トヨタを超える60兆円規模のAI企業Anthropicが、OpenAIと決別した本当の理由
OpenAIから集団離脱した研究者たちが築いたAI企業・Anthropic。トヨタ自動車を超える評価額に成長したこの企業の本質はどこにあるのか。マイクロソフトやグーグルでエンジニアとして活躍し、複数の企業で技術顧問を務める及川卓也氏が「AIの安全性への執着を競争優位に変えた」と評する企業の正体に迫る。 ● 「AIエージェント主役時代」の 中心にいるAnthropic 複数のAIエージェントが役割を分担し、人間はその指揮と監視に回る――前回記事『「コードが書けないエンジニア」が続出?AI時代の仕事の常識はどう変わるか』で紹介したように、ソフトウェア開発は既に「AIエージェントが主役」の時代に入っています。この構造変化の中で、急速に存在感を増しているのが「Anthropic(アンソロピック)」という企業です。 同社の「Claude Code(クロードコード)」は、AIを活用したコーディング支援ツールです。現在、世界最大のソフトウェア開発プラットフォームであるGitHub上で、公開されているコミット(コードの変更記録)のうちの約4%を生成。つまり25件に1件はClaude Codeが書いている計算になります。 テクノロジー業界に長く身を置いてきた私がAnthropicに注目するのは、単にプロダクトが優れているからだけではありません。この企業が「AIという技術は正しい方向に進化しているのか」という、より根本的な問いと向き合っていると感じるからです。
● OpenAIと袂を分かち 60兆円近い規模に成長 2020年、OpenAIの内部で、当時としては桁外れに巨大なAIモデル「GPT-3」の公開をめぐって対立が起きました。当時、研究担当副社長だったダリオ・アモデイ氏らは、モデル規模の拡大につれ、誤情報の拡散や社会的バイアスの増幅、そして予測不能な振る舞いが発生するリスクが指数関数的に高まるとして、公開を遅らせるべきだと主張。十分な安全性評価なしに、これほど強力なモデルを社会に解き放つべきではない、と公開延期を訴えました。 しかし、その主張は通らず、GPT-3は公開され、世界を席巻しました。 OpenAIはもともと、2015年に非営利の研究機関として設立され、「全人類の利益のために安全なAGI(汎用人工知能)を開発する」という理念を掲げていました。しかし、2019年にMicrosoftから10億ドルの出資を受けて営利法人を設立し、急速に商業化へと舵を切りだします。安全性の議論よりも、競合に先んじて市場を押さえることが優先される空気が組織を支配し始めていたのです。リスクに関する批判的な議論を避ける内部文化も、アモデイ氏らの懸念を深めていました。 そして2021年初頭、アモデイ氏を含む約10名の研究者や幹部が一斉にOpenAIを去りました。円満な離脱ではなかったとする報道もあります。GPT-2、GPT-3の開発主導者、安全性・政策担当責任者など、頭脳流出というだけでなく、OpenAIの「安全性に対する良心」が丸ごと抜け出したに等しい出来事でした。 このとき抜け出した彼らが設立したのが、Anthropicです。AmazonとGoogleの両社から出資を受ける異例の構造を持ち、評価額は2026年2月現在で3800億ドル(約57兆円)。日本の時価総額トップを誇るトヨタ自動車の約52.5兆円を上回る規模に成長しています。