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大いなる通勤の環(わ)

仕事上、一定の割合で「覇王」に謁見する機会があります。

覇王とは、覇王色の覇気を放つ者です。
覇王色の覇気とは、漫画『ONE PIECE』の用語で、数百万人に1人が持つと言われる類稀なる天賦の才。
いわゆる「気迫」を、自発的に発揮できる能力にまで昇華させたもので、全方位に対して「喰らった者を失神させる」的な力。とはいえ全員が失神するわけではなく、喰らった当人の「力量」に応じて、恐れ慄くだけで済んだり、「おっ、コイツなかなかの覇気だな」で済む場合もある。
自他の力量差が如実に出るオーラの攻撃。威圧。

仕事において出会う覇王とは、世界に対する何かしらの強い征服欲、渇望があり、圧倒的な才覚と努力によって周囲を薙ぎ倒す者。そして同じく覇王色の覇気を放つ者とは、激しく勢力争いをしつつも謎に深層で分かり合う不思議な邂逅を果たす者。
会社を立ち上げて大きくしてきた人だったり、特定の分野において甚大な影響力を形成してきた人だったり、何かしらそういう「勢力」「城」「配下」を築いてきた人だったりする。

仕事でそういう人と会うと、こちとら鼻血を出してぶっ倒れるしかない。
しかし、ぶっ倒れたとて赦してもらえるわけでもないので、正気を保ったフリをして話をうんうん聞きながら、嵐が去るのを待つしかない(それで事が済むわけでもないのだが)。

覇王と謁見すると、だいたい予定が狂う。
比喩的なものではなく、本当にスケジュールが想定から逸脱する。
その日の予定が狂うこともあるし、向こう数ヶ月の予定が全部狂うこともある。

その日は、その日の予定が狂った。

もともとその日は、謁見が終わったらそのまま電車で帰って、1日の一番最後の予約枠で最寄りの内科に通院して、いつもの薬をもらう予定だった。
内科が先に決まって、謁見が後から決まった。覇王との日程調整は得てして難航しがちなので、後から通院の予定がある如きで避けられるはずもない。
とはいえ移動時間を加味しても40〜50分くらい余裕があったので、まあ病院の開いている時間には間に合うだろうと踏んでいた。甘かった。
謁見は大幅に延長された。なす術はなかった。後ろに通院が控えていることも頭からすっかり飛んでいた。それどころじゃないんだから。失神を耐えるので精一杯なんだから。

全てが終わって(あるいは始まってしまい)、建屋の外に出て、ふっと息をついて、気付いた。
もう、病院に間に合わない。
もらうはずの薬は、花粉症の薬だった。この薬がないと、安らかな日々を送ることはまず不可能。そして再予約も直近は不可能。絶望。

駅まで早歩きしながら、ひとつの可能性に気づく。
有料特急を使えば、10分遅れで済むかもしれない。
これまでの人生、有料特急を使うことはなかった。
同じ移動距離を、多少速く、多少快適に過ごすための数百円。
ただ移動するだけでも金がかかるのに、それにプラスオンでかかる金。
あまりにも意味不明すぎて一切触れてこなかった課金要素。
その日はもう、他の選択肢がなかった。
早歩きしながら、意味もなく汗をかきながら、慣れない手つきで鉄道会社のweb会員登録をこなし、有料特急を予約した。

結果、ものすごく快適だった。
たった数百円で、確実に自分の座席が確保されているという安心感。通勤ラッシュの時間帯に、確実にある程度のパーソナルスペースが保たれていることが約束された状態で電車に乗り込む全能感。窓の外の景色。小さな優越感。ちょっとだけ違う気がする座り心地。追加コストを払える「余裕」ある紳士淑女が乗り合わせる健全な車両空間。

以来、有料特急という選択肢が頭の片隅に存在するようになった。

そして今日。気が重い仕事で外出予定。
天気予報は大雨。土砂降り。
アプリに表示される降水量の表示色が、薄い青を超え、濃い青を超え、赤を超え、逆になんか薄い茶色みたいな色になっていた。逆に恐ろしい表示色。

大雨の日の通勤電車、終わっていがち。
床に垂れ下がる水分。水滴をたっぷり含んだ傘、服。湿度の充満する空気。各人の雨ストレスがぶつかり合ってどことなく張り詰めた雰囲気。遅れる電車。いつもよりどんどん混む車内。さらに遅れる電車。さらに張り詰める空気。
気が重い仕事のために、気が重い電車に乗る。何一つ意味がわからない。
少しでもストレスを減らしたい。片時の安心に身を預けたい。
今日は初めて、往路で有料特急を予約することにした。

