地球温暖化はいい面もある?「気候変動の解説のおじさん」東大・江守正多教授の答えは

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東京大学未来ビジョン研究センター教授/江守正多

シリーズ・気候変動と脱炭素の「ホント」を探る② 気候科学者・江守正多さん(後編)

気候変動や脱炭素について、ちまたで情報が錯綜(さくそう)している話の本当のところはどうなのか、科学者や専門家へのインタビューを通して探っていくこのシリーズ。

今回は、「地球温暖化の影響はたいしたことがない」「地球温暖化にはいい面もある」といった話について、本当のところを探っていきます。

前回に続き、地球温暖化について研究し「気候変動の解説のおじさん」として情報発信にも取り組む気候科学者の江守正多・東京大学未来ビジョン研究センター教授に聞きました。(聞き手 ライター・編集者/小泉耕平)

Q6:100年間で1度くらいの温暖化なんて、たいして影響ない?

──ここまでの世界の年平均気温の上昇ペースは、100年間で0.77度とされています。日本の場合はこれより速く、100年間で1.4度上昇しました。こうした数字を見て、「100年間で1度くらいの上昇なら、10年間でたった0.1度の変化。たいしたことないんじゃないか」という意見もあるようですが。

地球が直近で一番寒かったのは、最終氷期最盛期と呼ばれる約2万年前です。そこから、氷期から間氷期への変化があって、数千年かけて5度ほど気温が上がりました。これは地球からしたら極めて大きな変化なのですが、そのペースが数千年で5度です。100年で1度という変化のスピードが、いかに速いかがお分かりいただけるかと思います。

この急激な変化に、人間社会が、そして動植物の生態系がついていけるか、という点を議論しなければいけないのです。数字が小さいから大丈夫、などとイメージだけで考えてはいけません。

西暦1年からの世界平均気温の変化のグラフ
西暦1年からの世界平均気温の変化(灰色の実線は古気候からの復元値、黒の実線は観測値)。近年の温度上昇により、過去10万年で最も温暖だった期間の気温をすでに上回ろうとしていることがわかる(IPCC第6次評価報告書・第1作業部会報告書の気象庁暫定訳より)

──そもそも、日本は100年間で1.4度と、世界平均である0.77度の約2倍のペースで温暖化していますね。このあたりは、かなり地域差があるのですか。

その通りです。まず、陸のほうが海よりも温度が上がりやすく、世界平均の気温上昇ペースも、陸域に限ると100年間に0.91度になります。

地域差を見てみると、内陸部や高緯度地域の方が気温の上昇は急激になります。内陸部には気温上昇を和らげてくれる海がありませんし、高緯度地域ではそれまで太陽光を反射していた雪や氷が解けることで、熱をより吸収しやすくなるからです。

日本は中緯度で海に囲まれてはいますが、温度上昇が激しいユーラシア大陸内陸部の風下にあたることもあって、比較的、温暖化の影響を受けやすい地域だと言えます。

現在、世界各国は世界平均の気温上昇を産業革命前と比べて1.5度以内に抑えようと努力していますが、実際に世界平均で1.5度気温が上昇したとすると、その時点で日本はそれ以上に暑くなっていると考えられます。

Q7:温暖化で作物の収穫量が増えるなど、良いこともある?

──大気中のCO2が増えることで植物の光合成が活発になるし、温かい方が植物は育ちやすい。作物の収穫量は増えるはずで、温暖化には良い影響もあるではないか、という主張もあります。

こうした主張は以前からあって、アメリカのトランプ政権が7月に公表した気候変動対策の必要性を否定する報告書にも、そのような記述がたくさんあります。この報告書の作成には、アメリカの温暖化懐疑論者のオールスターのような人々が参加しています。

まず、作物の収穫量は光合成だけで決まるわけではなく、高温障害、水不足や病害虫が増えることなど他のさまざまな要因を合わせて考えると、農業へのマイナス面の方が大きいというのが、この分野を研究してきた科学者たちの主流の見解です。

気候変動に要因特定される生態系や人間システムへの影響の図表
世界全体及び地域的に観測された気候変動に要因特定される生態系や人間システムへの影響。「-」は悪い影響の増大、「+-」は良い影響と悪い影響の増大。丸の色が濃いほど確信度が高い。農業分野では「+-」が比較的多いものの、全体としては「-」が目立つ(IPCC第6次評価報告書・第2作業部会報告書の環境省暫定訳より)

昨今の日本各地の高温障害による農作物への被害のニュースを見ても、これは明らかなのではないでしょうか。

今世紀半ばには日本のミカン栽培の適地が北に移動して、代わりにアボカドの適地が現在の2.5倍に広がるという予測もありますが、ただでさえ高齢化と後継者不足に悩む日本の農家がこうした急激な変化に適応していくのは簡単ではないと思います。

──温暖化によって冬の寒さが和らぐことで、人間の健康面にも実は良い影響がある、という主張もありますね。

北欧やカナダなど高緯度の地域では気温が上がることで、寒さによる被害が減って健康に良い影響が出る側面はあると思います。それに加えて、農業の生産性も上がるかもしれない。

しかし同時に、低緯度地域では人間が暮らしていけないほどの高温になって健康被害が続出し、農業の生産性も下がる。低緯度地域は今も発展途上国が多いですから、南北間の貧富の格差はますます拡大します。果たして、それでいいのでしょうか。私には、とても不公平なことに思えます。

食料自給率の低い日本は多くの食品を輸入に頼っていますから、こうした話は他人事ではありません。海外で農作物に大きな被害があれば、それは輸入食品価格の高騰となって、私たちの生活に跳ね返ってきます。

Q8:大雨が増えているというのは事実なの?

