辻さん、まったくご指摘には当たらないと思いますよ。
私は、雅子妃がキラキラした目で高市首相を見つめていたのには理由があると感じたんですね。
「同年代の高市首相がTMネットワークの曲でリズムをとっている。もし許されるのなら、自分もその隣に行って拳をあげたい。一緒に歌いたい」。
そんな思いがあったのではないでしょうか?
もちろん皇后陛下という立場上、それは許されることではありません。
でも、皇后陛下が頭の中で「if」を想像して楽しんでいたとして、誰が咎めることができるでしょうか?
天皇皇后両陛下は自由が制限されることは重々わかっていて、そのお役目を引き受けてくださっています。
それがどれほど大変なことか、国民の側もわかっています。
だからこそ、昭和100年記念式典での一幕は、私にとって輝いて見えたのです。