高校卒業してアイドル一本で行くことと同時にプロデューサーとの婚約発表をかまして幸せな日々を過ごす円香概念
ブライダル円香の強めの幻覚を見たらこんなんできました。ぐーたら円香はいいぞ…
時任雲母さん主催の合同企画に参加しました、是非見ていってください。
コメントなどなどお待ちしてます!
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「答えてください。でないと、アイドル辞めます」
片や、五月雨が降り注ぐ陰鬱とした空。
片や、煌々と部屋一面を照らす事務所の蛍光灯。
私はあの人の胸元に縋るように詰め寄っていた。
「…今の質問の意味、分かりますよね」
「…分かりたくない、と言ったら?」
「アイドルに…いえ、女性にここまで言わせておいてとんだ臆病者ですね、ミスターチキンハート。普段はキザな振舞いばかりしておいて、よく今まで夜道で刺されませんでしたね?」
「ははは…散々な言い草だ」
「誤魔化さないでください。さあ、選んで」
「私か、浅倉か」
「んん…」
「…か、円香。もう8時だぞー。ご飯もできてるぞー!」
「んー…」
「おーーい!」
「…うるさい」
「はは、おはよう円香。でも朝ごはんは一緒に食べる約束だったろ?」
「ん…起きるから。先行ってて」
「おう。目玉焼きの黄身固まっちゃうから、早くくるんだぞ」
「ん〜…」
円香とこうして朝を一緒に迎えるようになって、もう随分と経つ。
事務所だけで会っていた時にもあれやこれやとコミュニケーションに努めて、彼女のことを少しは知ったつもりでいたが、やはりこうして一緒にいる時間が増えないと分からないことは沢山あるものだと思う。
例えば、目玉焼きは半熟じゃないと拗ねるとか。
例えば、普段より皮肉が冴えている日は寝る時にくっついて離れないとか。
例えば、2人の営みには存外積極的で、そのくせいつも声が寝室中に響いてしまうだとか。
ちなみに、それについては本人は始めこそ否定していたが、お隣の奥さんに「あなた、彼女さんは大事にしてあげなきゃダメよ!最近深夜に動物みたいな唸り声がするなーって主人が言ってたのよ!若くて楽しいのはいいことだけど、そんなやり方ばっかりじゃこの先しんどいわよ?」と俺がお叱りを受けていたのをこっそり聞いていたらしく、いたくショックだったらしい。
それ以来、あの手この手で声を潜めようと頑張っているが、それが実を結ぶのはまだまだ先になりそうだ。
「ふぁ…ん、おはよ」
「おはよう円香。それじゃあ早速、いただきます!」
「いただきます…はむ、ん。ん……黄身、もうかたい」
「だから早く起きてな〜って言っただろ?我慢して食べなさい」
「はぁ…私の記憶にはないから、なんか納得いかないけど」
「そりゃないだろ…あ、今日のスケジュール先に伝えとくな。午前中は雑誌の撮影とインタビュー対応。時間が押してるから昼はケータリングで取ってもらう事になる。午後は舞台のゲネプロだ。あそこの監督さんはハケまで細かく見てくる人だから心に留めといてくれ。念のためだけど事前の本読みは大丈夫か?」
「ん、うい」
「ん、了解。うし、ご馳走様。昼が足りなそうならおにぎり作るけど、どうする?前に気に入ってたクルミの佃煮、また実家から貰ってきてるぞ」
「…それと梅干しも」
「わかった。じゃあご飯食べたら顔洗ってくるんだぞ」
「ういうい」
円香は今、世間一般でいうところの大学へ通う年だ。
それまでの事務所でのギャラ、本人の学力等を考えると、少し背伸びをすれば都内の有名私立にも通うことはできた。何なら事務所にも、大学側から広告塔として通ってくれないかという内々の打診もいくつか来ていたほどだ。
だが円香はそれらを全て断り、芸能界に専念することを事務所を通して見解を示した。
その文章がこうだ。
―――――
ファンの皆様、関係各位
平素より、応援いただき有難うございます。
私こと樋口円香は、先だって一部のメディアで取り上げられておりました進路につきまして、所属事務所と真摯に話し合いを重ねた結果、芸能界に専念する事をここにご報告致します。
またこの度、私事ではございますが兼ねてよりお付き合いさせて頂いていた、弊事務所担当プロデューサーと婚約しましたことをご報告させて頂きます。
新たなステージでの活躍に伴い、プライベートを詮索するような記事の掲載、そのための過剰な取材行為、所属事務所の他アーティスト及びプロデューサーに対するネット上での根拠のない誹謗中傷に関しましては、改めてお控えいただけますようお願い申し上げます。
末筆になりますが、ファンの皆様におかれましては、私の作品やライブ活動を通じての今後益々の応援のほど、よろしくお願い致します。
樋口 円香
―――――
この声明文が出た時の反響は、それはもう凄まじいものだった。業界人の反応はまだマシだったものの、ファンの人達によるツイスタは荒れに荒れていた。まさしく阿鼻叫喚という奴だ。
そんな中、当の円香はどこ吹く風という感じだったが。
進路に関しては意外…というより、完全に予想外だったというのが本音だ。
正直、円香は大学に進学するものだとばかり思っていたし、そもそも高校を卒業してからアイドルを続けてくれるかが気が気でなかったくらいだ。
果たしてこれが本当に正解だったのだろうか。俺にとっても、円香にとっても…
「ちょっと、どうしたの?鍵、もうかけるけど」
