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「ログ保存期間を待つ」戦略の検討——構造・前提・法的論点

BitTorrent著作権侵害案件における「ログ保存期間待ち」と説明義務——法律論としての整理

BitTorrent利用に基づく著作権侵害案件において、発信者側代理人が「ログ保存期間が経過するまで示談を保留する」との方針を採用した場合について、本稿では、この方針(以下「ログ保存期間待ち」)の論理構造を整理し、最高裁平成25年4月16日判決の枠組みのもとで生じる説明義務上の論点を法律論として検討する。

■ 1 戦略の論理構造

ログ保存期間待ちは、概ね次の論理で構成される。

第一に、待機の対象となるのは「既に開示請求の対象となっているログ」ではなく、「まだ開示請求の対象になっていない、過去のトレント利用に紐づくログ」である。既に申立対象となったログは権利者側の発信者情報消去禁止仮処分により開示命令事件終了まで保全されるため、待機による消滅の余地はない。

第二に、トレント利用を完全に停止した日以降は新規ログが発生しないため、その日を起算日とすることで「待つべきログ」の発生を打ち止めることができる。

第三に、開示請求から意見照会書到達までのタイムラグを加算する必要がある。

以上を統合し、次の公式が提示される。

  トレント利用中止日 + ログ保存期間 + タイムラグ = 待機期間

将来発生しうる追加の意見照会書を遮断するという観点からは、技術的に一定の合理性をもつ方針である。

■ 2 戦略の射程——既存案件と将来案件の区別

検討を要するのは、上記の論理が射程としているのが「将来発生しうる追加の意見照会書の遮断」にとどまる点である。「既に届いている意見照会書」(以下「既存案件」)については、別の観点からの検討が必要となる。

ログ保存期間待ちの効果を区別すると次のように整理できる。未請求のログについては、保存期間経過により消滅するため、待機に直接的効果がある。これに対し、既に開示請求対象となったログについては、消去禁止仮処分により保全されており、待機による消滅の余地はない。

既存案件についての処理として、論理的には次の二つの選択肢がある。

選択肢A——既存案件は別ラインで合理的時期に処理し、待機戦略の対象外とする 選択肢B——既存案件についても示談を保留し、対応期間満了まで処理を留保する

選択肢Aは将来案件の追加遮断のみを目的とするものとして整合的であるが、選択肢Bを採用する場合には、追加遮断とは別の論拠を要する。

■ 3 既存案件と消滅時効の関係

著作権侵害に基づく損害賠償請求権は、権利者が損害および加害者を知った時から3年で消滅する(民法724条1号)。発信者情報の開示時点で、権利者は「加害者を知った」状態に到達するため、3年の時効はそこから進行を開始すると解される。

意見照会書受領者が対応期間1〜2.5年のプランで待機する場合の時系列は、以下のように整理できる。

開示時点(T+0)において、権利者の3年時効が起算される。T+0から対応期間満了までの間は、依頼者が示談を保留しつつ「交渉中」の体裁を維持する期間となる。対応期間満了時点(T+1〜2.5年)において、ログ保存期間経過を理由に事案処理が完了とされる。そしてT+3年の時点で、権利者の損害賠償請求権が時効消滅する。

対応期間が2〜2.5年に設定されたプランの場合、対応期間満了時点で権利者の時効完成までの猶予は半年〜1年程度となる。この間に権利者が訴訟を提起しなければ、依頼者は損害賠償請求を免れる構造となる。

すなわち、表向きは「ログ保存期間の経過を待つ」と説明される方針であっても、既存案件に対する機能的効果は消滅時効の進行を消化することに帰着する。「ログ保存期間待ち」と「時効待ち」は、既存案件に関する限り、機能的に区別がつかない構造を有する。

