社説(4月29日)旧姓の通称使用 利便性強調は的外れだ
長く懸案とされてきた選択的夫婦別姓導入の議論が、課題解決とは程遠い場所に着地しかねない。
政府は「旧姓の通称使用」の法制化を目指している。3月に閣議決定した、今後5年間の女性政策を示す「第6次男女共同参画基本計画」で、公的書類などに旧姓だけを記載する「単記」も可能とする法制化の検討を明記した。 高市早苗首相は参院予算委の答弁で旧姓の通称使用法制化を選択的夫婦別姓制度とは「全く別物」と述べ、「結婚しても旧姓を通称で使いたい方々の利便性を、さらに高めていくべき」と説明した。黄川田仁志男女共同参画担当相も会見で、旧姓単記が可能になれば「不便や不利益を感じる方を減らせる」と強調した。 戸籍の姓と通称使用を認められた旧姓。一人に対し、法的に認められた姓が二つ存在し得る。行政の窓口業務の混乱が予想される。 高市首相は一方で、マイナンバーカード、運転免許証、パスポートといった厳格な本人確認に用いられる証明書は旧姓使用拡大の対象外になるとした。一体、何のための、誰のための制度改正なのか。 そもそも選択的夫婦別姓導入の議論において、「不便の解消」は枝葉に当たると言えよう。根本的な問題は、婚姻による改姓が多くの女性のアイデンティティーの喪失、キャリアの分断を招いている点だ。民法が750条で定める「夫婦同姓」に目をつぶったまま通称使用法制化を持ち出すのは的外れである。 名前は人格の象徴であり、問われているのは憲法13条の人格権や14条の「法の下の平等」である。2024年に国連の女性差別撤廃委員会が日本に対し、選択的夫婦別姓導入と民法の規定見直しを求めたのも、まさにこの点を問うている。同様の国連勧告は4回目だった。 24年の厚生労働省調査では婚姻した夫婦の約94%が夫の姓を選択した。この不均衡を放置することは「男女共同参画」を掲げる社会の在り方として適切とは言えまい。 法制審議会は1996年に選択的夫婦別姓の制度導入を答申した。2024年には経団連が政府に選択的夫婦別姓の早期実現を提言した。機は熟しつつあった。政府が旧姓の通称使用に関する法案を提出するなら、改めて法制審に諮問すべきではないか。 選択的夫婦別姓とは旧姓使用を希望する夫婦の選択肢を増やす制度である。希望しない夫婦はこれまで通りどちらかの姓を名乗れば良い。反対派が主張する「家族の一体感を損なう」は根拠が乏しい。 政府は議論の出発点に戻るべきだ。国民が婚姻時に希望通りの姓を選べる社会の実現に力を尽くしてほしい。