餓鬼の遣いの食糧係(中)
学習院大学山岳部 平成3年卒 髙野佐知
昭和六十一年度 冬山合宿(飯豊山ダイクラ尾根)
前の合宿に引き続いての食糧係で、こっちが本番である。 事前の荷上げでデポを二箇所 置いていたので、入山時に担いでいく分と当てにするデポの分、そしてデポが回収できなかった場合に備えてと煩雑な想定をマトリクスにして計画書に書いていたのが見て取れる。
実働(計画) 十日 予備日 七日
一人一日 九〇〇㌘(レーション含む)
レーション 二五〇㌘(ベース:一三〇㌘)
米 朝:一二〇㌘ 夕:一八〇㌘
ペミカン 朝:五十㌘夕:百㌘
昭和六十二年度 新人歓迎合宿(内蔵助平定着)
待望の新人三名を迎えての食糧係。歓迎の宴の場でもあり豪勢に!といきたい処だが重量ベースではむしろ減量となっている。
実働(計画)七日 予備日 なし
一人一日八〇〇㌘(レーション含む)
レーション 二〇〇㌘(ベース:八〇㌘)
米 朝:九〇㌘(α米) 夕:一六〇㌘(洗米)
北鎌尾根での前の合宿の影響(ノンデポのため極端に食糧を削った)からか、あるいは 食の細い新人を慮ってのことだったのか。 調味料パックの中身だけが非常に充実していた。
昭和六十二年度 冬山合宿(白馬岳突坂尾根)
初めて冬の北アルプスに挑むため事前にデポを準備し、二人体制で気合の入った食糧係。
実働(計画)十日 予備日 九日
一人一日八五〇㌘(レーション含む)
レーション 二三〇㌘(ベース:百~一二〇㌘)
米 朝:百㌘(洗米) 夕:一八〇㌘(洗米)
米 朝:九〇㌘(α米) 夕:一五〇㌘(α米)
ペミカン 朝:五〇㌘夕:百㌘
この頃からメニューの一部に「ジフィーズ」(フリーズドライ食品)が現れる。
昭和六十三年度 冬山合宿(爺ヶ岳南尾根~鹿島槍)
昭和六十三年度はCLを務めたので以後食糧係の役は回って来ない。大食漢の私と食の細い下級生との暗闘(?)が思い遣られるが、食の細い原田昌幸さんが食糧係を務めた冬山合宿の計画書を見てみよう。
実働(計画)四日 予備日八日
一人一日七〇〇㌘(目標)
レーション 二〇〇㌘(ベース:百㌘)(1)
米 朝:七〇~八〇㌘(α米) 夕:一一〇~一二〇㌘(α米)
米 朝:百㌘(生米) 夕:一三〇㌘(生米)
「部員の食事量が減ったので必然的に軽くすることができた。(中略)野菜は乾燥野菜をメインとする」とあり、勝者が誰であったかは一目瞭然。
ぺミカンも使われておらず 「一発炊き」と称する“おじや”が主体である。要するに水で増し増しにした雑炊ばかりがその頃の食事なのであった。
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