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「法は権に勝たず」「権は天に勝たず」。女系継承容認派の論理は成り立たない──瀧川政次郎の律令研究に学ぶ(令和8年4月26日)

(画像は国文研の機関誌「国民同胞」の記事から)

国民文化研究会という日本の歴史や伝統の継承を目的として活動する教育団体がある。月刊誌「国民同胞」を発行していて、大岡弘・元新潟工科大学教授(日本文化論)の女性天皇論が掲載されているのを知った。

編集部に電話して、コピーをメールで送っていただいた。先生の論攷は、「女性天皇に課された不文律」と題され、平成30年4月号から6月号に連載されている。

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「国民同胞」平成30年4月号から

先帝陛下がビデオ・メッセージで「譲位」の御意向を国民に示された翌年に皇室典範特例法が成立し、その附帯決議で安定的な皇位継承のほか、「女性宮家」創設があらためて政府に要求された、そんな時期の執筆だった。

大岡先生はエッセイで、重要な歴史的事実として、女性天皇や女性宮家当主には、「御在位中、並びに、それ以降は、生存する配偶者を持つことを許さず」という「不文律」があったと指摘している。つまり、寡婦もしくは独身を貫く不婚の原則である。

その過程で、先生は、継嗣令の解釈や歴史の実例、明治の皇室典範立案過程の歴史等を検討しているのだが、ここでは、私がとくに関心を持った瀧川政次郎の律令に関する解説について、紹介したいと思う。大岡先生によれば、瀧川は著書の『非理法権天──法諺の研究』(昭和39年)で、「律令に皇位継承法が規定されていないのは、律令は臣民の遵守すべき規則を定めるものであって、帝王の則るべき準則を定めるものではないと考えられていたからだと捉えている」というである。

だとすれば、「継嗣令で皇位の女系継承が認められていた」などとする女系・双系派の論理は最初から成り立たないことになる。同時に、不婚の不文律を破る、非伝統的な「女性宮家」創設論には危険性がある、と先生は訴えていることになる。

◇1 律令とは臣民が遵守すべき規則である


瀧川政次郎は明治30(1897)年に生まれた。法政史学者で、とくに律令制度研究の第一人者とされる。九州帝国大学、中央大学、建国大学(満州国)、國學院大學などで教壇に立った。極東国際軍事裁判で、嶋田繁太郎・元海軍大臣の弁護人を務めたことでも知られる。

大岡先生が引用する『非理法権天』は、国会図書館デジタルコレクションに収められている。さっそく読んでみることにする。

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『非理法権天』から@国会図書館
〈https://dl.ndl.go.jp/pid/2995963〉

皇位継承法が律令に規定されていないと説明しているのは、23頁である。小見出しには「法は権に勝たず」とある。法律は帝王の「権」には及ばないという意味である。ヨーロッパでは、「王に法なし」という格言があるが、東洋では、法は臣下が守るべきもので、君主の行動を羈束(縛り付ける)するものではないと考えられている、と瀧川は書いている。大岡先生が引用しているとおりである。

律令に皇位継承法が規定されていないのは、律令が臣民の遵守すべき規則を定めるものだからである。

たとえば儀制令は、皇太子以下の儀制具等については定めているが、天皇の行幸に用いられる鹵簿(ろぼ)に関する条文は見当たらない。喪葬令も同様で、天皇の大葬に関する条文は見当たらない。衣服令も同じである。

律令は1400余条からなるが、天皇の行動について規定したものは、神祇令に天皇といえども神祇を敬して神意に則して行動する義務があることが示され、喪葬令に天皇といえども孝道を尽くし、皇祖皇宗の遺訓に遵わなければならないことが示された各1条があるのみである。

以上のことからすれば、「継嗣令に女系継承の規定があった」とするのは、いかに木を見て森を見ない誤った主張であるかが分かる。

◇2 神の心で民をめぐみ育てる天皇


つまり、瀧川によれば、古代においては、法は主権者である帝王の行動を羈制し得るものではなかったのである。律令の法治主義とは、法をもって臣民を治めるものであった。法をもって治者、被治者の両方を治めるものではない。

律令国家は近代的な法治国家ではないし、罪刑法定主義が行われていたわけでもない。罪刑法定主義はフランス革命以後の法律思想であり、それ以前には洋の東西を問わず、存在しない。

