夭折の資格に生きた男――ジェームス・ディーン現象  人生は、美しい人は若くて死ぬべきだし、そうでない人はできるだけ永生きすべきであろう。ところが九十五パーセントまでの人間はその役割をまちがえる。美人が八十何歳まで生きてしまったり、醜男が二十二歳で死んだりする。まことに人生はままならないもので、生きてる人間は多かれ少なかれ喜劇的である。  ギリシャ神話のアキレウスは、名誉なき長寿か、名誉にかがやく夭折か、どちらかの運命を選ばされて、躊躇なく後者を選んだ。アキレウスならずとも、人生のはじめにこの二つを選ばされれば、よほど散文的な男でない限り、後者を選ぶにちがいない。  自分の生涯を詩に考へること、これは誰の胸底にもひそむ願ひで、アレキサンダー大王も、二十歳そこそこの自分の肖像しか決して作らせなかった。彼は幸ひにも三十一を出て死んだが、これでまかりまちがって大王が七十まで生きたら、後世に残る彫像と彼の享年とのアンバランスはひどい笑い物になったことであろう。アレキサンダー大王が、アキレウスに心酔して、一から十までアキレウスに倣おうとしてゐたのは有名な話である。彼も夭折の願望を抱いてをり、かつ自分が夭折にふさわしいことを知ってゐたのである。  ジェームス・ディーンの死が、ただの事故死か自殺かといふことはずいぶん騒がれた。しかし、少なくとも、夭折の願望を抱かぬ人間が、スポーツ・カーの決死的競争に出場したりするはれはないので、かつてオスカー・ワイルドの悲劇的運命についてホフマンスタールが語った言葉を借りれば、「人生といふものを、何事も『不運な事件』といふ水準にまで引下げてしまってはならない」のであって、ディーンも亦、自分の悲劇的な死に「宿命的な憧憬」を寄せてみたにちがいない。そしてそれは完全に成功したのである。  私がこんなことを云い出すのは他でもない。私自身が少年時代にレイモン・ラディゲの夭折にものすごく感動し、自分もラディゲと同じ二十歳で死ぬにちがいないと確信し、それまでにラディゲと同じくらいの傑作を書いて人に惜しまれるにちがいないと確信してゐた時期があったからだ。私は完全に思ひちがいをし、役のとりちがへをしてゐたわけである。二十歳で死んでよい小説家などといふものが、めったにあってよい筈はない。私が現にぺんぺんと生きて、だらだらと小説を書いてゐるのも一個の喜劇であるけれど、あのとき死んでゐたらもっと収拾のつかない喜劇であって、その点では私にも守護天使がゐたものとみえる。  夭折の資格はなかなか大変なものである。完全にその役割に叶ってゐることが第一の条件で、第二に偶然が、その役割を果たさせてくれなければならぬ。ジェームス・ディーンはその稀な成功の例であった。  二十やそこらの役者の技能などといふものはタカのしれたものであり、又彼の容貌にしても、アドニスやアンティノウスそこのけといふ程でもない。彼の持つてゐた多少なり優れたセンシティヴネス、その動揺しやすい青年前期の典型的な風貌、多少の神秘的性格、神経質な若い獣の身振、傷つけられたやうな腕の振りやう、暗いあどけない微笑……かういふものはもしその迅速な死がなければ、確実に忽ちにして色褪せる質のものであつた。まして彼の職業は、俳優、それも映画俳優、といふ難物の職業の最たるものであつた。個人藝術家のやうな徐々たる自己形成がどれだけ彼の未來に約束されてゐたらう。約束されてゐたのは、確実にやがて汚されるといふことだけであつた。  ティボーデはラディゲについて「人に愛される一才仔の状態は、フランス第一の美人」と謂ったと書いてゐるが、ディーンはラディゲ以上に「フランス第一の美人(イフリング)」的であり、ラディゲの数萬倍も危険な地位にあつた。  それにしても公衆の心理とはふしぎなものである。公衆は今まで無数の「新鮮なアイドル」をその手で汚し、葬つてきた。ディーンがなほ生きてゐたら、確実に彼を汚したであらう人たちが、彼の死後一年たつて、まだ熱狂的に彼の死を哀惜してゐるのである。彼らは自分の手が彼を汚しえなかつたことがそれほど口惜しいのであるか? ディーンが賢明にも先手を打つて、自分を汚れにかかる公衆の手のとどかぬところへ飛翔したことが、それほど口惜しいのであるか? 公衆はいはば残酷に経過する時間の本質を象徴してをり、それ故いつも公衆は絶対の勝利を占めてきたので、たまさかのこうした敗北がめづらしく、うれしく、貴重で、自分の敗北の思ひ出を忘れることができないのである。 (初出:映画の友・昭和三十一年十一月)