「あらマスター! ごきげんよう♪」
「ん? ああ、こんにちは。マリー」
カルデア構内の一画、自室の前。
部屋から出ると、偶然そこを通りかかったであろう女性。マリー・アントワネットがこちらへ話しかけてきた。
「お出かけかしら。ご一緒してもよろしくて?」
「ちょっと食堂まで歩くだけだよ?」
「ええ、じゃあそこまで一緒に行きましょう」
「マリーがいいなら構わないけど……」
「よかった♪」
こちらが同行を許可すると、彼女は胸の前で手を合わせ、機嫌よく返事をする。
辺りが輝きだしそうなくらい綺麗な笑顔に、思わずこちらも頬が緩んできた。
「そろそろお昼時だものね。私はお食事をと思ったのだけど、マスターは?」
「こっちも何か食べたいなって思って」
「まあ! だったらお昼もご一緒したいわ♪」
「え、……あー、そうだなあ……」
彼女の急なお誘いに返答を窮してしまう。
お誘い自体は普通に嬉しいんだけど、相手がマリーなだけに素直に受け取っていいかどうか躊躇しちゃうんだよね。
社交界では普通断るみたいなルールがあったら困るというか。
こちらがはっきりしない態度をとっていると、マリーは不安げな表情を浮かべこちらを覗きこんできた。
「もしかして嫌だったかしら……?」
「え? いやそんなことは一切ないんだけど」
「本当に? 無理してない?」
「本当に大丈夫だから、ついでにそんなに距離詰めなくても大丈夫だから」
不安げな様子を浮かべながらも、その行動はすごく能動的。
上目づかいをしながら遠慮がちにこちらを伺っている反面、じりじりとこちらへにじり寄って来ており、その距離は自分のすぐ眼下まで迫っていた。
「でもまだはっきりしてないから」
「えっと……、そう、食堂に行けば誰かしらいると思うから! 着いてから決めたらいいんじゃないかな」
「……むぅ」
「ね? ひとまずは食堂へ行こうか」
こちらが歩きながらそう促すと、意外にも彼女は素直に従い、こちらに並んで歩き始めた。
しかし……。
「……」
「……」
「えっと、マリーさん?」
「なぁにマスター」
「その……距離ってこのまんまなんですかね」
お互いの肩の距離はおよそ五センチ程度、先ほど自分の眼下まで迫ってきていた距離感を崩すことなく、彼女と自分の肩がぶつかりそうな距離まで近づいていた。
適切な距離感を保つために、無言でマリーの反対側へずれる。
「……」
「……?」
「……」
「……♪」
「……あの、マリーさん」
「なぁに?」
「こっちが横にずれるごとに距離を詰めるのはなぜでしょうか」
「マスターが横にずれるからじゃないかしら♪」
「理由になってないけど……?」
離れては寄られ、また離れては寄られを繰り返しているうちに、ついに壁の方まで押しやられていた。
歩きながらの出来事なので現在進行形で右肩がすごい擦れてる。
「もう、これ以上いけないんだけど、このまま歩いてたら擦り切れて袖なくなっちゃうんだけど」
「あらら大変、それならもっとこっちに寄られてはいかがかしら」
「じゃあマリーがもうちょっと距離を置いてほしいといいますか」
「?」
「なんでそこで首傾げちゃうの」
小首をかしげてこちらの要望を聞こうとしないマリー。ニコニコしながらもそのスタンスを崩すことはない。
ただでさえ近い距離感の中、彼女はずいと顔を近づけると、こちらを上目遣いでこちらを見つめて囁いた。
「……ねぇ、マスター?」
「は、はい……」
「あのね……」
「……!」
「……お昼、一緒にいかがかしら?」
……え、さっきから距離詰めてたのってこれ聞きたかったから!?
「わ、分かった! 分かったから一旦離れて……!」
「まあ! よかった♪」
こちらの返答を聞くや否や、彼女は満足そうに微笑み、ひょいとその距離を開けた。
息をするたびに鼻孔をくすぐっていた甘い香りが和らぐのを感じ、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「いや、こんなに迫らなくてもいいじゃん……」
「だって、マスターがちゃんと答えてくれないんだもの」
「マリーってたまに強引なところあるよね」
「あら、知らなかったのかしら? 私って世界で一番わがままなお姫様って思われているのよ?」
「カルデアではそんなイメージあんまりなかったからなあ」
「そうかしら……、あっ」
何かを思いついたように口に手を当てながら目を見開くと、
「きっと相手があなただから、私もつい甘えてしまう……のかも?」
今度は目を細め、手を後ろに回しながらそう話した。
小悪魔めいた言葉による不意の一撃に思わず頬が熱くなる。
その頬を隠すように思わず顔をそむけた。
「? どうしたのマスター、顔を赤くしちゃって……」
「……マリーさん、あんまりそういうこと他の人に言っちゃだめだよ?」
「? どうして?」
「どうしてって、自分は大丈夫だけど他の人は勘違いするかもしれないし……」
「マスターにしかしないから大丈夫よ?」
「おっふ」
無邪気な言葉によるたたみかけるような二撃目に一層頬が熱くなる。
嬉しいけど、とても嬉しいけども、このままじゃこっちの身がもたないんですよね……。
すでにばれている赤い顔のまま、彼女の猛撃を止めるべく行動を嗜める。
「……自分に対してもそういうこというのだめ」
「どうして?」
「好きでもない相手にそういうことするのはよくないからね」
「でも私、マスターのこと好きよ?」
「おぅふ」
まっすぐな言葉による会心の三撃目に思わず口角が上がり、それを隠すように口を手で覆う。
臆面もなくそんなこと言うもんだから、こちらには成す術もなく、ただただ気恥ずかしい。
「……それ、一番だめ」
「どうして?」
「……こっちの身が持たないから」
「ふーん……」
あまりの気恥ずかしさに耐え切れず、正直に白旗を揚げる。
これはもう撤退です。許容量超える前に終わりにしないと恥ずかしさで死んでしまいます。
そんなこちらの様子を知ってか知らでか、彼女はこちらを覗きこむようにして見つめると。
「ねえマスター」
「なに……?」
「大好き♪」
「ッ!」
完全な好意の言葉によるとどめの四撃目にいよいよ耐えられなくなり、思わず手で顔を覆いその場にしゃがみこんだ。
これはもう撃沈です。
「あんまりマスターをからかわないでよぉ……」
「本当のことを言っているだけだもの♪」
「それもだよぉ……」
しゃがんでいるこちらの背中をぽんぽんと叩きながら、彼女は上機嫌にそう声をかける。でもそれもオーバーキルの五撃目なんですよね……。何ならぽんぽんの連撃もカウントするともっとある。
「もう、早く顔をあげて。そのままだと大好きなあなたの顔が見れないでしょう?」
「なんなの? もう殺す気なの?」
「サーヴァントだから守る気しかないけれど……」
「なんでそこでぼけ殺しになるの、完全にぼけてるのそっちじゃん」
「?」
「だから小首傾げないでああもう可愛いなあ」
「ありがとう! マスターも素敵よ?」
「あっ、ダメだこれもう一生顔覆わないと生きていけない」
「そんな手はこうです♪」
「いや手を取るの早、って力強……! ちょっと待って引っ張らないで一旦離して……!」
「だーめ♪ この手は食堂行くまで離してあげません♪」
つっこみの際に一瞬離した手を取られ、そのまま引きずられるように食堂へ向かう。
道中でいろんな人に見られるのを気にも留めず、言葉通り食堂に着くまで手が離されることはなかった。
溶岩水泳部の内、きよひーと頼光に見つかったら、大変な事になるな……(苦笑)