例のBL漫画家の声明を見たいち腐女子の感想
“性的表現”は“性的搾取”ではない
“性的搾取”とは、金銭や立場など不均衡な力関係の下で相手を性目的で利用することである。または例のEp島など本来誰しも得られる基本的人権を取り上げて性的奉仕を強いることも指した、非常に重い意味を持つ言葉である。
これを踏まえて作品上で非実在の架空キャラクターが煽情的に描かれる様は“性的表現”でしかなく、“搾取”なる単語で言い換えることは極めて誇張的かつ不適当と言わざるを得ない。
実在する人間には人権がある。尊厳がある。
これを第三者が不当に侵害することは人権の蹂躙であり、倫理の観点でも法律上でも明確に禁じられている。
よって実在青少年に対し同意なく心身を損なう行為を強要すること、または対価や立場をちらつかせて強制的に同意させて性的関係を結ぶことも含め、まごうことなき人権侵害に当たる。
一方エッチな創作物は創作物でしかない。
クリエイターが生み出す商品に過ぎない。キャラクターも商品である。
エッチな創作物は“性的に消費”してもらうため作られたものだ。全年齢向け商品を“性的に消費”する是非については、明確に禁止をしている企業もあるが、基本的には消費者個人の裁量に委ねられている。
その消費者対象ではない人間が「この表現は不快だ」と感想を述べることは自由である。だが「この表現は性的搾取だ」はシンプルに誤りだ。搾取とは搾取する加害者・搾取されている被害者がいる状況が相当する。かつ作品は鑑賞(消費)してもらうため存在する。
最初から消費を目的に発表している描写を指して搾取と呼ぶのは誰に対する何の搾取であるのか。単に「私が不快に感じたから搾取だ」と主観を述べたところで、消費者側の「私は快いから搾取ではない」との主観で相殺される不毛な感情論である。
また「この表現に欲情する人間はキショいから性的搾取だ」も誤りである。
欲情する人間がキショいのは真実であれど、創作物を相手に一人で欲情することと搾取なる単語は釣り合わない。
「実在する人間にも被害が及ぶかもしれないから結果的に性的搾取だ」は、専門家ですら見解が分かれる学説を無視した偏見に基づく断定でしかない。相関関係と因果関係を混同した裏付けのとれない極論だ。差別意識を扇動しかねない主張は公平性に欠けている。
そもそも深刻な社会問題を指した語を、本来の定義と外れた場面で乱用すること自体、言葉の重みを軽視している。実在する性的搾取の被害者の苦悶を無視して、自己主張の道具にするべく被害を僭称しているも同然である。
用いるなら“性的消費”であって“搾取”ではない。絵が第一の武器とはいえ字も扱う漫画家ならば、ことさら言葉は正しく選択するべきであった。
“表現の自由”に伴う義務と責任
さて「この表現は不快だ規制しろ」は表現の自由の侵害である。
昨今よく用いられる“表現の自由”は何もエログロを書く口実などではない、例えば現政権の批判や、既存の価値観の再評価も表現の自由のうちだ。
思想及び良心の自由が基本的人権に含まれているように、何を考え何を信じ何を表明するかは市民として歴とした権利である。
“表現の自由”とは思想・信条といった精神的自由を保障するものだ。
何をもって表現が適切・不適切であるかクリエイター本人や消費者ではない第三者がジャッジして制作や公開を禁じると、クリエイターは委縮し、決定権を持つ団体に忖度しはじめる。
そうなると創作物は、規制団体にとって都合の良いプロパガンダを喧伝する作品しか存続が許されなくなってしまう。
それは精神的自由の消失であり、創作物が秘める可能性の死だ。
ある作品を見てどんな感想を抱くかは千差万別である。
わかりやすい悪人を打ち倒す勧善懲悪なストーリーさえ「この作品は暴力を奨励している」や「悪人の行動が不快だ、作者も内心こんな悪行をしたいと思っているに違いない」と批判する者がいる。
その読み方は作者の意図通りではないが、個人の思想である。こういう感想を抱く人間もいるのだな、程度で済む話だ。
ところが件のBL作家はそうした批判に迎合し、「過去私は“正しくない”創作を書きました、反省してこれからは“正しい”作品のみを書きます」との旨の発言を全世界に向けて発信してしまった。
また、作者は過去に、BLというジャンルにおいて、年齢差の開いたカップリングや教員と生徒といった大人と未成年のカップリング作品をいくつか作ってきましたが、 昨今の大人の未成年に対する凄惨な犯罪の多さを鑑み、今後はそれを題材にすることはありません。
いち作家が他の作家に断りなく表現の適切・不適切なラインを引いたことで(当該BL作家にその気はなくとも)、無数のクリエイターたちが“不適切”の枠内に押し込められてしまった。
