「自分の弁護で死刑にしてしまった」十字架背負う弁護士 死刑囚との伴走が生んだ「奇跡」
「自分の未熟な弁護が1人の青年を死刑にしてしまった」 16年間、奥本章寛死刑囚(38)を弁護してきた黒原智宏弁護士(52)はその十字架を背負って生きてきた。 【写真で見る】「自分の未熟な弁護が…」弁護士と死刑囚が歩んだ16年間 自分の家族3人を殺害した事件だが、家族内で起きた事案の場合、背景事情が考慮されて無期懲役にとどまった例は少なくない。実際に奥本事件の裁判では、裁判官と裁判員の計9人の量刑判断は死刑と無期懲役に分かれたとされる。死刑が確定した奥本死刑囚だが、黒原さんについて「生きる力を与えてくれる大恩人」と絶対の信頼を寄せ続けている。
「私が奥本を助けているのではありません。逆に彼から支えられているのです」。2025年9月、黒原さんは奥本死刑囚の家族や支援者が出席した集会で涙を流した。 2人が伴走した日々。その歩みは新たな「奇跡」を生んだ。死刑囚と弁護士の16年の軌跡を取材した。 (TBSテレビ 西村匡史)
最初の接見、異様な雰囲気だった奥本死刑囚
2010年3月、黒原さんは宮崎県弁護士会から依頼を受けて、国選弁護人として車で宮崎北警察署に向かっていた。自身の妻と生後5か月の長男、同居していた妻の母親を殺害した容疑で勾留されている奥本死刑囚と接見するためである。 黒原さんは面会室に現れた奥本死刑囚の最初の様子に異様な雰囲気を感じている。髪の毛はボサボサに伸び、人間というよりは森の中で生息していた野生の熊が突然、街に現れたかのよう。何よりも気になったのは取り憑かれたものから一気に解放されたような、ほっとしたような表情をしていたことだ。 「もう限界でした。あのような状態になったら、必ず妻の母を殺して、またほっとしたんだと思います」 犯行の直接のきっかけは、以前から度重なる叱責を受けていた義母から何度も頭を叩かれ、地元の人たちを差別的な発言で見下されたことだった。
妻子殺害の動機 裁判で言葉にできなかった
量刑が最大の焦点となった一審の裁判員裁判。義母から逃れることが最大の動機だったが、なぜ妻と息子まで殺害したかについては、奥本死刑囚自身も当初、その理由を言葉にして説明することができないまま裁判に突入してしまった。結果論となってしまうが一審の前に心理鑑定をしていれば「死刑を免れた可能性がある」と、黒原さんは自責の念に駆られている。 「本来は専門家である臨床心理士が、奥本が示した客観的事実をもとに心の動きを解析しなければなりません。しかし私はそれを奥本自身に無理やりやらせようとしてしまいました。致命的なミスです」 奥本死刑囚は妻と息子まで殺害した理由を追及されると「わからない」という回答を繰り返し、裁判員らに「反省していない」という印象を強く与える結果になった。 2010年12月、宮崎地裁は奥本死刑囚に死刑判決を言い渡した。判決理由で「動機の詳細を『わからない』と繰り返すなど、内省の深まりは乏しい」と指摘している。 奥本死刑囚が退廷した後も、法廷に残された黒原さんは傷心のあまり、しばらく席を立つことができないでいた。