7年間無職の女性をサイバーセックス依存にさせ更生した話
7年も無職をつづけた女との縁が、ある日、ふいに途切れた。
終わった、と書けば簡単であるが、実のところ何が始まりで何が終わりであったのか、私にはいまだによくわからない。ただ、気づけば彼女は別の女と恋人同士になり、私のもとへ届いていた執拗な言葉は、潮が引くように減っていった。それだけが、確かな事実である。
真央、とここでは記しておこう。
彼女とは趣味のアカウントで出会った。軽い挨拶から始まったやりとりは、いつしか夜更けの通話へと変わり、LINEの通知は私の孤独を絶えず小突くようになった。真央は37歳、私より11も年上で、7年間社会から離れていた。切れ長の一重、すっと通った鼻梁、薄い唇。どこか儚い美貌を持ち、広末涼子に似ていると言えば、誰もが頷くであろう顔立ちだった。
ある夜、唐突に彼女は通話でカメラをつけた。全裸でオナニーを始めた。私は戸惑い、しかし止めることもできず、ただ音声の向こうで息を潜めていた。彼女は必死で、まるで世界に置き去りにされることを恐れる子どものように、「捨てないで」と言った。その声音は、情欲よりもむしろ懇願に近かった。
私は、可哀想になってしまったのである。
本気ではなかった。ただ、求められることの甘さに酔い、誰かの渇望の中心に自分がいるという事実に、うすら寒い優越を感じていただけだった。彼女の朝は「ムラムラしている」の報告から始まり、夜は通話の約束で終わる。私はいつしか疲れ、彼女に玩具を送りつけた。これでしばらくは凌げるだろう、という冷ややかな算段を胸に。
それでも彼女は、止まらなかった。
「小学生のころから、女の子といちゃいちゃするのが気持ちよかった」と彼女は言った。抑圧され、名もつかぬ欲望を抱えたまま、空白を生きてきたのだろう。私に出会って爆発した、と彼女は言う。けれど私は、彼女の視線が私の胸元に落ちるたび、「ああ、これか」と冷めた気持ちになった。結局は身体ではないか、と。
私は臆病だった。画面の向こうに残る証拠を恐れ、自分はほとんど何も差し出さなかった。音声だけで見守る、という安全地帯から出ようとはしなかった。真央を本気で愛することもなく、ただ都合よく、女体を眺める権利だけを得ようとしていたのだ。
依存していたのは、彼女だけではない。
私は、彼女の依存に寄りかかっていた。
ある日、私は思いつきで就労支援の予約を入れた。通話中に聞き出した住所や連絡先を使い、半ば強引に。これで彼女が前へ進めばいい、という建前の奥に、私は何を期待していたのだろう。感謝か、恩義か、それとも、私なしでは生きられないという証明か。
「とりあえず行ってみる」
彼女は素直にそう言い、四ヶ月も通い続けた。やがて彼女に恋人ができた。女だった。連絡は目に見えて減った。私の役目は終わったらしい。
私は、またひとりである。
花屋で買った桜の蕾が、いつのまにか咲いていた。薄紅色の花弁は、誰に見せるでもなく、ただ静かに開いている。あんなにも私を求めた女は、いまや別の胸に顔を埋めているのだろうか。
私は、救ったのか。
それとも、利用したのか。
どちらでもないのかもしれない。私たちはただ、互いの孤独を一時的に食べ合っただけなのだ。咲いたばかりの桜が、やけに眩しかった。



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