「あ、ああ!ごめんごめん、もう出るよ」
「ん」
一緒に家を出る。まあ、職場が同じだから当たり前と言えば当たり前なのだが…初めの頃は雛菜や摩美々辺りにラブラブだ〜って、よくいじられたっけな。
「じゃあ出るぞー、スタジオまで30分くらいかかるから午後の本読みでもしててくれな」
「はいはい…それで、何を考えこんでたの」
「ん?」
「顔。あなた、表情で丸わかりだから。仕事じゃない所での悩みなんでしょ」
「はは…俺ももう少し社長を見習うべきかな」
「はぐらかさないで。それ、あなたの悪い癖だから」
「んー、いや…円香と毎日一緒に仕事が出来て幸せだなぁって思ってただけだよ」
「は?何ですか急に、って、は?ちょっとあの、ありふれた日常に幸せを感じるとかとんだロマンチストですね気味が悪いまああなたのそんな所は嫌いではないけれどどうせ呟くなら夜に呟いてほしいというかいえ別に私はときめいたりしないですが一般論として統計を取ればそうなるだろうしその後も盛り上がるからその方がいいといういやそんな事したらまたお隣の奥様に告げ口されるからそっと囁いて欲しいかもいや駄目だそんな事したら頭がおかしくなるでもとりあえず一回今日の夜に試しに」
「あーごめんごめん、俺が悪かった。また仕事が終わったらちゃんと話すから!な?いい子だから」
「…そういう所がs、、、きらい」
「お、そろそろ現場に着くぞ。切り替えよろしくな」
「あーはいはい…これでいいですか?王子様」
「…頼むぞ?」
今日の仕事はなかなかハードなスケジュールだったが、円香はそつなく現場を回してくれた。
いつも通り帰路に着き、今は円香と一緒に食卓を囲んでいる。2人暮らしになったからには自炊も覚えないと…と思っていたのも今は昔。どうやら円香も料理はそこまで乗り気じゃなかったらしく、仕事が遅い日はもっぱら外食やスーパーの惣菜に頼ってしまっている。
前に円香に料理はしてくれないのかとごねたところ、その日の食卓には何とも反応に困る出来の炒飯とやけに薄い味噌汁が出てきた。
「感想はいらない、顔に書いてあるから。…もう少し待ってて」
目下、樋口家による花嫁修行は継続中らしい。
「今日はケンタッキーか。美味しそうだな〜、いただきます!」
「いただきます。ちょっと…真っ先にドラム取らないで」
「いやだって、これ食べやすいし」
「だから取らないでって言ってるの。あなたはちまちまリブでも食べてて。隅々までしゃぶり尽くすの好きなんでしょ」
「…こないだの責め方、まだ根に持ってる?」
「別に。上から下まで舐め尽くされてどうしようもなく力尽きた妻のことなんてどうでもいいでしょ」
「ばっちり根に持ってるな…今度埋め合わせに美味しい寿司を奢らせてくれ。テレビ局のディレクターさんから教えて貰った新しいお店があるんだ」
「…はいはい」
「それで、だ」
夕食を済ませて2人で団欒の時間。同棲をしてからしばらくして、お互いに何か話がある時はこの時にするという暗黙の了解が成立していた。
「最近もやもやしてたのはさ、あの雨の日のことだよ。円香がアイドル辞めるって言った時の」
「透か円香か選んでくれって言われて、頭が真っ白になったよ。2人とも俺に心を開いてくれてるなとは思ってたけど、異性として見られてるとは、その…思わなくってな」
「…」
「結果はご覧のとおりで、俺は円香の手を取った。でもさ…今になって、あの時の選択はあってたんだろうかって、俺と円香と透がもっと納得できる選択ができたんじゃないかって…あの声明文を円香が出した時、ファンの反応の大きさを目の当たりにしてさ。ノクチルとしても、円香個人の活動にも影響を与えてしまったから…」
「それで?浅倉を選べばよかったって言いたいの?妻の目の前で浮気宣言だなんて、男気のある旦那を持って本当に幸せ」
「ちが…俺は円香が今本当に幸せなのかって」
「幸せですよ」
「!」
「私が今幸せかどうかはあなたが決めることじゃなくて、私が決めるから。そもそも、人の感情を他人がコントロールできる訳がない。例え相手が結婚したいくらい大きな想いを抱いていたとしても。あなたはその位分かっていると思っていたけど」
「…」
「私は今幸せです。浅倉とは前々から二人で話してたから…どっちが選ばれても、或いはどっちも選ばれなくても、プロデューサーの幸せを邪魔しないようにしようって。私はその賭けに勝っただけ」
「でも…それじゃあ透は」
「あの時から、浅倉のあなたへの接し方が変わった?仕事を放り出したりした?私との関係が変わったと思う?」
「いや…でもそれは」
「私たち、もうあなたに護ってもらうだけじゃないんですよ」
「そう、か。いや………はは、傲慢だな。俺」
「ええ、そうですね。でもそういう青臭いあなただから、きっと私は」
「うん。俺もさ、円香がお嫁さんで良かったなって、思ってるよ」
「うい」
淡々と紡がれる言の葉の数々。棘があるけどどこか暖かい。そんなところが、とても彼女らしいとつい、笑みが零れてしまった。
円香もまたつられるようにふ、と口角が上がったように見えたのは、見間違いではないだろう。そう、これからは恐れずに二人で話しあっていこう。それがきっと、赤の他人の人生を預かる者としての責務だから。
「そういえばさ、透からたまには家に顔を出せって言われてるんだk」
「は????????」
…………やっぱり少しくらいは恐れも必要かもしれないな。
ぐーたら円香いいですな