比鷺の心臓が胸の内で忙しなく鼓動しているのが、距離を通しても伝わってくるようだった。だが、その硬くなった表情も、ぎこちない歩みも、今の俺にはたまらなく愛おしい。
「お風呂、ありがとう」
声をかけられた瞬間、自然と目元が緩むのが分かった。
駆け寄りたいのか、それとも踏みとどまりたいのか。揺れる足取りは甘さを孕んでいる。
「こっちへおいで」
声をかけると、比鷺は一度、小さく息を止めた。
手を伸ばせば触れられる距離。
俺は躊躇わず、比鷺を腕の中に引き寄せる。
「緊張しているのか?」
聞かなくても分かっている。それでも、比鷺の口から聞く言葉が欲しかった。
「うん。……だって、先生に触れられるのは、いつだって特別だから」
今度は俺がどきりとさせられる。
「そう言われると、俺も緊張してしまうな」
二人の距離が完全にゼロになる。
この甘ったるい緊張の中で、俺たちはただ、互いの体温を確かめ合っていた。
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