「自分の弁護で死刑にしてしまった」十字架背負う弁護士 死刑囚との伴走が生んだ「奇跡」
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主なヤフコメは?
- 弁護士は感情に流されず、法と証拠に基づいて依頼人の権利を守るべきであり、被告の行動が死刑に至ったことを受け止めるべきだと考えています
- 重大事件では早期の心理鑑定が重要であり、弁護士の力量だけでなく制度の限界も考慮すべきだという意見もあります
関連ワードは?
- 死刑制度
- 弁護士
- 心理鑑定
コメント1809件
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死刑に値する罪を犯した容疑者であれば「自分の弁護で死刑にしてしまった」の感情は、弁護士として持っているのかもしれませんが個人的には違和感しか覚えません。 容疑者が死刑となっても被害者からすれば辛いことがなくなるわけではないと思います。 容疑者の判決を少しでも軽くすることが弁護士の仕事かとは思いますが昨今の弁護士の減刑理由は、世間一般的な常識とは乖離しており、ある意味屁理屈ではないかとも感じていました。 弁護士として容疑者に寄り添うことも大切だとは思いますが、日本はあまりにも加害者の人権に配慮し過ぎではないかと思います。 加害者以上に被害者救済を優先すべきではないでしょうか。
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この死刑囚は本当の意味で更生されたと思います。「罪の重さ」に耐えきれず、刑の早期執行を求める上申書を密かに作成した。これは罪の重さを理解すれば、本当に更生されてまともな人間になったと考えれば、死刑にならなくとも生きていけない。犯したの罪の重さに対して人は後戻りはできないと思います。最後に絵の事がわからない私ですが、なんか凄い優しい絵だと感じました。
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無罪であると信じた被告を死刑にしてしまった後悔であれば少しは理解しますが、 多くの人を殺め、無期懲役か死刑かを争った裁判であれば弁護士が十字架を背負う必要があるでしょうか。 理不尽に殺害された被害者遺族からすれば、無期懲役どころか、たとえ極刑が言い渡されたとしても納得することは出来ないでしょう。 被告側、被害者側、それに関わる方々、それぞれ言い分もあるでしょうが、少なくともわれわれ一般部外者がこの記事を読んでも何か特別な感情が沸くとは思いません。
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自分がこの男の立場だったらスッと離れるだろう。価値観が違うのは受け入れられるがあまりにも違いすぎたり、一緒にいることで自分が自分のようでなくなるような人とは自分から身を引き、自分らしく生きていくほうがいいと思ってます。姑から虐められるほど弱い人間でありたくないし、あまりにも酷ければ殺す前に殺気を出しますね。こんなしょうもない姑のせいで自分が殺人犯になりたくもないですし、子と離れる辛さはあるだろうがそれでも嫁と離れて自分らしく生きていく。たとえ虐められたとしても気にせず自分らしく楽しく生きていく。結婚とは相手だけではなく相手の家族含めてのもの。だから余計難しい。
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何気なく読み始めた記事が、気がつくと最後までのめり込むように読んでいて、いつも最後に西村記者の記事だったと分かる。 何が正解かわからないけれど、読む人それぞれが思考を巡らせ、自分の中の答えを自然と求めるようになる。 いい記事を書くいい記者だな、と読むたび感心させられます。
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この事件は、妻・生後5か月の子ども・義母の3人が殺害された家族内事件で、裁判員裁判では死刑と無期懲役で判断が分かれたとされている。一審の段階では心理鑑定が行われず、元自衛官の被告が動機をうまく説明できなかったことが量刑判断に影響した可能性が指摘されている。実際、後に提出された心理鑑定では強い孤立感や視野狭窄が分析されていた。 被害者遺族の一部は最高裁に「死刑にしないでほしい」という上申書まで提出している。これは弁護士の力量の問題というより、重大事件ほど心理鑑定を早期に行うことが重要だということを示したと思う。記事が弁護士に寄り添いすぎたため、かえって死刑囚や死刑制度の論点が読者に分かりにくくなったのではないか。
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弁護士の仕事は、本来感情論で物事を語ることではありません。世論の空気や個人的な好き嫌いではなく、法と証拠、そして手続きに基づいて依頼人の権利を守ることにあります。とりわけ刑事弁護人であれば、世間から強い非難を受ける事件であっても、冷静に事実関係を精査し、適正な裁判が行われるよう尽力する姿勢が求められます。 「ショックだ」「つらい」といった感情を中心に語ってしまうのであれば、少々疑問を抱かざるを得ません。もちろん人間である以上、心が動くこと自体は自然です。しかし、公の場で弁護士として語る以上、まず述べるべきは判決内容の法的妥当性、審理の適正さ、量刑判断の根拠、そして今後の手続き上の論点でしょう。 弁護士は感情に流される立場ではなく、感情が渦巻く社会の中でこそ冷静に法の原則を守る専門職です。世論や空気に左右されず、依頼人の権利と適正手続きを支えることが本来の役割です。
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この事件を通して強く思ったのは 誰かに犯罪を犯させるような言動は関わるすべての人を不幸にするということです。 この義母が娘婿にひどい扱いをし、妻もそれを阻止できなかったか、しなかった。こういう事例って世の中にたくさんあるのではないでしょうか。 家族であっても相手を尊重して、相手の幸せを願った言動ができる人間でありたいと思います。 哀しい事件です。
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記事を読みましたが、どんなに過酷な家庭環境や精神状態があったとしても、ましてや自分の家族を含む3人もの命を奪ったという事実は変わりません。 弁護士の方は「自分の弁護で死刑にしてしまった」と悔やんでおられますが、それは違うと思います。弁護の仕方がどうあれ、死刑という結果になったのは被告自身が行ったことが原因です。 背景を理由に減刑を求めることには違和感を覚えますし、命を奪うという一線を越えてしまった以上、法の裁きを真摯に受け止めるべきだと思います。
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この記事は弁護士と死刑囚の関係やその歩みを描いたものですが、読んでいて「人の命がかかる判断が、人間の理解力や表現力に依存してしまう構造」に強く考えさせられました。 結果責任として極刑という考え方自体は理解できますし、命は命でしか償えないという感覚もあります。 ただ一方で、弁護の進め方や動機の伝わり方によって量刑が揺らぎ得る現実を見ると、その判断を人が担うことの限界も感じます。 不可逆な刑罰である以上、こうした揺らぎとどう向き合うのか、制度としてもっと考える必要があるのではないでしょうか。 最後は、制度の限界そのものを突きつけられるようで、とても考えさせられました。
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