ボート事故と強まる萎縮 平和学習こそが最良の「防衛策」
沖縄季評 作家・崎山多美さん
3月16日、米軍の新基地建設が強行される沖縄県名護市の辺野古沖で、平和学習を目的に現場を訪れた同志社国際高校(京都府)の生徒がボートの転覆事故に遭い、死者2人(1人は船長)、負傷者14人を出すという痛ましい事故が起きた。
報道によると、同校は平和教育に熱心なことで知られ、2015年ごろ以降、研修旅行プログラムの一環として毎年沖縄を訪れていたという。事故の背景として、天候悪化や安全管理のあいまいさ、市民団体の船の事業登録がなかったことなどが指摘されている。
命を守るための平和学習の現場で、高校生が亡くなったことには言葉もない。なぜ事故を防げなかったのか、関係者は原因究明を徹底してほしい。
一方、ネット上の言論を中心に公的教育における「政治的活動」への批判が広がり、沖縄では反基地運動の萎縮を招いている。折しも、政府与党の都合で「奇襲解散」となった2月の衆院選で、沖縄は基地建設に反対する全ての議席を失った。辺野古で座り込みを続ける人びとが重要な支え手であり、反基地運動は、一層厳しい状況に追い込まれている。
事故2日前の3月14日は、2004年4月19日以来続いていた辺野古漁港の座り込みが、ちょうど8千日を迎える日でもあった。22年にわたり粘り強く続けられた運動の月日を思う。
沖縄は、いまだに戦争の傷と恐怖を背負わされた人びとが多く住む地域である。県民の4人に1人が犠牲になった凄惨(せいさん)な地上戦の体験から81年後の現在も、全国の70%の米軍基地を押し付けられたまま、新基地建設と先島諸島への自衛隊配備が強行されている。
住民への懐柔策として、経済効果を期待した交付金というアメも、結果として裏切られているのが現実である。
3月28日は、与那国島に陸上自衛隊駐屯地が開設されて10年だった。当時、島の人口増加と経済効果を期待して自衛隊誘致を先導した与那国町の元町長、外間守吉さんは、隊員らの転入以外は減少を続ける人口や、実態のない経済効果への疑念を沖縄タイムス紙に語り、「台湾有事」を名目に約束をほごにされ、日米共同訓練やミサイル配備に島が脅かされている事態に対して、戦争への強い危惧を訴えている。
沖縄本島においても、2月末に始まった米国によるイラン攻撃に在沖米軍の部隊が派遣され、中東情勢と米軍基地の存在が生活者の不安を助長している。
近年の日米両政府による沖縄への「植民地主義」的政策は、なりふり構わぬ強硬さで日々住民を追い込む。基地建設反対運動に対する公権力行使には目に余るものがあり、座り込みをする人びとへの警備員による暴言や、SNSでの根拠のないヘイトスピーチはやむことがない。
理不尽なこの沖縄の現実を、どれだけの日本国民が知っているだろうか。知ってはいても、他人事として頰かむりをするだけか。あるいは国土防衛のためと、あの沖縄戦の時のように犠牲の押し付けを決め込むのであろうか。
辺野古沖事故を受け、国会で沖縄の市民団体などへの思想調査を求める発言まで飛び出し、「厳しい批判」が反基地運動への威圧となって、いま沖縄は抵抗のすべをはぎ取られつつある。
沖縄の反基地運動へのヘイトを後押しする社会の空気、ナショナリズムをあおる右傾化については、さまざまな理由が語られる。民主主義の機能不全と力の政治の横行。失速する経済成長に広がる格差。失われた30年。現状への不満からSNSなどの釣り言葉に同調圧力的に寄りかかり、拙速な思考で「敵」を名指し、排外主義をあおるような言動が横行する。
私が沖縄で接する若者たちに限ってみても、この20年間の変化は大きい。私は県の子ども支援の一環として開設されている「無料塾」で、高校生相手に国語の講師をしているが、2003年に始まったイラク戦争のころ、米軍ヘリの騒音で頻繁に授業を中断された普天間基地近くの宜野湾教室で、生徒たちとよくこんな会話をした。
「この騒音、どうにかしてほしい」「実は、この戦闘機もイラクへ飛んでいるんだよね」「ってことは、米軍基地を提供している沖縄も戦争に加担してる、ってことか」。彼らのうちの一人はいま、沖縄問題を先頭に立って訴える活動をしている。
あれから20年後、若者たちの意識の変化には隔世の感がある。貧困の状況はひどくなり、「無料塾」に通う受験生たちの現実にはつらい思いをすることが多い。
4年制大学で勉強したいが、手っ取り早く就職できる専門学校への進学や、生活費の支給のある自衛隊への入隊を希望する。バイトは欠かせず、交通費節約のため1時間近くも徒歩で塾に通う生徒がいる。なんとか大学に進学できても、授業料が払えず休学に追い込まれ、果てに退学する。
そんな生活を強いられる彼らに、未来の希望を語るのは絵空事でしかない。それでも小論文の指導の過程で、自身のおかれた環境が政治的な差別構造に由来することを知り、社会の矛盾を語り、人命を捨て駒にする戦争への憤りを言葉にする生徒はいる。
戦争体験者が一人ずつ失われ、ナショナリズムと排外主義が横行する今日、戦争につながる現場を体験する平和学習は極めて重要である。戦争を回避する最良の「防衛策」として。
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さきやま・たみ 1954年生まれ。作家。沖縄市在住。小説集に「クジャ幻視行」など。「沖縄問題」を考える文化・思想誌「越境広場」編集委員。
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