成人男性×未成年男子という関係性を創作者として肯定しないと公に認めたことで、(当該BL作家にその気はなくとも)暗にその関係性を描く他作家の吊し上げを促すかのような印象を残してしまった。
そして自らや他作家の表現が現実の児童虐待や性加害に影響を与える悪しき代物になりうると、心理学者などの専門家を差し置いて大々的に宣言してしまったのである。
とはいえ創作物が持つ可能性のうちで、他害の誘発を懸念するのは表現者の責務である、という主張も一理ある。
ただ同時に作者自身が無自覚であろう(または意図的に無視しているのか)大いなる欺瞞を指摘せねばなるまい。
腐女子、BLを軽く見積もりすぎ問題
そもそも炎上のきっかけは、未成年男子(生徒)が成人男性(教師)に対し恋愛的好意を抱いているように見える描き方をしている、という批判だった(※ただし実際に男子生徒と男性教諭が恋愛関係になることはない)。
当該BL作家はこの批判に対し「女子生徒や女性キャラを性的搾取するような描写を避けるよう要請した」と弁明した。
女子生徒や女性キャラを性的搾取するような描写を避けてほしいこと、 原作にある下品な描写はアニメではなるべく描かず、誰でも見れる表現に修正してほしいこと』などをお願いしたのは作者です。
先ほどさんざん述べた“性的搾取”の盛大な誤用はさておき、批判されたのは男子生徒と男性教諭であるのに、なぜ一度も論点になってすらいない「女子生徒や女性キャラ」が出てくるのか?
百歩譲って創作物に登場する非実在青少年の性的描写が性的搾取に値する、と法律で定められたとして、当然男子生徒も規制対象となる。
しかも当該作家は「女子生徒や女性」とわざわざ未成年・成人と分けて表記しているので、成人男性のエッチな描写もダメという解釈もされうる。
それに想像が至らないとは、もしかして男性への性的消費や性加害は存在しないものと思っていらっしゃる?
性別を入れ替えたらダメなことは性別を入れ替えなくてもダメなことだ。
ポリティカル・コレクトネスに準じる姿勢を示したいならそこまで徹底してはじめて信憑性が生じる。
それなのに著書で男子生徒を性的に描いたり、男性教諭との“恋愛的匂わせ”を描写したのは、ダブルスタンダードかつ男性差別ではないか、との批判を招くのは必然である。
作者が本気で「女子生徒や女性キャラを性的に描くことは性的搾取である」と考えているならば、なぜ「男子生徒や男性キャラを性的に描くことは性的搾取である」とも反照せずに、架空男性への性的表現を発表したのか。
おそらく当該作家は、BL自体が多数派による少数派への性的消費コンテンツである、という事実から目を逸らしているのではないか?
BLとは現実の同性愛からはかけ離れた都合の良いファンタジーである。
しかしながら昨今のラディカル・フェミニズムを併発した腐女子、いわゆるラディ腐ェミはこの絶対不変の真理をまるで理解していない。それどころか「私たちはLGBT理解者」などと宣う。
とんでもない。むしろ理解とは正反対の極致にいる存在が腐女子だ。
私たちは業を背負った存在である。決して歓迎されるはずがない。
なぜならば
シスヘテロ(マジョリティ)が一方的に、
ゲイ(マイノリティ)に旧来の男女観(攻め・受け)を押し付けて、
二人のあられもないセックスを妄想して興奮して性的消費する、
それが本邦におけるBLというコンテンツだからだ。
BL創作物は男女のそれと比べても非常にインモラルな展開が多い。
監禁・強姦・輪姦など序の口である。露骨な性暴力が愛という語で美々しく装飾され肯定されている。しかもそれが書店に普通に置いてある、あられもない表紙、下品なアオリの帯と共に。
ゲイ作家の田亀源五郎氏はBLのインモラルな展開の多さについて、
「ゲイが犯罪的行為ばかりするかのような偏見を煽っている」
と苦言を呈したことがある。もっともである。令和に入ってさえ未だに“クソデカ感情”の名の下に相手を過剰に束縛して心身共に追い詰める“溺愛”が大変よくバズり散らかしている。
また自作の二次BL同人誌を送り付けられた小説家の田中芳樹氏は、
「男性が女性を暴行する場面だったら嫌悪感を示すような人が、なぜ男同士だったら耽美と受け取るのか。男同士なら女性は絶対被害者にならずに済むから、安全圏でセックスをおもちゃにしているだけでは」
と述べている。慧眼である。腐女子自身も「私は壁になって二人を見守りたいだけなの♡」とよく供述している。
恋愛に対する責任も行為に関する痛みも負わず、ただ好き勝手に異性の心身を性的に消費したいだけ――これが腐女子の本質である。
要するに男性向けの性的表現を叩くラディ腐ェミは単なる同族嫌悪なのだ。よりわかりやすく言うならば、腐女子とは女版萌え豚に過ぎない。
