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スマホに隠れた「国勢調査員」という影の役割 何かしらもっともらしい犯罪の証拠は探れる

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あらゆることを記憶し、何も容赦しない(写真:Sitthiphong/iStock)
2013年、アメリカ政府の「大量監視システム」が暴かれ、世界が激震した「スノーデン事件」。当時29歳のエドワード・スノーデンは、自らの危険を顧みず、アメリカ政府があらゆる通話、SMS、メールを秘密裏に収集しようとしていることを告発し、世界最強の諜報組織・NSAとCIAを敵に回した。
あれから6年。スノーデンが、いかにこのシステム構築に手を貸し、なぜそれを暴露しようとしたのかを、自ら初めて語る自伝『スノーデン 独白――消せない記録』が、2019年11月に刊行された。9・11以後、暴走しはじめるアメリカ諜報組織の中心部でキャリアを形成したスノーデンは、何を突きとめ、葛藤し、決断したのか。
本書より、スノーデンが重要な決断をするシーン「東京」の章を一部抜粋した「スノーデンが東京で下した大量監視告発の決断」(2019年12月29日配信)に続く後編をお届けする。

異邦人としてしばしば途方に暮れた

コミュニティカレッジとアニメやマンガへの関心を通じて習得した日本語は、基本的な会話をする程度には十分だったけれど、読むにはまったく不十分だった。日本語では、それぞれの単語は独得の文字かその組み合わせで表現できる。これは漢字と呼ばれる文字だ。これは何万とある──ぼくが覚えるには多すぎた。

しばしば、読み方をしめすおまけ、ふりがながついている場合には、ある漢字を完読できることもあったけれど、ふりがなは一般には外国人や若い読者のためのものなので、標識のような一般の文にはついていないのが普通だ。その結果として、ぼくは実質的に文盲状態でうろつくことになる。混乱して、左折すべきところを右折し、あるいはその逆となる。まちがった通りをうろつき、メニューの注文をまちがえる。

つまるところぼくは異邦人ということで、しばしば複数の形で途方にくれていた。時にはリンジーのお供で、田舎での写真撮影旅行にでかけたりすると、ぼくはいきなり立ちどまって、村や森の真ん中で、自分がまわりのことを何1つ知らないのだということにはたと思い当たるのだった。

それなのに、ぼくについてはすべてが知られている。いまや自分が政府に完全に見通されているのを理解した。道順を教えてくれて、まちがった方向に行くと修正してくれて、交通標識の翻訳を助けてくれて、バスや電車の時間も教えてくれた電話は、同時にぼくの行動すべてが雇い主に筒抜けになるようにしていた。上司たちに、ぼくがいつどこにいたかを告げている。電話に触れもせず、ずっとポケットに入れっぱなしだったとしても。

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【広島と長崎に行くつもりだったのに】

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リンジーとぼくがハイキングにでかけて迷子になり、リンジー──この件については一切話していなかった──が唐突にこう言ったことがある。「フォートミードにSMS送って見つけてもらったら?」そう言われて、ぼくは何とか笑おうとした。彼女はその冗談を続けて、ぼくは何とかそれをおもしろがろうとしたけれど、無理だった。彼女はぼくを真似てみせた。「もしもし、道を教えてもらえないかなあ?」

後にぼくはハワイの真珠湾近くに住むことになる。そこはアメリカが攻撃され、最後の正義の戦争と呼べそうなものにひきずりこまれた場所だ。ここ日本で、ぼくはむしろ広島や長崎に近かった。その戦争が恥ずべき形で終わった場所だ。リンジーとぼくは、ずっとこの2都市を訪問したいと思っていたけれど、予定を入れるたびに、何かがあってキャンセルせざるを得なかった。初めて休みが取れたときには、本州を下って広島に行く気満々だったのに、急に仕事で招集がかかり、正反対の方向に向かわされた──凍てつく北部の三沢空軍基地だ。次に予定をたてたときにはリンジーが病気になり、そしてぼくも病気になった。

最後に長崎に行こうとした前の晩に、リンジーとぼくは初の巨大な地震で目が覚め、布団からとびおきて、階段を7階分駆け下り、その晩はずっとご近所たちとともに街頭で、パジャマ姿で震えながら過ごしたのだった。

本当に後悔しているのだけれど、結局ぼくたちは行けなかった。これらの場所は聖地で、その記念碑は焼き尽くされた2万人と、放射線で汚染された無数の人々を悼むとともに、技術の道徳不在について語ってくれる。

核兵器とサイバー監視の共通性

ぼくはしばしば「原子の瞬間」と呼ばれるものを考える──物理学ではこれは、原子核がまわりを旋回する陽子や中性子を原子の中に取り込む瞬間を示すものだけれど、一般にこれは核時代の到来を意味するものとされる。同位体がエネルギー生産、農業、水の殺菌、致死性の病の治療を可能にしてくれると同時に、原爆をつくり出した瞬間だ。

技術にはヒポクラテスの誓いが存在しない。少なくとも産業革命以来、学術界、産業界、軍、政府における技術屋たちが下してきた実に多くの決断は、「できるかどうか」に基づいたもので「やるべきか」には基づいていなかった。そして技術発明を動かした意図は、その応用や利用を制約することはめったに、いやまったくない。

