妊娠中のジーン・ティアニーは、隔離所を抜け出して来た風疹患者に応じたおかげで感染。産まれた子は重い障碍を背負うことになる。その後女優は偶然当のファンと再会、後者の無邪気な告白から真相を知った。この実話を霊感源としたのが『鏡は横にひび割れて』(と『クリスタル殺人事件』)だといわれる
遠山純生
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余談になるが小学生の頃秋田書店の『怪奇大百科』という本を読んでいたら前記『骸骨面』の写真が掲載されていて、その奇矯さに「何だこれは」となった(下写真)。いつか観たいと願いつつ約10年後に漸く念願叶ったは良いがこんな場面どこにもない。
カウリスマキ『枯れ葉』について以下に書きました。細部に触れているので観賞後に読んでいただくことを推めます
『<アメリカ映画史>再構築 社会派ドキュメンタリーからブロックバスターまで』(作品社)
有名作にも多数言及しているものの、観るのが困難だった映画もある程度突っ込んで論じています。その辺りの補足も兼ねて、今のところ動画で観賞可能な作品(ここ数年で急速に増加)を以下幾つか紹介したい
『白い肌の異常な夜』(71)とボッティチェリのピエタ。
シーゲルがこの種のことをするのはイーストウッドと組んだときだけでは。
つまりこの役者の背後にレオーネを見ているのである。
75年に『ソドムの市』マントヴァで撮影中のパゾリーニ・チームと『1900年』パルマで撮影中のベルトルッチ・チームがサッカー試合した際の写真らしい(左と右上/試合は5対2で後者の勝ち)。サッカー狂パゾリーニ(右下)
『<アメリカ映画史>再構築』で、芸術選奨評論部門の新人賞を受賞しました。関係者のみなさんはもとより、各媒体で好意的に評してくださった方々、読んでくださった方々に厚く御礼申し上げます。
カウリスマキ『汚れた手』(89)英字幕。フィンランドで上演禁止となったサルトルの戯曲を敢えてTV映画化。振り返ってみるとジャームッシュともヴェンダースとも根本的に違うのが解るのだがある種の松竹映画的に消費されている可能性もyoutube.com/watch?v=PXnK8_
パンフには『ミツバチのささやき』と『エル・スール』についての文章も寄せました。『瞳をとじて』はシンプルに楽しめると同時に随所に仕掛けられた様々な暗号に気づけば深みを増す映画で、ある意味『ミツバチ』の頃から変わらない作風。その辺を論じた文章を掲載してくれる媒体がないかと思うのだが
リヴェットが好む1950年以降の映画
「評価」はどうでもいいというか分け隔てない映画好きの感じが多少する
『アメリカの影』(58-59)を起点としてシドニー・フューリー、メカス兄弟、カウフマンらの独立製作映画を渡り歩く原稿その一
いつの間にか上がっていたことを教えて貰ったエリセとキアロスタミの往復書簡映像集。ペルシア語には西語字幕。↓この表紙の本も参照
イオセリアニ自身は生涯の一本として『ミラノの奇蹟』を挙げていて、『アタラント号』と並んでコスモポリタンな=根なし草な映画であることつまりネオレアリズモ映画の対極に位置するのがその理由だと。『落葉』はヌーヴェルヴァーグ映画風でいて主人公の性格はネオレアリズモ映画的だったが
「エリア・カザンは映画監督でなく演出家、むしろ俳優養成者であり、彼の作品は歴史に残らないであろう。俳優だけが残る」(大島渚)
「今アメリカで自分の作りたいように映画を作って成果をあげているのはエリア・カザンだけである」(ロバート・オルドリッチ)
多分どちらも本当
カサヴェテスがブロンディを撮る
ロメールがトリュフォーに『アタラント号』を語らせる。
当初ヴィゴは実在の無政府主義者の半生を描いた映画を作ろうとしていたが頓挫、お仕着せ企画の『アタラント号』を作りながら「自分の作品に」していった。そのお陰で写実主義と詩趣と通俗劇が一体となった魅力が生まれた
カリエールによれば『自由の幻想』の脚本は超厳格な時間割で書かれた。ブニュエルと午前三時間、午後三時間執筆した後、各々自室で30分かけ物語を一つずつ創案。午後七時頃酒場で会ってそれぞれ自作の物語を話す。週一度トレドへ行き同じエル・グレコの絵を10分だけ観賞後、同じ食堂で同じ物を食べる等
ユペールによれば『天国の門』修復作業にはジグモンドが関わっておらず完全にチミノの好みで行われた(二人は折り合いが悪かったが共に2016年死去)。だからソフトを比較すると色鮮やかなBDではなくセピア調のDVD版が撮影監督の好みに近い。因みに起用の理由はヴィオレット・ノジエールだったと
シーゲル同様ブラックリスト脚本家を積極的に登用したオルドリッチであるが、
ファッション左翼のスタンリー・クレイマーを殴って業界を(暗黙に)干されたカサヴェテスをも『特攻大作戦』に起用した。
オルドリッチとしては例外的に即興を大々的に許したらしいその演技はオスカー候補となる。
増村版『暖流』(57)は左幸子の体技もさることながらその「フフフッ」「ウフフッ」の含み笑いとか「ハアァァハハハ」或いは「ウウウーッ」の呻きが可愛いのか不気味なのか不明な儘なのも印象深く。作品歴を見渡すとケイン系の女は日本の風土に合うか合わないか考えさせられる
『早春』公衆浴場の内部(プール除く)の場面はミュンヘンにあるプール、風呂、サウナ等が一つになった施設「ミュラーシェス・フォルクスバート」で撮影された。写真左は、削除された場面(組合のメンバー八名がストライキをめぐって会合を開く)の舞台となった同浴場のサウナ。右は削除場面の脚本。
パゾリーニは細やかな気配りの人だったから『ソドムの市』のような作でも撮影合間の現場は和気藹々としていたと(皆で一緒に食事したり、近くで『1900年』撮影中だったベルトルッチ組とサッカー試合したり)。パゾリーニが『ラストタンゴ』に批判的だったお陰で疎遠になっていた師弟はこの時和解。
ポラークのチェコ製SF『イカリエXB-1』(63)もレムが土台。『2001年』準備段階でキューブリックがこれを参照したのは間違いないようである。通路や宇宙服の意匠、TV電話、最後に登場する新生児、等々。ユラーチェク(脚本担当)は他の自作同様この映画にも「ヘロルド」という名の人物を登場させた。