その後ベトナム国会は2025年2月にこの鉄道計画案を承認して、同年12月19日にラオカイ省で中国・ベトナムを結ぶこの鉄道プロジェクトの起工式が行われた。式典にはベトナム側から当時のブイ・タイン・ソン副首相、中国側からは何煒(ホー・ウェイ)駐越大使が出席した。このプロジェクトの費用は中国からの借款が大きいとされるが、一部はベトナムも出資する。
実は、ベトナム政府はこのプロジェクトに乗り気ではないといわれる。その最大の理由は安全保障にある。古来ベトナムは何度も中国に攻め込まれている。直近では1979年の中越戦争が記憶に新しい。そんなベトナムは、本音としては中国に直通する鉄道を造りたくないはずだ。もしハノイが中国に占領された場合に、鉄道が補給路として機能するからだ。先ほども書いたとおり、今回建設が予定されている中越鉄道は標準軌である。
とはいえ、中国との関係悪化は避けたい。歴史的に朝貢国の立場にあったということもある。習近平が鳴物入りで提唱した「一帯一路」構想に参加しないわけにはいかない。ベトナムは2017年5月の第1回「一帯一路」国際協力フォーラムに当時のチャン・ダイ・クアン国家主席を派遣し、同構想へ参加・協力する姿勢を明確にした。しかし、その後に中国が提案したプロジェクトを実施することはなかった。中国の構想に参加はするものの、一定の距離を置いていた。
地味に行われた鉄道プロジェクトの起工式
そんな状況を大きく変えたのが、2023年12月の習近平のハノイ訪問である。この訪問はチョン書記長が要請したものである。
チョンはベトナムで苛烈に汚職退治を行い庶民に人気があったが、当然のこととして政治家や官僚は彼の汚職退治に反感を抱いていた。その政権基盤は脆弱だった。チョンは2019年に脳梗塞を発症し、2023年になると立って歩くのが困難になるなど衰弱を隠せなくなっていた。
その頃、ハノイ政界では習近平がチョンの後ろ盾になっていると噂されていた。そんなチョンは習近平をハノイに招くことにした。政権基盤を強固にすることが目的だったと思われる。習近平のハノイ訪問の翌年、チョンは2024年7月に80歳で死去したから、最後の気力を振り絞って習近平を招聘したと言ってよい。その際に習近平は、「一帯一路」に参加したものの協力に消極的だったベトナムに中越鉄道の建設を承諾させた。
このような経緯があるために、ハノイ政界では、チョンが衰弱している時に、それにつけ込んで習近平が鉄道建設を承諾させたのだと見る向きがある。
また、新幹線のような高速鉄道の建設は土地の収用費用を含めて膨大な資金が必要となり、国家財政にとってリスクが高すぎる。それは隣国ラオスやインドネシアの新幹線建設によって証明されている。ラオスもインドネシアも中国からの借款によって建設費を賄ったが、現在その返済に窮している。中国の「一帯一路」はスリランカやアフカリのザンビアなどで「債務の罠」問題を引き起こしている。スリランカでは債務の罠は政変の原因の一つになった。