米国だけに負わせられない責任 見て見ぬふり「私たちは知っていた」
記者解説 国際報道部記者・喜田尚
米国とイスラエルが2月末に踏み切ったイランへの攻撃に、世界がほんろうされている。米、イランはいったん停戦に合意したが、協議の先行きは不透明だ。戦闘が再開される可能性も消えない。
トランプ米大統領は同盟国にも諮らず攻撃を始めた。ホルムズ海峡が事実上封鎖され原油が急騰すると、通航の恩恵を受ける国が対応すべきだと責任を転嫁した。
「単独主義」だと批判された2003年のイラク戦争でも、当時のブッシュ米政権は少なくとも国連安保理の決議を得ようとした。今の米国の行動は過去と大きく異なる。
記事のポイント
・トランプ政権が冷戦後の国際秩序を覆そうとしている
・世界が危機に陥った責任は、米国だけにあるわけではない
・人権など基本的価値と現実主義を両立させ、大戦を防ぐべきだ
欧州各国は第2期トランプ政権の過去1年、米国との関係維持に努めてきたが、今回は様子が違う。スペイン、フランスは中東に向かう米軍機の領空通過を認めず、イタリアは国内の基地利用を拒否。反発したトランプ氏は軍事同盟の北大西洋条約機構(NATO)からの脱退をちらつかせる。1989年の冷戦終結後の国際秩序を主導してきた欧米関係は危機を迎えた。
世界の混沌(こんとん)ぶりの原因は、経済や軍事力で他国を圧倒する米国が、二つの大戦を経て構築された「ルールにもとづく国際秩序」を覆そうとしていることにある。
2022年2月にロシアが隣国ウクライナへの侵略戦争を始めた際、当時のバイデン米政権は国際秩序を侵害したロシアを阻む側に立った。トランプ政権はロシアから得られる利益に期待して、侵略されるウクライナに譲歩を迫る。
大国が法の支配の根底を揺るがしている。その遠因は、ロシアが「帝国再建」を試み、米国がトランプ政権下で「米国第一」に転じる以前にあった。
私は1991年の湾岸戦争、2001年のアフガニスタン空爆、14年以降のロシアによるウクライナ危機や全面侵攻と、冷戦後の世界における節目となった三つの戦争を現地で取材した。
湾岸戦争では、隣国クウェートを侵略したイラクを、米国中心の多国籍軍が撤退させた。冷戦後は米国が軍事大国として国際秩序を支えるのだ、と印象づけた。一方、冷戦下で機能しなかった安保理が、1950年の朝鮮戦争以来の武力行使決議を採択。紛争などの問題に、国際社会が協力して対処するとの機運も生まれた。
10年後のアフガン空爆は、米同時多発テロがきっかけだ。米国は安保理決議なしに武力で、イスラム組織タリバンを首都カブールから撤退させた。国際法上は疑義も残したが、それでも安保理は全会一致でアフガニスタン暫定政権の設立を支持し、加盟国に治安維持への支援を求めた。当時はまだ、極端なイスラム法解釈を押しつけられたアフガニスタン国民の人権回復は国際社会の責務だ、との共通認識があった。
しかし、このとき米国が始めた「テロとの戦い」が転換点になった。2年後の2003年のイラク戦争では、米国が「差し迫った危機」の根拠とした大量破壊兵器は見つからず、「イラクの民主化」に焦点を移した。人道危機に対処する介入は、欧米に都合の悪い政権を倒すことが目的ではないかという疑念が、中国やロシアだけでなく新興・途上国にも広まった。
この状況を利用したのが、その後経済力を回復させたロシアだ。14年にウクライナで親ロシア政権が倒れた際、情報戦でウクライナ国内の亀裂をあおった。「ロシア語を話す人々が弾圧されている」という偽情報を口実に軍事介入を始め、全面戦争に発展させた。ルールを拡大解釈してきた米国の介入主義に対するロシア流のしっぺ返しであり、「笑えないパロディー」とも言えるものだった。
その標的にされたウクライナが、今は米国とロシアの大国間取引の材料になっている。占領地に両親を残して首都キーウで避難生活する教員(48)は、「結局、私たちが学んだのは、誰にも頼ってはいけない、自分たちは自分たちで守るため自立しなければならないということだった」と話す。