この機能的構造が、以下に検討する説明義務論の出発点となる。

■ 4 最高裁平成25年4月16日判決と説明義務

▼ 4.1 事案の概要

最高裁判所第二小法廷平成25年4月16日判決(民集67巻4号1049頁)は、多重債務者から債務整理の委任を受けた弁護士の説明義務違反が問われた事案である。

弁護士は、依頼者から債務整理の委任を受けた後、一部の債権者に対する過払い金返還請求により相当額の金員を回収していた。この回収済みの金員をもって残存債務を弁済することが可能な状況にあったが、弁護士は残存する債権者に対し元本の8割での和解を提示し、これが拒否された後、当該債務について消滅時効(貸金業者からの借入債務については5年)の完成を待つ方針——時効待ち——を選択した。

この方針選択にあたり、弁護士は依頼者に対し、(a)時効待ち方針を採った場合に債権者から訴訟を提起され、遅延損害金を上乗せした敗訴判決を受けるリスクが存在すること、および(b)回収済みの過払い金を用いて債務を弁済するという代替手段が存在すること——この二点を説明しなかった。

▼ 4.2 最高裁の判断

最高裁は、弁護士の説明義務違反を認定した。判決の核心は次のとおりである。

弁護士が依頼者の債務について消滅時効の完成を待つ方針を採る場合、当該方針に伴うリスク——とりわけ債権者から訴訟を提起され、遅延損害金を含む敗訴判決を受ける可能性——を依頼者に説明する義務がある。加えて、回収済みの過払い金による弁済という代替手段が存在する場合には、その選択肢を提示したうえで、依頼者自身に方針を選択させる義務がある。これらの説明を怠ったことは説明義務違反に該当する。

なお本判決には補足意見が付されており、「時効待ちは原則として適切な債務整理の手法とは言えない」との見解が示されている。法廷意見そのものではないため直接の法的拘束力はないが、最高裁裁判官による見解として、時効待ち方針の当否を考える際に参照される。

▼ 4.3 判決の射程

本判決の理解にあたっては、以下の二点に留意する必要がある。

第一に、本判決は時効待ち方針それ自体を違法としたものではない。判決が問題としたのは「リスクと代替案を説明せずに方針を採用したこと」であり、十分な説明のもとで依頼者が自ら時効待ちを選択した場合にまで及ぶものではない。

第二に、「訴訟が提起された場合には対応する」との留保では説明義務を満たさない。判決が要求するのは、(a)訴訟提起時の遅延損害金リスクの説明、(b)代替手段(早期解決)の存在とその内容の説明、(c)両者の経済的帰結の比較を可能にする情報提供——の三点であり、訴訟時の対応を約束することではこれらの義務を代替できない。

▼ 4.4 ログ保存期間待ちとの構造的対比

本判決の枠組みのもとでログ保存期間待ちを検討するにあたり、両者の構造を対比する。

最高裁事案では、待機対象は貸金債務の消滅時効(5年)であった。ログ保存期間待ちでは、損害賠償請求権の消滅時効(3年)の事実上の消化がこれに対応する。依頼者の立場について、最高裁事案では債務者であり、ログ保存期間待ちでは損害賠償義務を負いうる発信者である。弁護士が選択した方針は、最高裁事案では債務を放置して時効完成を待つことであり、ログ保存期間待ちでは示談を保留して期間経過を待つことである。代替手段は、最高裁事案では過払い金による弁済であり、ログ保存期間待ちでは早期示談による解決である。待機方針のリスクは、いずれにおいても訴訟提起・遅延損害金を含む判決を受けることであり、構造を共通にする。

両者の構造には、二つの実質的共通点がある。

第一に、方針選択の構造が同一である。いずれも、弁護士が依頼者の代理人として「待つ」方針を採用するものである。最高裁事案では「時効待ち」と明示的に称されているのに対し、ログ保存期間待ちは異なる呼称を用いるが、本稿3で確認したとおり、既存案件に対する機能的効果は消滅時効の経過を待つことに帰着する。方針の呼称が異なるにとどまり、依頼者が負うリスクの構造——債権者(権利者)が訴訟を提起した場合に遅延損害金を含む判決を受ける——は同一である。

