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asdeldi
家族の練習問題③
「一を知ったら十を知りなさい」と育てられた私は、その後も母の役に立つ少女に成長し、中学生になる頃には、ご近所の若いお母さんたちをも助ける存在になっていた。都会で結婚した若い奥様たちは、皆、ご実家が遠く、少しだけ子供を預かってくれるとこが当時は少なかった。そういう時は、母が留守だとしても、小さい子を私に預けて用事を済ませる人が何人かいたのだ。今なら、考えられない昭和のゆったりした時代でした。
そんな母の乳癌の手術
絶対、治療をしないと言う母を納得させて摘出手術を受けせたのは、すでに述べさせて頂いた。超高齢者に癌の治療は必要ないと思われるだろうが、乳房は筋肉が少なく皮膚を破って表に出てくる、所謂、花が咲くと言われる状態になることもある。そうなると、本人も介護者も負担になるので、私はどうしても手術を受けさせたかった。
昨年6月の手術後、分子標的薬の注射を4週ごとに続ける予防的措置。それを母に納得させたわけだが、3回目の時に母はNoと言い出した。副作用も特にないようなので、このまま、続けるものと思っていたから、私は、少し驚いた。しかし、91才の癌患者、治療をしたくないという言い分も当たり前だと考え、中断することに決めたのが、8月のお盆の頃だった。
かくして、悪いところを切除した母は以前にも増して元気になった。高めだった血圧は130台になり、下肢静脈瘤でボコボコしていた足は見事にきれいになった。これは、癌とは関係はなく、生活習慣と食事の変化だと思う。私は、母が乳癌の手術を乗り越えた後は、少し弱って、お年寄りらしく大人しくなると期待していたのだが、彼女の頑固で個性的な姿は健在だったため、ここから新たに、嫁姑のような軋轢が始まった。


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