さよならを教えて(感想2)_現実へ引き戻されることへの拒絶
『さよならを教えて』は、2001年3月2日にCRAFTWORKから発売されたノベルゲーム。
主人公、人見広介の内面の写し鏡のように存在する各ヒロインたちについての感想を個別に深堀りしてみる。
以前に書いた作品全体に対する感想はこちら。
以下、ネタバレを含む感想などを。
最終的な辻褄の合う巣鴨睦月とのコミュニケーション
巣鴨睦月は5人のヒロインで唯一現実に存在する生身の人間。しかしいくつかの登場シーンでは人見くんの妄想する睦月が混ざりあっている。
そのため睦月の行動や態度には人見くんの願望や恐怖が反映されている。願望は主に性欲に関することで、恐怖は性欲へ素直に従ってしまったら人見くんが現実へ引き戻されることだろう。
教育実習生というのは人見くんが現実逃避するためにつくりだした都合の良い妄想で、現実に存在する睦月との関係を深め過ぎると本来は自身も入院患者である現実との齟齬が大きくなってしまう。そのためか人見くんは睦月へ欲情しながらも同時に天使として畏れてもいる。
また、度々視る悪夢では自分自身を天使を襲う怪物に例えているけど、これは人見くん自身が旺盛な性欲を持て余していることのメタファーと解釈してみた。
人見くんの性的指向の特殊性はその守備範囲が広いこと。
睦月以外の他ヒロインに対して、死姦、ロリコン、対物性愛、アナルセックスや姉への欲情など、人見くんのバリエーション豊かで”何でもアリ”な状態は、性癖によるものというよりも常人よりもはるかに強い性欲を持て余しているからこそ、様々な変態的プレイを試していると考えた方がしっくりくる。
つまり人見くんは睦月が自分を誘惑しているように解釈しているけど、実際は自身の持て余した性欲(=怪物)が、現実に存在する睦月(=天使)を蹂躙してしまうことによって、自身が現実へ引き戻される恐怖感を表しているのだと思う。
何しろ作品全体を通して、人見くんが蹂躙する対象はすべて妄想によってるくりだされた女性だけだ。
それは人見くんが妄想世界から抜け出さないために現実世界への必要以上の干渉を避けているからであって、現実の女性に手を出してはいけないという心理的ストッパーをかけているのだろう。
だからとなえの回想によると、睦月に対する対応は紳士的にふるまっていたということになっている。
しかしそれは人見くんが天使を神聖視しており、睦月を天に帰す使命があると考えながらも、実際は現実に引き戻されることを畏れていた故の行動だったのだと思う。
それなのに睦月とのやり取りが傍から見たら紳士的だったと、結果だけ見ると辻褄の合っていることが馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。
現実からの逃避を象徴する高田望美
屋上で出会う高田望美は、実際のところは屋上にやってくるカラス。指定席は梯子をのぼった先にある給水塔の横。
出会った当初の望美の態度は人を寄せ付けない雰囲気だったが、それは父親から性的虐待を受けているせいで、それ故に成人した男性へ恐怖心があるから。
人見くんの父親が母親へのDVを繰り返していたともあるから人見くん自身も父親から暴力を受けていたのかもしれない。
望美はタバコの臭いを嫌悪しながらも1本くださいと求めてくる。
人見くんはタバコを求められたことについて「大人への通過儀礼」と捉えているけど、それは同時に大人になりきれない人見くん自身のようでもある。
まっとうに考えたらタバコを吸っているから、イコール大人というわけではない。
しかし大人にだけ許された嗜好品と捉えている人見くんがヘビースモーカーなのは、タバコが大人であることのアピールでもあるのだろう。
それはつまり、いい歳して働きもせずに妄想へ逃げ込んで周囲へ迷惑を掛けていることが、子どもっぽい行為だという自覚が潜在的にあるからこその裏返しともいえる。
望美が大人になりたいのは父親による虐待からの逃避、つまり自立するために大人になりたいということだけど、人見くんが逃げたいのはもちろんうまく立ち回れない”辛い現実”から。
父親から凌辱されている望美は自分が汚れていると悲嘆するのを、それならばより強い光を当てればよくて、自分がその存在になり得ると慰める。
人見くんは自分なら望美の嫌な記憶を上書き出来るような体験を与えられると言っており、そこまでは美談だと思う。
しかしそこでやることが、妄想とはいえ歳の離れた女生徒とのアナルセックスになるあたり、クズな思考の人見くんのことだから期待を裏切らない。
そうして望美は生まれ変わることでしかやり直せないと考えたから屋上から飛び降りるのだが、人見くんが一緒に飛ばないのは辛い現実から逃避しつつも、現実世界への強い拘りがあるからだろう。
『大地を飛べる者』と『地を這う者』などと綺麗に言い換えているが、姉やとなえなど周囲の人間に依存しながら、強烈な没入感を得られる妄想世界に浸っていることを選択したというだけ。
人見広介に最も似ている目黒御幸
図書室で司書係を務める目黒御幸は豊富な知識で論理的に話す生徒ということだが、実際は人体標本の模型。
なにしろ人見くんの『空想の具現化』と言ってもいいほどの妄想力は無機物の人体標本だって性欲のはけ口にすることができる。
ショートヘアで知的、勝ち気な性格や図書館の利用ルールを厳しく押し付けてくる態度は姉の瀬美奈を想起させるが、友人がおらず受験に失敗してコミュニケーションを苦手とする性格は人見くんの境遇に似ている。
御幸は知識をひけらかしながら上から目線で人見くんに話しかけてくるが、関係は先生と生徒だから、立場上は御幸の方が下になる。
そして御幸を巨乳にして女らしさを強調したのは女性を下にみる傾向にある人見くんならではで、自分と違って優秀な姉の瀬美奈を見返したいという願望から生じている可能性もある。
そもそも人見くんの加虐性は、女性を好きなのにその女性たちから相手にされないことによるミソジニーが原因として想像される。
御幸は男の人が怖いと言うが、そこで共感して寄り添うのではなく、むしろそこへつけ込もうと嗜虐心の湧き上がるのが人見くんらしいところ。
恋人はおろか心許せる友も不在で世間から虐げられてきた人見くんからしたらそのような女性はむしろ加虐の対象でしかない。
とはいえ、人見くんが危害を加えるのは自らが創り出した妄想の女性たちのみなのだから、それらの妄想行為について責められる謂れは無いというのが本作の壮大なオチになっている。
それが同時に悲哀も感じさせるのは、人見くんの心の奥底に通底している自身への軽蔑の感情も含むから。
御幸に対して、自身の心情を吐露する言葉が心に刺さる。
後悔のたびに、涙を流すたびに、嘘をつくたびに、オナニーをするたびに、消えてなくなりたいと思う。
それでも自ら命を絶つ勇気もなく、今日出来ることは明日に回し、生まれたことをなしにして欲しいと願い、ありとあらゆる外界を呪い、すべての他人を呪い
…そして今も生きている。
御幸のルートは他ヒロインと比較して、笑いどころやツッコミどころが少なめのは、ある意味人見くんの内面に最も相似した存在だからか。
人見くんのような人間が現実にいたならば軽蔑すべき人間だと思う。
しかし誰にも望まれないていないのに、為すべきことを自ら創り出して勝手に達成感を得ている人見くんの姿は憐れで、変態的な方向へ振り切った人見くんの思考はどこか諧謔的で突き放すことができない。
色々と屁理屈をこねながらも結局は『自分こそが一番大切と考えている』人見くんのことがどこか憎めないのだ。
少し感想が長くなってきたから、上野こよりと田町まひるの感想は次回で。



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