法は臣下が守るべき規範であるとの考え方は、武家の時代にも受け継がれた。誰と主従関係を結ぶかは自由だが、ひとたび主従関係が結ばれた以上は、家来が法を盾に主人の行動に制約を加えることはできなかった。「法は権に勝たず」「泣く子と地頭には勝てぬ」なのである。

ならば、天皇は権力をほしいままにできたのかといえば、そうではない。皇位の継承を好き勝手にすることはできなかった。大岡先生のエッセイには引用がないが、瀧川は次の一節、「権は天に勝たず」でそのことを書いている。

瀧川によれば、中国では至上万能の神が「天」であったが、これを日本風に翻案されたのが「天神地祇」である。中国人の天に対する信仰は合理的なもので、ほかの民族にも広がっていく可能性があった。日本が律令法を導入したのは、隋・唐が東方に加えた圧力に対抗して、中央集権制を採って、民族を保存する必要に迫られたからであって、天の信仰に渇仰し、帰依したからではない。

しかし律令法は天に対する信仰から発したもので、律令法の継受は天の信仰を受容する機縁となった。そして大化の改新以降、天の信仰は神道や仏教と融合し、わが王朝の信仰や思想を形成するに至ったのであった。

つまり、律令の条文や天皇の宣命によれば、天皇は天命を受けられた天子であり、皇位は天授のものと考えられた。天皇は天神のよさし(委任)を受けて天子となったとされた。そして、歴代の天皇は、神の心をもって己の心とし、仁慈の心をもって民をめぐみ育てるべきものと考えられた。

聖徳太子の時代以来、仏法王法をもって国を治める国是が確立され、天皇は仁慈の心をもって民をめぐみ、愛おしまなくてはならないという考えが強まった。仏教の輪廻転生、因果応報の思想が浸透し、十善の帝王といえども悪業を積めば、地獄の苛責を受けなければならないと考えられた。そのため醍醐天皇は菅原道真を讒言によって憤死させた科(とが)で、地獄の責め苦を受けられたと説話集に描かれているほどである。

◇3 国民主権主義が皇位継承に介入する


瀧川は言及していないが、皇室が重んじた最勝王経の「王法正論品第二十」は、「先の善業の力によって天に生まれ、王となった」「諸天の護持によって天子と名づけられた」とし、「国を治むるに正法をもってすべし」と教えている。悪政には天変地異や内乱、疫病、他国の侵略などの天罰が下り、悲惨な結末を迎えると強く警告している。この教えに基づいて国分寺が建立され、最勝王経を転読講讃する宮中御斎会が行われたのだった。

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「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事を後にす」(順徳天皇『禁秘抄』)とされ、「国中平らかに民安かれ」とひたすらに祈ることが天皇第一のお役目と考えられ、天皇は日々、祈りを捧げてきた。

ところが、瀧川が指摘するように、東洋の思想を知らない西洋では、専制君主制の東洋諸国は野蛮国なのだった。しかし逆に、西洋の専制君主には恣意を制圧するものは何もなかった。法治主義や民主主義が発達したのは中世ヨーロッパの王侯が無慈悲な政治を行った結果であった。愚王ジョンの治世にマグナ・カルタはできた。「権は天に勝たず」は東洋独特の思想であった、と瀧川は結論づけている。

瀧川は言及していないが、絶対神の信仰に基づくキリスト教世界の絶対君主の権力支配には、そもそも絶対神ゆえに、歯止めが存在し得ないのである。

以上をまとめれば、継嗣令の本註「女帝子亦同」を誤読し、女系継承容認論の根拠と誤解することは、まったくあり得ないのである。律令は臣民の規則であり、帝王を縛るものではないからである。天子を規定するものは天神地祇であり、であればこそ、天皇は天神地祇を祀るのである。

古来、天皇がこの国の統治者であるのは皇祖天照大神の委任によるものと考えられてきた。ところが女系継承容認派にとっては違う。憲法第1条は「天皇の地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」と明記している。そして、まるで人気投票まがいに、国民が無遠慮に、文明の根幹に関わる皇位継承に介入している。過去の歴史にない危険な事態が続いている。



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