エマニュエル・トッドが断言する「移民は特効薬ではない」 出生率を無視したナショナリズムは「空想」にすぎない
少子高齢化が加速する日本で、移民受け入れを万能薬のように語る議論がある。しかしエマニュエル・トッド氏はきっぱりと言う――「移民は解決策の一要素にすぎない。根本的な問題は出生率だ」。さらに、移民にも反対し出生率向上にも無関心な政策こそ「空想のナショナリズム」の典型だと断じる。元朝日新聞記者でトッド氏と20年来の親友である大野博人氏との対談では、国家の自立と移民の包摂を両立させる「包摂的主権主義」という新たな概念も提示される。最新刊『2030 来たるべき世界』から一部を抜粋・再編してお届けします。 * * * ■移民は特効薬ではない 大野 結局、移民の受け入れは、慎重にゆっくりと進めるべきだというのはそのとおりだと思う。ただ、日本の場合、少子高齢化と人口減は急速に進んでしまい、移民がかなり必要な状態に至っている。あまり時間的な余裕がない。 トッド 少し加速せざるを得ないだろう。 ただ、言い忘れていたことがある。日本人自身も子どもを作らなければ、移民を統合、同化できないということだ。なぜなら、移民の子どもたちが日本人になるためには、日本人に囲まれた環境が必要だからだ。 実際のところ、移民というのは特効薬ではない。解決策の要素の一つなのだ。先進諸国に当てはまることだが、日本の根本的な問題は出生率の低さである。 低いだけでなく、まだ下がり続けている。深刻な問題だ。先進諸国の社会がこの重大な問題にあまり関心を示さないのは、驚くべきことだ。ここに本当の問題がある。これから先、20年後、30年後に劇的に人口が減ると予測できれば、もはや将来に関心など持ちようがないのだろう。 これこそ「空想のナショナリズム」という概念が作用している例だ。人口を増やすこと、出生率を上げることを最優先に考えない人をナショナリストと呼べるだろうか。もし、どこかの政府がナショナリストを自称しながら、移民に反対で、人口の増加に興味を示さないとしたら、それこそ「空想のナショナリズム」の典型例になる。 ナショナリズムという言葉はあちこちでよく聞かれるようになっている。フランスでも、今の自民党の「空想のナショナリズム」を見て、日本はナショナリストの国だなどと言うのをよく聞く。自民党は国外に日本についてナショナリストのイメージを広げるのに成功している。 しかし、ちょっと待ってくれと言いたい。たとえばドイツについてはそういう評価はできるかもしれない。ドイツは人口動態の問題と向き合って、多くの移民を受け入れた。工業大国であり続けて、欧州での支配的な地位を得るためだ。しかし、深刻な人口減を放置する国をナショナリストとは呼べない。そこにナショナリズムなどない。ナショナリズムという思想は、国民の数を増やし勢力圏を広げるという理念に基づいている。それを縮める国をナショナリストとは形容できない。