性加害のプロセスの一つに、「エントラップメント型」と呼ばれる類型がある。エントラップメント(entrapment)とは、「罠にかけること」を意味する。
性暴力被害者の心理に詳しく、刑法の性犯罪規定に関する法制審議会で委員を務めた齋藤梓さん(上智大学准教授)は、エントラップメント型は他の性加害のパターンと比べて特に数が多く、最も典型的だと指摘する。
それにもかかわらず、この類型による同意のない性的行為は「性暴力」だと社会で認識されにくいという。
エントラップメント型の性暴力にはどのような特徴があるのか。同意のある性行為と決定的に異なる点とは。齋藤さんに話を聞いた。
相手の逃げ道を奪っていくプロセス
「性暴力被害の実際」(金剛出版)の編著者の一人で公認心理師の齋藤梓さんによると、齋藤さんら研究チームが性被害を受けた成人女性たちにインタビューをした結果、同意のない性交に至るプロセスには「奇襲型」「飲酒・薬物使用を伴う型」「家庭内の性暴力型」、そして「エントラップメント型」という大きく分けて4つのタイプがあることがわかった。
この調査では、エントラップメント型が特に多かった。他の3つの加害プロセスにもエントラップメント型の特徴がみられ、同意のない性交の中で最も典型的なタイプと考えられるという。
エントラップメント型は、どのような過程を経るのか。
「エントラップメントは、一言で表すと『故意に罠にはめていく、相手の逃げ道を奪っていく』プロセスです。この名称は、性被害に遭い、調査に協力してくださった方が語った『罠にはめていく感じがする』という言葉から着想を得ました。加害者は、日常会話の中で自分には力があると相手に伝えて権威づけしようとし、一方で相手には価値がないとか、立場が弱いことを認識させるような言動をとります。
例えば、部活の指導者が『自分はこの世界ですごく顔が利く』『そんなんだから成功しないんだ』などの上下関係を固定化させる発言を繰り返す場合があるほか、会社の上司であれば社会的な上下関係を利用します。コミュニティ内で力を持っている人の場合、言動で上下関係を固定化させなくても、力関係の上下はもともとあると考えられます。
明確な暴力がなくとも逆らえない状態に追い込んだ時、加害者は被害者を呼び出して2人きりの空間を作ります。そこで突然『パートナーはいるか』『セックスしたことはあるか』などとプライベートな領域の質問や性的な話をして、性行為を要求します。被害を受ける側が驚き、戸惑っている間に、性的なことが進んでしまうのです」(齋藤さん)
加害者は、職場の上司など被害者より立場が上で見知った人であることもあれば、路上で声をかけられ、断り切れず個人情報を引き出された後に被害に遭うなど、見知らぬ人のケースもあるという。
いずれの場合でも、「力関係の上下を使って被害者を追い込んでいく、というプロセスが共通しています」と齋藤さんは話す。顔見知りで、かつ被害者が相手を信頼し尊敬している場合は、「加害者がそうした被害者からの好意を利用する形で逃げ道をふさぐことがある」と指摘する。
「加害者の機嫌を損ねて不利益を受けることを恐れる」
齋藤さんによると、上下関係が固定化されたエントラップメント型は、被害者が明確に性的行為を拒否することが特に難しいという。なぜなのか。
「被害を受ける側は、『波風を立ててはいけない』『大ごとにしたら自分に不利益なことが起きるかもしれない』という心境に置かれ、明確に断れなかったり抵抗できなかったりします。相手の機嫌を損ねて不利益を受けることを恐れるため、受け流そうとすることもあります」
被害に遭った人が、その後加害者に順応・迎合するような行動をとる場合もある。齋藤さんは、こうした性的行為の「後」の被害者の行動をもって、その行為に同意があったかどうかを判断することは困難だと強調する。
「上下関係が固定化されているとき、被害者は相手を怒らせるようなことはできません。そのため、被害後に相手におもねるようなメールやメッセージを送る、自分から会いにいく、加害者とラブホテルに行くといった行動をとることがあります。
性暴力を受けた後の被害者の反応と行動は暴力の影響を受けたものになるので、それらをもって、暴力があったかや、性行為に同意があったかを判断することは難しい。なので、それ以前に固定化された上下関係があったか、出来事が発生するまでのプロセスに暴力があったかを見ることが大事になります」
同意のある性行為との決定的な違い
エントラップメント型では、被害者が自分の身に起きたことを性暴力だと認識することが難しい傾向にあると齋藤さんは言う。
「『自分が同意していなければ性暴力』という認識がまだ社会で十分に浸透していないので、同意していなかったということはわかっても、それが性暴力だという考えに結びつきづらい。性被害に遭ったら抵抗できるものだ、という誤った認識が今も社会にあって、それを個人が内在化しているとき、『抵抗できなかった自分が悪い、従ってしまった自分が悪い』と思ってしまうのです」
自分の身に起きたことが性暴力だと認識できることは、被害者の回復にとって重要だという。
「自分は性暴力を受けた人間だと気づく瞬間、つまり他者から虐げられ、暴力を振るわれた存在だと知るのはとても苦しいことです。それでも、起きたことが暴力だったとするならば、悪いのは自分ではなく相手であること、そして誰かに相談し、支援を求めていいということに気づけます。
『あなたが受けたのは暴力であり、支援を受けるべきだ』と身近な人がきちんと伝えられるかどうかは、被害者の回復の道のりにとって極めて大きな意味があります。だからこそ、同意のない性的行為は性暴力だという認識が社会に根付いてほしいですし、現実に起きている性加害のプロセスを知ってほしいです」
同意のある性的行為と、同意のない性的行為。その決定的な違いは、「日常生活において対等な関係性があるか」という点にあると齋藤さんは強調する。
「私たちの研究チームの調査では、性行為よりも前の段階にある日常会話の中で、自分の意思や感情を尊重されていることへの安心感があって初めて性的な行為の時にも同意・不同意を表明できることがわかりました。これは、加害者が上下関係を作り上げて、断れない状況に追い込むというエントラップメント型のプロセスとは対照的です。
ある出来事が同意のない性交かどうかを考えるときは、行為時点の同意の有無だけでなく、その前から拒否を含めてお互いの意見を尊重し合う関係性にあったかをみることが必要です」
(取材・執筆=國﨑万智)