BLは現実の同性愛とはあらゆる面で放逸しきったファンタジーではあるが、男性同士の恋愛やセックス描写がある点ではやはり同性愛の範疇に組み込まれるコンテンツである。
ここでラディ腐ェミが忘れている乃至はあえて無視している事実を記すが、ゲイ男性の性愛の対象は同性であり女性ではない。つまり女性はゲイ男性に“性的搾取”されることがない。
架空女性の性的描写を“性的搾取”と認定したければ、BLも架空ゲイ男性を“性的搾取”している、という論弁も甘んじて受け入れなければならない。
ここで都合よく「いやBLはフィクションだから」と逃げようとて「萌え絵やロリ漫画もフィクションだしファンタジーだけど?」と返される。
「ロリは社会的弱者の女性かつ子供で、フィクションは現実に影響を及ぼす可能性がある」には「社会的強者が社会的弱者を性的消費する描写がダメ、ならシスヘテロというマジョリティに属す女性がセクシャルマイノリティのゲイ男性を性的消費するBLも当然許してはならない。彼らはシスジェンダーヘテロ社会における弱者だから。フィクションは現実と連動するという主張に従う以上、何ら瑕疵が無いのにBLを介して“性的搾取”されるゲイ男性をも救わねばならない。反対したら君はゲイを搾取しても問題ないと思っている差別主義者だ。特に未成年BLは児童虐待とゲイ差別の大罪だ」と返される。
倫理に倣って表現規制するならば当然の帰結である。
こうしたダブルスタンダードへの反撃を食らったラディ腐ェミは次に「いや女性は弱者で性加害者にはなりえないから」と言い出す。
しかし、それも今まで積み重ねた“悪しき実績”が厳然と否定している。
腐女子、やらかし棚に上げすぎ問題
腐女子と一口に言えど様々な年齢・立場・職種がいるためとても一括りにはできないが、それでも肌で感じる時がある、腐女子の一部には明確に深刻なほどミサンドリー乃至ミソジニーを患っている類がいると。
ミソジニーは古の少年漫画でヒロイン叩きをやっていたことから察せられると思うが、男性の同性愛で妄想してる腐女子がミサンドリー? と不思議に思われることがある。
しかしこれも「男は嫌いだけど男体は好き」という言葉で説明がつく。女版インセルみたいな思考の腐女子が一部に現存するのだ。
そういう人々が「同性婚なんて無くていい、禁断の愛の方が萌えるじゃん」だの「BLは無理やりで痛みを伴う行為の方がいい、ゴム無しの方が萌える、でも女性キャラにするのは性加害だし犯罪」だの、悍ましい無自覚な差別を素面で吐いて回る。
特に「同性婚は禁断の愛の邪魔」のポストは当時、実際のゲイ男性や正気の腐女子から槍玉に挙げられるほど難色を示されていたものの、「結婚自体が良いものだと思えない」「ハードルが低いとカタルシスが生まれない」等の言い訳を重ねては鍵をかけて打ち切ったり、新アカウントに“転生”したり、ブロック後に裏垢で愚痴って終わりにするなど、傍目には到底反省したようには映らなかった。
本邦での同性婚の言論は11年前のパートナーシップ条例を機に広がったが、ポリコレの重要性が浸透しはじめた同年に先述した差別的発言が、一時でも一部腐女子の間で持てはやされていた事実は看過できぬであろう。
「BLはフィクションだから~本物の同性愛じゃないから~」と言いながら「女性キャラの性的描写はフィクションでも性加害!環境型セクハラだ!」と鼻息を荒くして叩く。ポリコレが日本に上陸しはじめた10余年も前から、このダブルスタンダードは誰に非難されようと自浄されることなくのびのびと今日まで蔓延り続けている。
無論こうした過激な言動には、世間から隠れる腐女子も甚だ辟易しているし迷惑している。
しかし今も昔も、過激腐女子に最も迷惑をかけられているのはゲイ男性であろう。
良くも悪くもネットの空気感に多大な影響を及ぼした旧2chでも、腐女子はすさまじいやらかしをしている。
(以下の話は腐の先達からの伝聞であり、私は直接の世代ではないため実際に目撃したわけではないと断りを入れておく)
かつて旧2chにて、住民ごとに住み分けできるよう複数の板(カテゴリ)が立っていた。ある時801(BL)板に住んでいた腐女子が同性愛板なる場所に気が付いた。そこはBLというファンタジーとは違い、本物の同性愛者たちが話をする場所だった。
板違いの場所に突撃することはスゴイ・シツレイとされるが、腐女子は「俺ゲイだけど」と身分を偽って「男だけど男を好きになってツライ…」と人生相談を装い、次々スレッドを荒らしていった。ちなみに荒らしとばれたのは「俺アルビノでオッドアイでよく女みたいって言われる」等の中二BL妄想でゲイに擬態できると思った腐女子が複数いたらしい。嘘松(死語)の祖?