──気候変動の影響で大雨が増えているということについても、本当なのかと疑問を呈する声があるようですが。

大雨や台風というのは自然の変動が大きいので、気温に比べて統計データから明らかなトレンドを見いだしにくいという事情があります。また、被災者数や被害額などは、時代が変わる中で人間が住む地域やインフラの強度、資産価値なども変わってきているので、トレンドを議論することは難しいでしょう。

それでも、日本の大雨の頻度は統計的に見ても明らかに増えていると、気象庁がデータをもとに発表しています。1時間降水量が80mm以上、3時間降水量が150mm以上、日降水量が300mm以上などの強い雨の頻度が、1980年代と比較しておおむね2倍程度に増加しているのです。

全国(アメダス)の日降水量300mm以上の年間日数の推移のグラフ
全国(アメダス)の日降水量300mm以上の年間日数の推移。青線(5年移動平均値)、赤線(この期間の平均的な変化傾向)とも上昇傾向を示している(気象庁サイト「気候変動ポータル」より)

気象庁は、評価をより確実にするためにはさらなるデータの蓄積が必要だとしながらも、これらの変化には地球温暖化が影響している可能性があると表明しています。

理論的にも、温暖化による大気中の水蒸気の増加によって一つひとつの大雨が強められることは明らかです。

シミュレーションを元に異常気象の確率を計算する「イベント・アトリビューション」という手法を使った分析では、2018年に大きな被害をもたらした西日本豪雨は、温暖化によって3.3倍起こりやすくなっていた、という研究結果もあります。

統計的にはまだデータが足りない面はありますが、こうしたことを総合すると、大雨の増加に地球温暖化の影響があることは明らかだと考えていいと思います。

Q9:日本だけが脱炭素を進めても意味がない?

──日本の温室効果ガス排出量は世界5位で全体の約3%。排出量トップ3の中国、アメリカ、インドが排出量を減らさない限り日本ばかりがいくら努力しても意味がない、という議論も根強くあります。

日本だけが対策しても意味がないというのは全くその通りで、誰も否定はしないと思います。ただ、現状で他の国は対策していなくて、日本だけがやっているんでしょうか。

「日本だけが一生懸命やっているのに、国際的にはすごく批判されている」と思っている人もいるようですが、これはある意味すごく自意識過剰な考え方で、日本だけが責められているということは全くありません。

日本は、COP(国連気候変動枠組条約の締約国会議)の場で環境NGOが気候変動対策に後ろ向きな国に贈る不名誉な賞である「化石賞」を何度も受賞しています。日本がもらった時だけ大きく報道されるので「日本だけ批判されている」というイメージになってしまっていますが、「化石賞」は日替わりで他の国々にも贈られていて、日本だけということはありません。

また、他の国が対策をしていないということもありません。アメリカはトランプ政権になって難しい局面に入っているのは確かですが、カリフォルニアやニューヨークなど、州政府レベルでは再生可能エネルギーの積極的な導入が続いています。テキサス州などは州政府が保守的であるにもかかわらず、経済的に有利であるという理由で再エネが増えています。

中国は一番の排出国として批判されがちですが、再エネと電気自動車をものすごい勢いで増やしていて、昨年、CO2の排出量が増加から減少に転じたのではないかと言われています。

中国の再生可能エネルギーの発電電力量の推移のグラフ
中国の再生可能エネルギーの発電電力量の推移。2010年代以降、風力発電と太陽光発電が大幅に増加している(「Our World in Data」より)

脱炭素対策というのは基本的にみんながやらなければならないので、日本だけがやらないで済ますということは、やっぱりできないのです。むしろ、脱炭素に向かう新しいルールの中でビジネスをやっていく別の競争が始まっていて、日本だけがやらなければ、そこに取り残されるリスクが出てきます。

さまざまな理由で日本の脱炭素対策を遅らせたいと思っている人たちが、「人間の活動によって地球温暖化が起きている」という前提から疑う説をばらまいて、この問題がまだ科学的に論争状態にあるという印象を社会に与えようとします。そういう人たちこそが日本にビジネス上のリスクをもたらしているといえるのかもしれません。

そのような意図を持った情報を注意深く見極め、本当にこの問題について研究している世界中の科学者たちが何を言っているのか、耳を傾けていただきたいと思っています。

江守正多(えもり・せいた)
1970年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。1997年より国立環境研究所に勤務。国立環境研究所気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域副領域長等を経て、2022年より東京大学未来ビジョン研究センター教授。総合文化研究科教授を兼務。IPCC第5次、第6次評価報告書主執筆者、第7次評価報告書査読編集者。

小泉耕平
小泉耕平 ( こいずみ ・こうへい )
ライター・編集者
雑誌「週刊朝日」やweb媒体「telling,」などで記者や編集者として約20年間活動し、2023年にフリーランスに転身。気候変動問題をはじめとした社会課題、時事問題、ビジネスなど様々なテーマを取材する。 小泉耕平の記事一覧

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