【カープ】黄金期を支えた沢村賞左腕・大野豊さん 「目に見えない力に後押しされた年だった」 V6を支えた盟友への思いを込めた1球
11月29日に開催される『カープレジェンドゲーム』に出場する、カープレジェンドたちの今明かされる秘話に迫ります。今回は、カープ6度目のリーグ優勝で、胴上げ投手となった大野豊さんの記憶に残った1球に迫ります。
1977年、テスト生からカープに入団した大野。先発・抑えをこなす大車輪の活躍で、黄金時代を支えました。通算707試合に登板し、148勝138セーブを記録。昭和最後の沢村賞投手で、最優秀防御率と最優秀救援投手という、先発・抑えの両方のタイトルを獲得しました。
そんな大野は1991年、津田恒実とダブルストッパーとしてシーズンを迎えます。しかし4月、津田は病に倒れ、復帰はかないませんでした。大野は、津田の分までクローザーの責務を果たそうと奮起します。
■カープOB 大野豊さん(1991年5月)
「津田本人が1番苦しんでいると思うから、今のチームの状態を津田が見ていれば、少しでも早く良くなればいいと、みんな思っているから、自分もしっかりやりたい。彼のためにも、今いいムードですから。」
『津田のために。』大野は、14試合連続セーブをマークするなど、チームを引っ張ります。そして、優勝がかかった10月13日。1対0の僅差で迎えた8回、大野の出番がやってきます。ノーアウト1塁からトーマス・オマリーを三振。続く和田を、ダブルプレーで打ち取ります。そして9回、優勝までアウトあと1つ。
■カープOB 大野豊さん
「最後は津田と同じように、まっすぐで決めてやろうと思ったが、ボールになって。
『津田悪い、最後はスライダーで勝負させてくれ』ということで、最後スライダーで三振をとったんですけど。」
この回、三者連続三振で締めくくった大野。盟友への思いが、大野の好投を支えました。
■カープOB 大野豊さん
「自分の力よりも、津田が後押ししてくれたというかね。「自分のために、頑張ってください」というような、目に見えない力の中で投げ切れた最後ではなかったかなと思いますね。」