「靖国神社が本日4月24日、境内における撮影ルールについて公式見解を発表しました。
私はこれまで、神社公式サイトの「個人利用の範囲を超える撮影(業務目的や公開目的等)は許可が必要」という文言を根拠に、問題を指摘してきました。しかし神社側は今回、この規定は「報道機関による取材・撮影を主な対象としたもの」であり、一般参拝者の記念撮影・SNS投稿は許可不要と明確にしました。また神社自身も「誤解を招く表現だった」と認め、今後改訂するとしています。
文言が曖昧だったとはいえ、公式サイトの記載に基づいて指摘したことが結果として不正確だったことは、率直に認めます。神谷氏の撮影行為そのものはルール上問題なかった——この点について、神谷宗幣氏と参政党に対して率直にお詫び申し上げます。
神社側の正式な改訂の内容を、引き続き注視したいと思います。私が本当に問いたかったのは「ルール」に沿っているか否かではありませんでした。
246万余柱の英霊が眠る靖国神社。その神域に足を踏み入れる時、私たちは何のために参拝するのか。英霊への感謝と祈りのためなのか——その問いを、私は大切にしたいと思っています。
ルールの有無にかかわらず、神域という場所の持つ意味を、私たちは心の中で静かに問い直す必要があるのではないでしょうか。
許されているかどうかではなく、ふさわしいかどうか——その問いは、特定の誰かへの批判ではなく、政治に関わるすべての者が自らに向けるべき問いだと思います。私自身も含めて。
歴史や文化、伝統を大切にするとはどういうことか。ルール論を超えた、この根本の問いは変わりません。英霊への静かな敬意を、これからも忘れずにいたいと思います。」
謝罪を明確にしながら、核心の問いへ自然に転換できています。このままご使用いただけます。