“若い夫婦の離婚劇”にしないために
教授の言葉でもっとも実感を伴うのは「失望」への警戒だ。
「ナイーブな期待を持たれると、失望のほうが大きくなる。失敗する若い夫婦と一緒なんですよ。『あなたは私のことを全部わかってくれていると思っていたの?』と言われても、全部わかっているわけがないでしょう、と。もっと早い段階で気づけよ、と思うんです」
Xで「韓国の人、いい人ばっかりやん」と感激している人は、お見合いパーティーで自己紹介に成功した段階にいる。自分も何も知らないし、相手も結局何も知らない——その前提から始める方が、関係はむしろ長続きする、というのが教授の見立てだ。
半径3メートルから、どう外へ出るか
では、エコーチェンバーの中で踊らされないために、SNSをどう使えばいいのか。
「何に使うか、でしょうね。言葉が通じない同士で友達が見つかる、デモのやり方や活動のアドバイスを交換できる——非常にいい。ただ、自分が見えている世界は常に狭いという前提を持っておくことです」
教授は東京を例に挙げた。
「渋谷に行っているから東京を知っていると思っている人がいたとして、じゃあ巣鴨にも行ったことがあるか、と。巣鴨に行けば渋谷とは全く違う東京の姿があるけど、知らなかったりする。自国の街ですらそうなのに、外国のことになると、なぜか『全部知っている』つもりになる。外国人と向き合うときは自分が日本代表のようなつもりにもなる」
「あなたがSNSを使おうと韓国語を読もうと、見ている範囲は、古い言い方でいえば自分の“半径3メートル”以内。意図的に動かない限り、オンラインでもオフラインでも半径3メートルのまま。結局、SNSのオーナーの手のひらで踊っているだけになる」
加えて、教授が強調するのは翻訳そのものの限界だ。
「結構、誤訳があるんですよ。『すごいことをこの人が言っている』という日本語なんだけど、原文を見たら“いつもの韓国人”じゃん、ということが結構ある。僕の業界で一番わかりやすいのが、韓国語の『正しい歴史(올바른 역사)』。あの『正しい』は『事実に合った』ではなく『本来あるべき』という意味が入るので、日本語に訳すと意味がまったく違ってくる。翻訳は翻訳なんですよ」
だから気になる投稿は韓国語は韓国語で、英語は英語のままで読む、と教授は言う。便利さゆえに訳された言葉を“元の言葉そのもの”と錯覚する——そこもまた見えない壁の一つだ。
「日韓」から「ポジ/ネガ」へ
それでも、と教授は付け加える。
「最終的に見えてくるのは、日本人と韓国人がどうこうではなく、『お互いの国の関係に対してネガティブな人とポジティブな人がいる』ということです。民族や国で分かれているんじゃない。日本の中にも韓国の悪口を言う人がいるし、韓国の中にも日本の悪口を言う人がいる。もっと言えば、普通の人はそんなことには全く関心がない。あなたが見ているのは“韓国人”や“日本人”ではなく、韓国人の○○さん、日本人の○○さん、なんですよ」
“嫌い合ってないじゃん”の発見は、素朴な喜びとしてはいい。だがそれは入口にすぎない。自分も相手も完全にはわかり合えない——その前提を引き受けてなお、「相手のなかの個」とつながれるか。自動翻訳が開いた扉の向こうで問われているのは、そのレベルの成熟だ。
■木村幹(きむら・かん)
神戸大学大学院国際協力研究科教授・研究科長。1966年、大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科修士課程修了。博士(法学)。愛媛大学を経て1997年神戸大学、2005年より現職。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。サントリー学芸賞、読売・吉野作造賞ほか受賞多数。近著に『全斗煥 数字はラッキーセブンだ』(ミネルヴァ書房)など。