第二に、代替手段が存在する。最高裁事案では過払い金による弁済が、ログ保存期間待ちでは早期示談が、それぞれ代替手段として機能する。早期示談は、訴訟リスクの回避、遅延損害金の発生回避、確定的解決という効果を持ち、待機方針とは異なる経済的帰結をもたらす。

両者の相違は、待機方針の名称にとどまる。最高裁判決が問題としたのは「時効待ち」という名称ではなく、「待つ」方針に伴うリスクと代替手段の説明を欠いた点である。方針の呼称にかかわらず、その実質が時効経過を待つ方向に作用するのであれば、本判決の射程は及ぶと解するのが自然である。

▼ 4.5 求められる説明義務の具体的内容

以上を踏まえ、最高裁判決の枠組みのもとで「待つ」方針を採用するにあたり求められる説明義務を具体化すると、以下の四点に整理できる。

第一に、リスクの説明である。待機期間中の訴訟提起の可能性、侵害行為時から判決確定時までの遅延損害金の加算、早期示談と比較した支払総額増大のリスクが、これに含まれる。

第二に、代替手段の説明である。早期示談という選択肢の存在、早期示談における和解金の想定水準、早期示談による確定解決のメリット(訴訟回避・遅延損害金回避・心理的負担の軽減)を、依頼者に提示することが求められる。

第三に、経済的帰結の比較である。待機シナリオ(時効完成による免責または訴訟提起による高額判決)と早期示談シナリオ(和解金+弁護士費用)を、依頼者が比較検討可能な形式で提示することが必要となる。

第四に、自己決定の確保である。上記第一から第三までの説明を前提として、依頼者自身が方針を選択することが要請される。弁護士が一方的に「待つことが最善」と断定して他の選択肢の検討を省略することは、この義務の趣旨と相容れない。

▼ 4.6 限定付き説明と説明義務の履行

実務上、訴訟リスクについて「可能性は低い」「経験上は訴訟になっていない」「1%以下」等の限定付き説明がなされる場合があり、これらが説明義務の履行として十分かが論点となる。

「可能性は低い」型の説明について。この評価が客観的根拠に基づくかが問われる。権利者がいずれの案件で訴訟を提起するかは権利者側の内部的業務判断によるものであり、発信者側からこれを客観的に予測する手段は限られている。権利者の方針は年度・案件蓄積状況・担当者・経営判断等により変動しうる。形式的にリスクの存在に言及していても、リスク現実化時の経済的帰結および代替手段との比較が伴わなければ、依頼者の比較検討に必要な情報は揃わない。

「経験上、訴訟になっていない」型の説明について。観察対象の偏り(生存者バイアス)が問題となる。受任を継続している案件は観察可能であるが、依頼者が他の弁護士に切り替えて訴訟対応した案件、依頼者との連絡が途絶えた案件等は観測されない傾向にある。「経験上ない」という情報は「自身が継続的に把握する範囲では確認されていない」という限定的内容にとどまり、経験則として一般化する場合にはこの限界の併記が必要となる。

確率を数値で示す型の説明について。確率が統計的調査ではなく個人的感覚や限定的経験に基づく場合、それは根拠を伴わない確率表示である。根拠のない確率表示は、依頼者のリスク認識を実質的に低下させる効果を持ちうる。

最高裁判決の枠組みで求められているのは、確率の高低を断定することではなく、リスクが現実化した場合の帰結を具体的に説明し、代替手段との比較を可能にすることである。判断基準は「リスクに言及したか」ではなく、「依頼者の自己決定に必要な情報が揃ったか」である。

■ 5 弁護士職務基本規程との関係

上記の説明義務は最高裁判決から導かれるものであるが、弁護士職務基本規程もまた、同方向かつ独立の根拠として機能する。

29条(事件の見通し等の説明)は、弁護士に対し、依頼者に事件の見通し、処理の方法、弁護士報酬および費用について適切な説明を行う義務を課す。「ログ保存期間を待てば追加の意見照会書は届かなくなる」との見通しに加え、「既存案件について権利者が3年以内に訴訟を提起する可能性がある」との見通しもまた、依頼者に伝えられるべき事件の見通しに含まれる。待機が成功するシナリオのみを説明し、失敗するシナリオを伝えないことは、29条の要求する説明として不十分となる。処理方法が複数ありうる場合に一方のみを最善として提示し他方の存在を説明しないことは、「処理の方法」についての適切な説明を欠くことになる。