もちろん核兵器とサイバー監視を、人間へのコストという観点で比べるつもりはない。でも拡散と軍縮という概念に関するかぎり、ここには共通性がある。

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【大量監視を実践してきた国】

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これまで大量監視を実践してきた国は、ぼくの知るかぎり第2次世界大戦の他の主要参戦国だ──1つはアメリカの敵、もう1つはアメリカの同盟相手。ナチスドイツとソ連では、その監視が最初に公式に登場したのは、一見すると人畜無害な国勢調査を通じてだった。その国の住民の公式計数と統計記録だ。ソ連初の全国国勢調査は1926年に行われたが、単純な計数を超えた裏の目的があった。公然とソ連市民に、その国籍を尋ねたのだ。

その結果は、ソヴィエトのエリート層を構成するロシア民族に対し、中央アジアの伝統を受けつぐウズベク人やカザフ人、タジク人、トルクメン人、グルジア人、アルメニア人の合計と比べると、自分たちのほうが少数民族なのだと納得させたのだった。これを知って、こうした文化を殲滅しようというスターリンの決意は大いに強化され、そうした人々を異質なマルクス・レーニン主義のイデオロギーへと「再教育」しようとする結果となった。

ナチスドイツの国勢調査も

1933年ナチスドイツの国勢調査もまた、似たような統計プロジェクトだったが、コンピュータ技術の助けを借りたものだった。第三帝国の人口を数え、それを統制して粛清する──主にユダヤ人とロマ人たち──のが狙いだった。それを終えてから、国境の外にいる人々に対する殺人的な活動を繰り出そうというわけだ。

この活動を支援すべく、第三帝国はアメリカのIBMのドイツでの子会社デホマグ社と組んだ。彼らはパンチカード計数装置の特許を持っていたのだった。これは一種のアナログコンピュータで、カードに開けた穴を数えてくれる。全市民がカード1枚であらわされ、そのカードの穴はそれぞれ、ある身元情報のマーカーをあらわしていた。22列目は宗教の行で、その最初の穴はプロテスタント、2番目の穴はカソリック、3番目はユダヤ教だ。1933年のナチ党は、まだ公式にはユダヤ人を民族ではなく宗教として認識していた。数年後にこの見方は捨てられ、その頃にはこの国勢調査情報は、ヨーロッパのユダヤ人を見つけて、殺人収容所へと移送するのに使われたのだった。

現代のスマートフォンは1台で、第三帝国とソ連をあわせた戦時中のマシンすべてを上回る計算能力を持っている。これを思い出すと、現代アメリカのICの技術支配のみならず、それが民主的統治にもたらす脅威の意味合いを理解しやすくなる。こうした国勢調査活動以来1世紀かそこらで、技術は驚異的に進歩したが、それを抑える法律や人間の良心はまるで進歩していない。

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【アメリカにも国勢調査はもちろんある】

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アメリカにも国勢調査はもちろんある。憲法でアメリカ国勢調査が確立され、それを各州の公式な連邦集計として掲げた。これは下院の議員数を比例代表で決めるための根拠となる。これはいわばレビジョニスト的な原理ではあった。というのも植民地アメリカを支配したイギリス王政を含め、専制主義的政府は伝統的に、国勢調査を課税標準と、徴兵できる若者の数を見極めるために使ってきたからだ。抑圧のメカニズムだったものを民主主義のメカニズムへと作り替えたのは、アメリカ憲法の慧眼だった。

国勢調査は、公式には上院の管轄だけれど、10年ごとに実施するよう命令されている。これは1970年の第1回国勢調査以来、ほとんどのアメリカ国勢調査のデータ処理に必要な時間だった。この10年という処理時間は、1980年の国勢調査で短縮された。これは世界ではじめてコンピュータを活用した国勢調査だった(IBMが後にナチスドイツに売りつけたモデルのプロトタイプとなる)。計算機技術のおかげで処理時間は半分になった。

あらゆることを記憶し、何も容赦しない

デジタル技術はこうした計数をさらに高速化しただけじゃない──もはや国勢調査を過去のものにしつつある。大量監視はいまや果てしない国勢調査となり、郵送されるどんな調査票よりも大幅に危険なものとなっている。あらゆるデバイスは、電話からコンピュータまで、基本的にはみんながバックパックやポケットに持ち運ぶ、ミニチュアの国勢調査員なのだ──それもあらゆることを記憶し、何も容赦しない調査員だ。

『スノーデン 独白: 消せない記録』(河出書房新社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

日本はぼくの原子の瞬間だった。まさにそのときぼくは、こうした新技術がどこに向かっているのかに気がついたのだ。そしてぼくの世代がここで介入しなければ、このエスカレーションは続く一方なのだということにも。やっと国民が抵抗を決意した頃には、そうした抵抗がもはや無意味になっているようならあまりに悲劇だ。この先の世代の世界では、監視はまれで、法的に正当化される状況だけに向けられるものではなくなる。彼らはその世界になじむしかない。その時には監視は、絶え間なく無差別な存在になる。常に聞き耳をたてる耳、常に見る目、眠ることなく永続的な記憶。

データ収集の遍在性が、保存の永続性と組み合わされば、あらゆる政府はスケープゴートに仕立てるべき人物や集団を選び、検索をかければいいだけになる──ぼくがNSAのファイルを検索したのと同じだ。必ず、何かしらもっともらしい犯罪の証拠は見つかってしまうのだ。

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