スマホで予約画面を見て狼狽する。
ほぼ満席。
そうか。有料特急というのはこんなにニーズがあるのか。
とはいえ「ほぼ」満席。まだどこかに空きはあるはず。
スマホの画面上に表示される車両の模式図を端から端までスクロールしていくと、ポツポツと「⬜︎(空席)」が見つかる。

⬜︎:空席
⬛︎:満席

⬛︎            ⬛︎
⬜︎            ⬛︎
⬛︎            ⬛︎
⬛︎⬛︎      ⬛︎⬛︎
⬛︎⬛︎      ⬛︎⬛︎
⬛︎⬛︎      ⬛︎⬛︎

こういう感じで、1席区切りになっているゾーンの1つだけがポツンと空いているのが、列車全体で2-3席。他はすべて満席。

これは一般的な感覚だと信じたいが、隣に人がいる座席(⬜︎⬛︎)と1人だけ独立した座席(⬜︎)だったら、普通はみんな後者を選ぶはず。その方がパーソナルスペースを確保できるから。
しかしこの空席の様相は、何か直感と反するありさまになっている。
なぜなんだ?独立1席の方が嫌だというパターンがあるのか?飛行機でいう非常口座席みたいなことか?劇場でいう見切れ席みたいなことか?

とにかくそういう類の座席しか空いてないので、そこを予約する。
駅に着き、電車に乗り込む。今まで見向きもしなかった、何なら1本見過ごさなければならないぶん存在にムカついてすらいた有料特急に、今日は客として乗り込む。不思議な優越感。
E2。自分の席番号を探し、見つけ、合点がいく。

⬛︎            ⬛︎
⬜︎            ⬛︎
⬛︎            ⬛︎
⬛︎⬛︎      ⬛︎⬛︎
⬛︎⬛︎      ⬛︎⬛︎
⬛︎⬛︎      ⬛︎⬛︎

「1席」に見えていた箇所は、3席が横並びに連結している箇所だった。つまり空いていた1席は、新幹線でいうところのA席とC席に挟まれたB席。
模式図の様相が路線バスっぽかったので、勝手に独立1席だと早合点していただけ。
なんてことはない。相対的にパーソナルスペースが狭くなりがちな座席だから人気がないということだった。
理由が分かればどうということはないが、確かに追加課金した割にはまあまあキュッと身体を縮こませないと座りづらい、文字通り肩身の狭い座席だった。 

とはいえ、やはり有料特急は快適だった。
「座席はすべて満席です。指定席券を購入されていない方はご乗車いただけません」というアナウンスが響く。
すごいな。結局全部満席になったんだ。自分がスポッと1席ハマれたことの幸運を想う。

ふと、この有料特急の日常について考える。
平日朝の通勤電車は、ルーティンの極み。有料でない普通の電車ですら、毎日同じ時間帯に乗っていたらだいたい同じようなメンバー、お互い勝手に顔見知りな気がするメンバーと乗り合わせる。普通の電車だとさすがに座席まで決まっているわけではないが、でも大体同じ発車時間に同じ車両に乗り合わせがちだったりする。何年、何十年と続けてしたルーティンなんだから。
そんなルーティンが、わざわざお金を払って乗車する有料特急では、より一層強化される気がする。より一層、毎朝同じ人たちが、同じ車両の、同じ座席を予約して、同じ朝を過ごし続ける大きなルーティンの中にあるように思えてくる。

そんな大きなサイクルの中に、ポッと出の思い立ちで席を予約したのが、私ということになる。
大いなる循環、大いなる通勤の環(わ)を、もしかしたら私が乱している可能性もある。
私がE2を予約したことで、いつも同じE2を予約している誰かが、「あれ!?他の誰かがE2を予約している…!?」と、驚き、そして怒っているかもしれない。
もしかしたら、私の両脇に座っているE1とE3の人も、「なんで今日は違う人が座ってるんだ…?」と訝しんでいるかもしれない。

急に、肩身の狭さの性質が変わってくる。私はやってはいけないことをしてしまったのではないか。
もしかしたら、誰かが乗り込んできて、「おい、そこは俺の席だ。何を勝手に予約してるんだ。どういう了見だ」と怒鳴り散らかされるかもしれない。
嘘みたいな空想かもしれないが、100%否定することはできない。あり得なくはない。私は有料特急初心者。環(わ)を乱す狼藉者として斬り捨てられても、何も申し開きすることはできない。
気持ちだけでも普段より幾分か慎ましく座ることで、いざという時に備え続けていた。空想に取り憑かれてどうにも気の休まらないまま、もっと現実的でもっと気が重い予定に打ち出でて行くのだった。


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