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映画『ラーゲリより愛を込めて』で主人公たちが歌う「いとしのクレメンタイン」は、トンデモ男の歌?! (2)

まずは、映画『ラーゲリより愛を込めて』のストーリーを軽くおさらいします。

この映画はひと言でいうと、シベリア抑留の体験談。

シベリア抑留については、本で読んだことがありましたが、映像で見ると、その過酷さがより強く感じられました。

以下、あらすじです。

極寒の地での、いつ果てるともない強制労働。

「ダモイ(帰国)」の日がいつか来て、日本に残した家族と再会できることを願い、耐え続ける抑留者たち。

映画の途中までは、「ダモイという希望」があるから、彼らは生き抜こうという意志を保てているのだ、と思っていました。

ところが、希望はくじかれていきます。

「ダモイ」の日がようやく訪れ、汽車に乗るのですが、港の手前で主要な登場人物たちは下車させられ、新たなラーゲリへ送り込まれてしまいます。山本(二宮和也)は、スパイ活動を行った戦犯とみなされ、一方的に懲役20年の判決を下されました。

やがて日本との手紙のやり取りが許可されることに。

それにより、相沢(桐谷健太)の身重の妻は、子供とともに空襲で死亡したことが判明。松田(松坂桃李)の母もすでに亡くなっていました。

絶望に打ちひしがれる彼らに対して山本は、「生きるのをやめないでください」「希望がなくても生き続けるんです」と呼びかけ、励まします。

ですが、その山本も喉のがんであることがわかり、余命3カ月の宣告。体力は日に日に衰え、ダモイはもはや不可能に。

山本は、最後の力を振り絞って、妻や母や子どもたちに遺書を書き記します。

相沢や松田たちは、原(安田顕)、新谷(中島健人)と遺書を4分割し、検閲で奪われた時に備え、それぞれの担当分を暗記します。4人には、日本に帰国できたら、山本の遺書を家族に届けるという目的ができたのです。

そして、見事に彼ら全員がその目的を達成したのでした。


それでは、映画のストーリーを踏まえ、 「Oh My Darling, Clementine(いとしのクレメンタイン)」の歌詞について、2つの切り口から考察していきます。

1つ目の切り口は「理不尽さ」です。

自分を「ダーリン」と呼んでくれる恋人もでき、人生これからというとき、クレメンタインは不慮の死を遂げます。

毎朝、決まった時間に父の手伝いをしている、けなげな娘なのに、その手伝いの最中、木片につま先をぶつけて転倒。

川に落ちて溺死したのです。

まさに理不尽そのもの。心が痛みます。

映画では、山本が、妻のモジミ(北川景子)や子供たちと空襲から逃げているときに、瓦礫に体をはさまれてしまいます。そして、家族だけを逃がし、自分はラーゲリに送られることになりました。

荒谷は、兵隊でもないのに、魚を取っていたときにつかまって、ラーゲリに送られました。

収容所の人たちは、自分たちの置かれた理不尽な状況を、クレメンタインの人生と重ねていたのではないでしょうか。


2つ目の切り口は、「絆」です。

山本と、妻と子供たちは、強い絆で結ばれています。

それを象徴的に表しているのが、 Oh My Darling, Clementine なのです。

山本はこの歌を歌い家族を思い出す。妻と子供たちはこの歌を歌い父のことを想う。

遠く離れて会うことができなくても、歌でつながることができるのです。

ラーゲリの仲間たちも同じです。

この歌を歌いながら、「いとしの」大切な人に想いを馳せていたのかもしれません。

そして、いつしかこの歌は、山本と周囲の仲間たちとの絆を表す象徴へと進化していきます。

仲間たちは命を省みず、山本を大病院で診察させることを求め、労働をボイコット。

全員で Oh My Darling, Clementine を合唱するのです。

歌詞に戻ります。

歌い手である、クレメンタインの恋人は、彼女がおぼれている現場を目撃しています。

なのに、自分が泳げなかったため、彼女を助けることができなかった。

韻を踏みながら軽快に歌われていますが、一度は自分も飛び込んでおぼれそうになって引き返したのかもしれませんし、助けを求めて大声で叫び続けたのかもしれません。

彼は、絶望に打ちひしがれ、恋人を助けられなかったという後悔を背負って生きていくことになったのでしょう。

歌の最後では、クレメンタインの妹と結ばれます。

でも、それはクレメンタインを亡くしてすぐなのでしょうか。

10年後、20年後かもしれません。

嘆いて、嘆いて、嘆き続けた後、クレメンタインの妹が手を差し伸べてくれた。

How I missedを3回も繰り返していますし、そう解釈することができるのではないでしょうか。

妻と子供を亡くした相沢もまた、嘆いて、嘆いて、嘆き続けた後、新しい人生を歩んでいくのかもしれません。

曲の最終盤、クレメンタインの恋人は

I forgot my Clementine(僕はクレメンタインのことを忘れてしまった)

と言っています。

本当でしょうか。

私は、この一文は彼の許しを請う発言なのではないかと思います。

「あっ、いまクレメンタインのことを忘れてしまっていた」

そんな時間ができるようになった。そんな時間が長くなってきた。

そのことで自分を責め、クレメンタインに許しを求めているのではないでしょうか。

その証拠に、この歌詞の後にも、

Oh my darling, oh my darling
ああ、私のいとしい人よ
Oh my darling, Clementine
いとしい、クレメンタインよ
You are lost and gone forever
君はもういない、永遠に
Dreadful sorry, Clementine
悲しくてたまらないよ、クレメンタイン

という繰り返しパートが来て、ようやく曲が終わるからです。

このパートは、物語の進行の合間に必ず現れ、何度も繰り返されます。

まるで円運動のように、最後まで来るとまた最初につながっていき、いつまでも終わらないような気さえしてきます。

メロディも耳につきますし。

クレメンタインは亡くなった後も、ずっと恋人の心の中で生き続けている。

山本もまた亡くなった後も、妻のモジミの心の中でずっと生き続けている。

たとえ、もう永遠に会えないとしても。

絆は消えない。

頭の中でぐるぐる回るメロディを聞きながら、そんなふうに思いました。

<完>

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