当然ながらゲイ諸兄は怒り、二度と腐女子らが近づかないよう疑わしき投稿には直球の女性器呼びすることで追い払うようになった。
これが後に他の板にも広まった結果「ま~ん」や「まんさん」という蔑称が誕生した。
あのミームは女性全体に対する蔑称ではなく、元々は腐女子への警句だったのである。腐女子の罪業が現在の非オタクな女性にまで迷惑をかけているということだ。
この事件は相当長い間続いたらしく、当時の事件を知る方々にとって未だに腐女子は「面白半分に自分たちの居場所を荒らした連中」と苦々しく記憶されている……とのことである。
今よりもセクシャルマイノリティに対する風当たりが遥かに強かった時代、ネットを介して精神的自由を分かちあうゲイ男性の住居に、シスのヘテロという意味でも女オタク界の多数派という意味でもマジョリティに属す腐女子が土足で押し寄せたのは、相手の人格を無視した加害行為としか言いようがあるまい。しかも性的消費を目的としていたのであれば歴としたセクハラ、性加害である。
たとえ腐女子が「それくらいのことで、萌えネタ欲しかっただけだもん」としらばっくれようと、加害者の声など言い訳にもならない。被害者が被った実害や感情こそが何よりも優先されてしかるべきである。
普段からラディカル・フェミニストたちが熱弁している通りに。
以上の歴史を踏まえれば腐女子は到底、他者の振る舞いに対し上から目線でケチをつけられるほど清廉潔白な存在などではない。
ラディ腐ェミが忌み嫌う厄介萌えオタと根本的に同じである。むしろ自覚が無い分それよりも劣ると言ってよい。
普段から地雷だの解釈違いだのゾーニングの徹底を呼びかけている割には、BLの他害性について驚くほど無知・鈍感な腐女子が未だに散見される。
特に二次腐は著作権侵害で原作者への名誉棄損になりうることも考慮すべきなのに、海賊版擁護派よろしく「二次創作が原作の購買欲に繋がっている」などと悪びれない。BL二次創作で釣れる読者層なんて同じ腐女子でまたもやBL二次で著作権侵害されるだけでは???
加えて「原作履修なんて重すぎる、pixivでライトにハマろ♪」などと昔からまったく原作購買に貢献せず、二次創作だけを消費して三次創作四次創作に手を染める人種が一部にいることも、私はよく知っている。
話が脱線した。以下がまとめである。
総評
創作上の性的描写は性的描写であって、性的搾取という語は不適当
女子生徒の性的描写を“性的搾取”と表現し自粛を促すならば、男子生徒の性的描写も“性的搾取”と自粛すべきだった、という話になる
いち作家がすでに確立しているジャンル(今回の場合は成人×未成年)を自己判断で“不適切”と評すのは、そのジャンルで活動する作家・愛好する読者への非難と受け取られかねない
かつ、矛先を別の作家に向けてファンネルを飛ばそうとしている、などと解釈される可能性を考慮しないのは憚りながら一徹短慮と言うほかない。自身のみならず出版社や同社所属の作家にも影響が及ぶのだからBLコンテンツ自体シスヘテロによるセクマイ性的消費である
創作物が現実に与える可能性を憂慮するならば、過去セクマイに風評被害をもたらしたBLそのものが不快判定を押された“正しくない”代物である。これを弁えずBLの“消費”に関与しながら他の表現を指し、あたかも不快で当然とばかりに棄却することこそ不誠実に思われよう
以上から件の声明は冒頭二行と末尾二行だけで事足りたのに、謎に論点をずらしたせいで放っておけば鎮火したはずの炎を一層再燃させている
今回、才能ある漫画家が炎上したことは変わらず残念に思っている。
だが例の声明から透けて見える、性的消費者と自覚しないある種の無邪気さは、否応なく短くない走馬灯を眺める羽目になった。
どのジャンルでも飽きもせず毎月のように学級会やってる割には、過半数の腐女子は己の所業を顧みることが壊滅的に下手なままだ。
正気を失した腐女子は「私の好きは素晴らしいが、地雷は消えるべき」から始まり、やがて専門でない分野にまで感情論を破綻した屁理屈で雑に包んだ“正否”の判定を押し付けにいく。