22条(依頼者の意思の尊重)は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うことを要求する。処理方針の選択において依頼者の自己決定を確保すべきことを要求するものであり、最高裁判決が要求する「依頼者自身に方針を選択させる義務」と整合する。

弁護士職務基本規程は日弁連の会規であり最高裁判決とは別の規律体系に属するが、29条・22条の説明義務が履行されていない場合、民事上の債務不履行(委任契約上の善管注意義務違反)または不法行為の成否を検討する際の考慮要素となりうる。

■ 6 弁護士業務広告規程との関係

待機方針が個別の依頼関係を超えて、法律事務所のWebサイト・ブログ等に掲載される場合、その内容は依頼者獲得を目的とする弁護士広告に該当する。日弁連「弁護士の業務広告に関する規程」が定める各禁止類型との関係が問題となる。

第一に、誤導的広告の禁止との関係である。訴訟リスクや時効進行に関する情報を欠いたまま「待てば解決する」と読める表現は、閲覧者の判断を誤らせる可能性を生じさせる。

第二に、誇大広告の禁止との関係である。戦略の前提条件・限界を示さずに「安心」「安全」「確実」を印象付ける表現は、実態との乖離を生じさせるおそれがある。

第三に、最上級表現の制限である。客観的根拠を欠く「最良」「最善」「最高」等の表現は、業務広告規程上問題となりうる。最上級表現については、最高裁判決の枠組みとの関係で特に検討を要する。「待つ」方針を「最善」と表現するためには、他の選択肢——とりわけ早期示談——との客観的比較が前提となる。しかし最高裁判決はまさに代替手段の提示を説明義務の核心としており、代替手段の比較なしに「最善」と表現することは、依頼者から代替手段の検討機会を奪う方向に作用する。最上級表現は、業務広告規程上の問題と説明義務上の問題の双方に抵触しうる構造を持つ。

第四に、品位を損なう広告の禁止との関係である。過度に楽観的な見通しを示す表現や不安を煽る表現等は、品位要件との関係で検討対象となりうる。

広告は不特定多数の閲覧者に届くため、個別の依頼関係における説明とは別に、広告それ自体の規程適合性が問われる。また、Webサイト等の記載は、後に依頼者との間で説明義務違反が問題となった場合、相談時の説明内容を推認させる間接証拠となりうる点も、付随的論点として指摘できる。

■ 7 むすび

「ログ保存期間待ち」方針は、技術的説明を伴う形式で提示されるが、既存案件に関する限り、その機能的効果は消滅時効の進行消化に帰着する。最高裁平成25年4月16日判決は、時効待ち方針の採用そのものを否定したものではなく、リスクと代替手段の説明を欠いたまま方針を採用することを説明義務違反と評価したものである。方針の呼称が「ログ保存期間待ち」であっても、その実質が時効経過を待つ方向に作用する以上、同判決の射程は及ぶと解される。

待機方針を採用するにあたっては、(a)訴訟提起のリスクと遅延損害金、(b)早期示談という代替手段、(c)両者の経済的帰結の比較、(d)依頼者自身による方針選択——の四点が、説明義務の核心として求められる。「可能性は低い」等の限定付きの言及だけでは、この義務の実質的履行とはならないと解される。

また、当該方針が広告として公表される場合には、業務広告規程上の誤導性・誇大性・最上級表現の規律との関係においても、別途の検討が要請される。

【参照】 最高裁第二小法廷平成25年4月16日判決(民集67巻4号1049頁) 民法644条、648条3項、724条1号 弁護士職務基本規程22条、29条 日本弁護士連合会「弁護士の業務広告に関する規程」

(本稿は一般的な法的整理を目的とするものであり、個別の事案に関する法律的助言ではない。)


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