シンデレラが舐められすぎな件について
こんな記事があった。
植草氏は「今の20代30代のお嬢さん方は、頭の中がシンデレラなんです」と切り出すと、「“いつか白馬に乗った騎士が私を迎えに来てくれる”“いつか幸せになれる”と、何の努力もしないで思ってるわけ。それは、ないです」と断言。さらに、「フワフワした状態で、“結婚したい=結婚式したい”“あんなドレス着て、友達何人呼んで”とか、絶対そうよね?」と畳み掛けると、ゆかも図星をつかれたように「考えたこと、とてもあります」と苦笑した。
またか、と思った。またしても、シンデレラが舐められている。
なぜか世の中では、シンデレラは何の努力もせず白馬の王子様を待っている女だと思われている。夢見がちで、他人に頼った甘ったれの女だと思われている。
とんでもないことだ。
シンデレラは待っていない。いつか来るチャンスに備え、最悪の環境の中でも自分磨きを続けているのである。継母と姉のレッスンの音を、扉ごしに聞いて、掃除をしなら歌の練習をしている。ホウキを相手にダンスの練習をしている。理不尽な雑用を押し付けられながらもそれをこなし、最善の努力を重ねているのである。
ドレスだって、魔法使い頼みではない。友達になったネズミや鳥たちに協力してもらい、あるものだけで作っている。不平不満をいわず、手に入るものだけで何とかやりくりしているのである。魔法使いの魔法はただの救済策だ。
また、シンデレラは王子様との結婚を夢見ていたわけでもない。お城のパーティーにチャンスがあると思っていて、そこでいい人に出会えないかと思っていただけである。事実、お城に到着してすぐに出会った男性のことを、シンデレラは王子様だとは気づいていない。王子様を求めていたのではなく、王子様に見初められたのだ。完全に自分で引き寄せている。
成功のかたちが「王子様との結婚」という部分に鼻白む人がいるかもしれないが、それはあの物語の時代状況のため仕方ない。そこが本質ではない。要は、逆境の中でもくじけずに努力をつづける大切さが謳われているのだ。夢見がちな婚活女子とはむしろ真逆な存在、それがシンデレラだ。
シンデレラは、めぐまれない状況から自力でプリンセスの座を勝ち取ったほぼ唯一のディズニー・プリンセスである。そんなタフガイな彼女を、現実の見えていない他力本願な女の代名詞として使うのは辞めていただきだいものだ。
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