沖縄県名護市辺野古沖で船2隻が転覆し、平和学習中の同志社国際高(京都府)の女子生徒ら2人が死亡した事故で、先に転覆した「不屈」を操縦していて死亡した金井創船長(71)が昨年3月に出版した自著で、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する「体を張った抗議で2014年に仲間の船長が死亡した」と書いていたことが分かった。女子生徒は「不屈」の救助に向かった僚船「平和丸」に乗っていて事故に遭った。金井船長は19年出版の自著にも「本当に怖い海」と記しており、危険性を明白に認識した上で、海上抗議を繰り返していたことになる。
転覆事故は今年3月16日に発生。女子生徒と金井船長が死亡したほか、生徒ら十数人が負傷した。「平和丸」と「不屈」は、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する「ヘリ基地反対協議会」が運航する抗議船だった。事故当時は波浪注意報が出され、海上保安庁がゴムボート(巡視船の搭載艇)を出して注意を呼びかけていた。海保は事故原因などを捜査している。
事故は何度も…「命の危険と隣り合わせ」
金井船長が「仲間の船長が死亡した」とつづったのは、昨年3月に出版された「沖縄・辺野古の抗議船『不屈』からの便り2」(みなも書房)。「海は命の危険と隣り合わせ」だとし、事故が何度も起きていたことも記していた。
具体的には、海上での抗議行動に出る際に「沖縄の三月~四月は海が荒れることもしばしば。穏やかな南風が急に強烈な北風に変わる。地元の漁師さんたちも天気の予測は難しく、それだけに海に出る日は警戒を怠ることができません」(13ページ)と指摘した。
抗議船を使った活動の効果について「私たちができることは一日に工事を二時間ほど遅らせることで精いっぱい」(72ページ)とつづり、「今この瞬間に工事が全く止まってしまうこと」(同)を願っていた。
強風下での抗議活動には危険を伴う。辺野古漁港では、強風に慣れないまま船を台車に上げようとしたところ、船を制御できず、岸壁に係留中の他の船にぶつけたこともあったという。
辺野古の海について「眺めているぶんにはきれいな海ですが、船で通るとなると怖い海。座礁の恐れのある個所があちこちに隠れている」(122ページ)と前編と同様の認識を示した。
こうした海域での操船中は「常に周囲への目配り、見張りをする。漂流物や遊泳者、他の船の動き、前後左右、海底への形状など見張っておかねばならないことがいっぱいある」(同ページ)としていた。