Vol.572「神功皇后は、なぜ正室になったのか?」
(2026.4.28)
【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…ついに『ゴーマニズム宣言SPECIAL 神功皇后論』が発売された!神功皇后に関する謎はまだまだある。そもそも神功皇后(タラシヒメ)の夫・仲哀天皇には、タラシヒメと結婚した時、既に二人の妻がいた。オオナカツヒメ(大中姫)とオトヒメ(弟媛)である。特にオオナカツヒメは、景行天皇の孫である。タラシヒメは開化天皇の5世孫だから、天皇との血縁はオオナカツヒメの方がずっと近い。しかもオオナカツヒメは既に二人の皇子を生んでいた。状況からいってオオナカツヒメが「第一位」の妻(皇后)であってもおかしくなかったのに、オキナガタラシヒメの方が優先され「皇后」とされたのだ。そこにはどんな事情があったのだろうか?
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…4月1日、高市早苗や長島昭久をはじめとする自民党内の男系固執議員が名を連ねる「日本の尊厳と国益を護る会」の会合が開かた。終了後の記者会見の場で、自民党の青山繁晴衆院議員が「愛子天皇は否定しないが、未婚を強いなければならないということも考えに入れるべきだ」という趣旨の暴言を口にしたという。記者とのやりとりでは、青山から「護る会」による議論の概要が説明されたが、これがもう、何から何まで間違っていた。青山繁晴が国会議員に広めているのは、DV思想そのものである!!
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」…男尊女卑の男たちは自分の母親や、自分の子供を命懸けで産んでくれた妻のことはどう考えているの?「女性天皇は中継ぎだから男系男子には抵触しない」という理論はそもそも変では?推し活文化そのものについてはどう考える?精神衛生上、Xなどはあまり見ない方がいい?ロック歌手の布袋寅泰や世良公則が高市早苗を称えることをどう思う?ベテラン声優・小林優子さんの「今では声優はひと昔前のアイドルの様」という発言をどう思う?オーバーツーリズム問題と外国人排斥への胚胎をどう考えるべき?新作公開が近づく「スター・ウォーズ」、今度こそブランド復活となる?…等々、よしりんの回答や如何に!?
1. ゴーマニズム宣言・第601回「神功皇后は、なぜ正室になったのか?」
ついに『ゴーマニズム宣言SPECIAL 神功皇后論』が発売された!
…と思ったのも束の間、今度は掲載誌SPA!の経営悪化により、わしの原稿料がもう払えないということで、連載が終了することになってしまった。
『神功皇后論』の今後は、現時点では全く不透明である。だが、この作品を面白いと感じ、必要だと思う読者がいれば、きっと何度でも蘇るであろう。
4月18日、そんなことになるとは誰ひとり思わぬ中、名古屋で『神功皇后論』発売記念イベントを開催。『神功皇后論』にまつわるトークとよしりんバンドの歌を交えたステージは、我ながら大成功だったと思う。
ただ、トークの中で1か所、言い間違いをしたところがあった。「神功皇后は『側室』だった」と言ってしまったのだ。
もちろん「皇后」という称号が側室につけられることはありえず、神功皇后は正妻だった。
わしが言いたかったのは、神功皇后ことオキナガタラシヒメ(息長帯比売)はもともと「側室」でもおかしくない血筋であり、それが「皇后」になったこと自体に疑念があるという問題である。
タラシヒメの夫・仲哀天皇には、タラシヒメと結婚した時、既に二人の妻がいた。オオナカツヒメ(大中姫)とオトヒメ(弟媛)である。
特にオオナカツヒメは、景行天皇の孫である。タラシヒメは開化天皇の5世孫だから、天皇との血縁はオオナカツヒメの方がずっと近い。
しかもオオナカツヒメは既に、仲哀天皇との間にカゴサカノミコ(麛坂皇子)とオシクマノミコ(忍熊皇子)という二人の皇子を生んでいた。
状況からいって、オオナカツヒメが皇后であっても全くおかしくなかったのだ。
ところが、どういうわけだかオオナカツヒメは「妃」の身分に留められて、後から結婚し、家格にも劣り、子も生んでいなかったタラシヒメが「皇后」になったのである。
これは、どうにも不可解ではないか?
歴史学的にいえば、実際はこの時代には「皇后」という称号自体がまだ存在していない。
皇后の称号が明文で規定されたのは大宝律令(701年)以降であり、明文化以前のケースまで含めても、初の皇后は天武天皇の皇后・ウノノサララノヒメミコ(鸕野讚良皇女、後の持統天皇)だということが、古代史学上ほぼ確定している。神功皇后の時代よりも、300年近く後である。
また、天皇の妻に「皇后・妃・夫人・嬪」という身分の序列が定められたのも大宝律令以降であり、タラシヒメが「皇后」、ナカツヒメが「妃」だったというのも日本書紀における潤色であることは間違いない。
とはいえ、そういう制度や「正室・側室」といった言葉はなかったとしても、当時でも「第一位」の妻と、「第二位以下」の妻の区別はあったはずで、客観的に見て「第一位」に相応しいはずのオオナカツヒメではなく、オキナガタラシヒメの方が優先されたという史実は残るのである。
そこにどんな事情があったのかは、古事記にも日本書紀にも一切書かれていない。
そこで想像を広げてみれば、もともとはオオナカツヒメが「正室」であり、タラシヒメはそこに後から「側室」として入ってきて、何らかの方法で「皇后」の地位を奪い取ったのではないか?ということも考えられる。
わしは、それを言おうとしたのである。
タラシヒメには、それほどまでに仲哀天皇に寵愛されるような魅力があったのだろうか? もしそうだとしたら、どのようにして仲哀天皇を籠絡したのだろうか?
また、もうひとつ考えられる場合がある。タラシヒメが仲哀天皇と結婚した時点で、皇后だったオオナカツヒメが既に世を去っていたというケースだ。
ここでさらに空想していけば、タラシヒメが邪魔なオオナカツヒメを亡き者にしようと自ら画策して…なんて物騒なことも考えてしまう。
これは単なる思いつきで言っているのではない。
神功皇后は三韓征伐からの帰国後に生んだ息子・ホムタワケノミコト(誉田別尊、後の応神天皇)を天皇にしたかった。だがそのためには、オオナカツヒメの二人の子、カゴサカとオシクマが邪魔になる。
そこで神功皇后は、彼らを抹殺したのである。
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小林よしのりライジング
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。 毎週、気に…


『愛子天皇論3』より 3。 配信ありがとうございます!
配信ありがとうございます! いや〜、創作って大変で、でも読み手としてはワクワクするライジングでした。 先生が納得するラストに辿り着けるのを願っています。一番?
一番かなぁ〜 配信ありがとうございます!🥰