙撃事件の真相と事件後にオウムに潜入していた巡査が「私が狙撃した」と名乗り出た時の、警視庁の奇妙な対応の理由がおのずと見えてくる。
警視庁公安部はオウム真理教を巧みに煽動し、事件を起させる事で公安不要論を封じようとした。オウム事件で多くの被害者を犠牲にすることで、組織の安泰が図られたのである。
ここを読み解けば、麻原に公判前に必ず睡眠薬を飲ませ、裁判で何も喋らせなかった理由がおのずと見えてくる。
麻原の口に封印されたのは、『警視庁公安部が麻原をどのように煽動したか』と言う証言である。
『異常な麻原裁判』
公判中の朝原彰晃に対して、薬物を用いた口封じが行なわれていた事は、一目両全である。朝原には薬物が多用されたため、公判中にでありながら脳神経破壊されて廃人になってしまった。
公判中の朝原の口が封じられたのは、取調べ中に朝原が口にした事を、公判で喋られては困るからである。取調べが可視化されていれば、こういう事にはならなかったはずである。視点を変えれば、取調べ可視化の動きに頑強な抵抗が続けられているのは、取調べの中には警察、検察共に国民に知られたくない事が実に多いという事である。
麻原裁判で一番の問題は、足はふらつき意識朦朧の朝原の状態が問題にされることなく、死刑判決まで粛々と公判が行なわれた事である。また、疑問を呈する報道も一切行われなかった。一糸乱れぬ報道統制も合わせて朝原裁判の異常さには空恐ろしさを感じる。