「だからリベラルは…」論の勃興
2000年代を通じて歴史教科書や慰安婦問題をめぐって「反左翼」言論が興隆してきたが、2012年の民主党政権の崩壊後、論壇では「リベラル」に対する攻撃性をむき出しにした「だからリベラルはダメなんだ」論が百花繚乱を迎える。
その大半は、『正論』や『WILL』といった産経系のメディアを震源地とした右からの「リベラル」攻撃であり、最近のものでは岩田温『「リベラル」はなぜ凶暴なのか』(2025年)がわかりやすい。岩田によれば、「リベラル」はフェミニズムや環境保護といった価値観を国民に押しつけようとしており、そのような「リベラル・ファシズム」から日本の伝統を守らなければならないという。
これら右からの攻撃に加え、「リベラル」は左からも挟撃されてきた。そのひな型は徐京植『日本リベラル派の頽落』(2017年)に現れている。徐によれば、朝日新聞や進歩知識人などからなる「日本リベラル派」は、日本国憲法を擁護するが天皇制については容認しており、アジア諸国民との対話を重視するが侵略戦争への責任意識は欠如させ、植民地主義を支えている。ここにおいて「リベラル」はその「知的な不徹底さ」を徹底的に指弾されるのである。
これら左右からの挟撃に対して、「リベラル」からの自己反省も加わり、香山リカ『リベラルじゃダメですか?』(2014年)はその代表例といえる。香山によれば、憲法9条、脱原発、反核平和、反ヘイトスピーチといった争点において、いつしか「仲間うち」が相互にエコーチェンバーしながら「リベラル村」が生じるようになった。
このような「リベラル村」の住民は、バブル期の恩恵を受けながらも「格差は許されない」と叫び、安全地帯から現実離れした理想論を唱える。その矛盾は若年層には理解しがたいものであるが、当人たちは自分たちが正義だと信じて疑わずに対話にならない。そのような苦境にあってなお、自身もその「リベラル」を引き受け、「リベラルを取り戻す」ことが大事だという。
香山のスタンスには、その後の「リベラルによる自己反省」論の大まかな型が出ているといってよい。
立憲民主党が直面した困難
2015年の安保法制反対デモとそれを受けた2017年の立憲民主党の結成は、「立憲=リベラル」の等式の下に、日本における「リベラル」をめぐる議論を再び高揚させた。
2017年衆院選について、政治学者の吉田徹は「今回の選挙ほどリベラルという言葉が用いられたことも珍しい」とし、かろうじて野党第一党を占めた立憲の相対的勝利は「リベラルの極」の勝利と論じている。
立憲民主党の登場は、「リベラル」が伝統的な「護憲」の下に再結集するとともに、そこに人権や反差別、ジェンダーといったアイデンティティ政治を色濃く付け加えることで、日本における「リベラル=護憲+アイデンティティ政治」という等号を明確にした一つの契機といえよう。
立憲民主党は、弁護士出身議員や大学知識人、社会運動と連携するなかで、アイデンティティ政治の争点によって自民党との差異化を図るようになる。これによって日本版「リベラル」のアジェンダは、平和に加えて、ジェンダー平等、選択的夫婦別姓、多様性などアイデンティティ政治の二本立てになっていったのである。
しかし、アイデンティティ政治への傾斜は野党第一党にとって難しい課題をもたらすものでもあった。反差別やジェンダーの争点では運動の一部は容易にウォーク化して有権者の常識から乖離する。また、マイノリティの権利擁護は司法の役割とは合致するものの、むしろマジョリティの支持を得なければならない選挙とはそりが悪く、その意味で社会運動と政党や政治家の役割は根本的に緊張関係を孕んでいるのである。