民主主義にもとづく国際秩序は米国の力で支えられてきた。それによって米国が得た地位と利益をトランプ氏は無視し、秩序の維持にかかる経費を「ぼったくり」だと表現した。
しかし、冷戦後の秩序が破綻(はたん)の淵に追い込まれた責任を、米国やロシアだけに負わすこともできない。
「強大な国は都合の良い時に自らをルールの適用外にすることも、(中略)国際法がどれほど厳格に適用されるかは被告や被害者が誰であるかによって異なるということも、私たちは知っていた」
トランプ氏から「51番目の州」だと揶揄(やゆ)されたカナダのカーニー首相は、1月の演説でこう語った。自由貿易や安全保障の恩恵にあずかる一方で、米国のルール逸脱について見て見ぬふりをしてきたと認めるものだ。
米国の変貌(へんぼう)は世界の「見て見ぬふり」が招いた結果ではないか。
他国への力の行使が、その国の人たちを人道危機から救うためなのか、自国の利益をはかるためなのかを問うことも、あいまいにされてきた。1月に起きた米国のベネズエラ攻撃の直後、日本の高市早苗首相や英仏など欧州の首脳らが「ベネズエラ国民の独裁政権からの解放」を強調し、米国に対する直接的な批判に及び腰だったのはその典型だろう。
米国が変貌した今も、カナダや日本などが関係を大幅に見直すことは、安保・経済の点から難しい。世界への関与を控える孤立主義的な傾向はオバマ米政権時代に始まっており、これからも続く。
国際秩序の回復には発想の転換が必要だ。
3度目の大戦を防ぐには
ロシアのウクライナ侵攻が5年目に入った今年2月、歴史学者でウクライナ・カトリック大のヤロスラウ・フリツァク教授は、トランプ政権が主導する和平協議についてこう述べた。「戦争は最終段階に入った。ただし、この段階が何年続くのかはだれにも分からない」。力の支配に依拠するロシアには妥協の気配がない。
冷戦終結から現在までの国際情勢を第1次世界大戦から第2次大戦までの戦間期にたとえる見方が、この数年広まった。フリツァク氏は今の情勢を第2次大戦前年の1938年に見立てる。
英仏の対独融和策で、当時のチェコスロバキアがナチス・ドイツへ領土割譲を強いられた年だ。「今後世界で何が起きるかは、ウクライナでの戦争の決着がどうなるかに大きく左右される」と指摘する。
私たちは3度目の大戦を防がなければならない。そのためには、大国、中堅国、新興・途上国の全てを含むような秩序の立て直しが急務だ。
欧米の偽善に疑念を持った新興・途上国の一部は、米国の影響力低下を見て中国やロシアと関係を深めた。日本やカナダなど中堅国の利害も交錯している。
カーニー氏は法の支配の回復には、人権の尊重など基本的価値の原則と、すべてのパートナーが価値観を共有しているわけではないことを認識する現実主義の両立が必要だとした。
これは極めて難しい課題だ。
日本の安全保障環境はカナダより複雑で、経済的自立を支える資源も乏しい。米国が中国との取引を優先すれば、日本がかけひきの材料にされる危険もある。
日本が米国との同盟関係を重要と考えるのなら、法の支配の再建によって、大国間の取引から自らを守る必要がある。
大変厳しいが、避けては通れない課題に挑むしかない。
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- 小谷哲男明海大学教授=外交・安全保障視点
今のアメリカは「変貌」したというよりも元に戻ったととらえるべきだ。建国以来アメリカは内向きで一国主義だった。2度の世界大戦を経てアメリカは国際主義を重視するようになり、冷戦後はルールに基づく国際秩序を主導したが、同盟国はただ乗りし、アメリカに感謝せず、それどころか貿易赤字を生み出し、アメリカの産業を空洞化させたという意識を強く持つようになった。それがトランプ大統領を誕生させた。今後世界秩序を立て直すには、このアメリカの不満に同盟国が共感を示すところから始める必要があるだろう。24年4月に岸田総理が米議会で行った演説はまさにそのような内容だった。
2026年4月26日 10:22