正気を体得した腐女子は「私の好きは誰かの地雷、逆も然り」と骨身に刻む反面、狂人は境界侵犯を物ともしない。結果ロシア共産党並に内ゲバする。まともな人間ほど地獄から無言で逃げていくため、狂ったクソデカボイスが腐女子代表の見解として世に跋扈する。元々正当性を欠いた存在たる腐女子の肩身はさらに狭くなっていく。こうした光景を何度も見てきた。
ただ単に好き嫌いでしかないのを自覚せず「これは倫理的に正しい、あれは正しくない」とすり替える欺瞞ゆえ反感を買うのだと理解する必要がある。でないとまたいずれ後続が同じ轍を踏むだろう。ラディ腐ェミなんて矛盾の塊でしかない言行を疑いもなく続けていれば明日にでも。
真のリベラルは腐趣味を肯定しない
ダブルスタンダードの卑しさに気付かない限り、遅かれ早かれBLも“正しい”とされる作品以外は死に絶えてしまう。
それどころか西洋諸国から「マジョリティがマイノリティをステレオタイプポルノ的に消費することは差別であり、マイノリティが獲得すべき名声や富を強奪している」と断じられる可能性も否定しきれない。実際に米国では『American Dirt』や『A Place for Wolves』等の小説が「マジョリティ作家がマイノリティをネタに金儲けをしている」と強く批判され、後者に至っては出版停止まで追い込まれている。
男性同性愛当事者でない人が手掛けたBL創作が外圧によって本邦でも一律で禁止される未来は十分ありえる。現に議題のBL漫画家は外圧に折れてしまったのだから。
そうなった時に「我々腐女子の精神的自由を認めろ」と叫んでも遅いのだ。
他者の創作物を正しくないと否定するならば、自らの創作物が他者から否定され返されるのは当たり前のことだ。
“表現の自由”は都合よく出したり引っ込めたりするものではない。
たとえ理解できない興味も持てない描写や表現でも、等しく保護することでクリエイターと読者、双方の自由と権利を存続させられるのである。
追記:
母数を鑑みて便宜上腐女子をシスヘテロと仮定して議論を進めたが、シスのレズビアンやトランスのヘテロ乃至ゲイであれ言葉の誤用やダブスタ問題に際して劇的に論説が変わるわけでもないので、適宜自身の性自認と性的指向に置き換えて読んでいただけると助かります。
実在ゲイ男性にとって生物学的女性が性愛対象でないのは先述の通りだから一方的な性的消費を押し付ける構図なのは変わらないし、同じセクマイなら他者の性自認・性的指向を放埓的に取り扱っていいとはならないので。そも出生時の性別が異なる以前に他者である以上、先天的にも後天的にも合致しきらない部分もあろう。



そもそもあの内容自体「チッ、反省してまーす」みたいな感じで、少なくとも世間一般に向けた釈明ではないと思います。 作品や自分の主張を肯定してくれる人に向けた内容、と本人は思っていていたからこそ、他の表現を否定することのヤバさに気づけなかったんじゃないかと。 いずれにしてもあの伝言…
なんというか己の性癖なり公式ガン無視の自分勝手なキャラクターIPを盲信して公式なり他人のそれを激しく非難しているから起きた惨事にしか見えませんね…… 個人的には腐女子も百合豚もカプ厨も淫夢厨も己のフェチシズムに狂いすぎているのよ、これらのせいでガチに表現規制したい外道に有利な方向…
現実の「性的搾取」とフィクションの表現を直結させる人たちってのは「保護法益」なんて言葉を知らないのだろう。 架空の殺人を描くミステリ作家は殺人を肯定するサイコ野郎ではないからね。 例えフィクションで性的搾取を描いたとしても、その評価はたして作者がどのような文脈で描いたか、そして読…
「表現の自由の侵害である」って部分、めちゃくちゃわかる。規制が進むと、クリエイターが萎縮してしまうのは本当に怖いよね。自由な表現が失われるのは、創作物の可能性を潰してしまうことになるし、そういう視点は大事だと思う。