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文意のゲシュタルト崩壊

まあ、まずこの写真をご覧ください。

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すごいですよ、これは。

一旦、そのまま書き起こしてみましょう。

右:ICカードで愛環に乗車された全てのお客様は水色の改札機にタッチしてください
左:ICカードで愛環に乗車される全てのお客様はピンク色の改札機にタッチしてください

「愛環」というのは、鉄道の名前(愛知環状鉄道)です。

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この駅のホームには、水色の改札機とピンク色の改札機が背中合わせに並んでいます。
愛環に乗る時には、写真でいうと左奥から手前へ向かう動線になるので、歩いてきたら正面に当たるピンク色の改札機をピッてします。
また愛環から降りる時には、手前から左奥へ向かう動線になるので、同じく正面に当たる水色の改札機をピッてします。

この駅にはJRと愛環という別会社の2路線が走っていて、JRから愛環へ、または愛環からJRへ乗り換える場合には、ホームに設置してあるピンクor水色の改札機を通す必要があります。これはまあ普通ですよね。

しかしどうやら、駅構外から直接この駅を利用する場合は、改札口にある改札機と、この水色/ピンク色の改札機の「両方」でICカードをタッチしないといけない仕組みになっているようです。

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そのため、駅構内で乗り換える人も、改札外から一旦改札を通って来た人も、「全員」必ず色付き改札機に(再度)ICカードを通さなきゃいけないんですね。
だからわざわざ、こんなに強調して掲示しているということみたいです。

いや、そんなのはまあ良くて。

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面白すぎる。この掲示。

右:ICカードで愛環に乗車された全てのお客様は水色の改札機にタッチしてください
左:ICカードで愛環に乗車される全てのお客様はピンク色の改札機にタッチしてください

2つの掲示で、異なる文字だけを太字にするとこうなります。

右:ICカードで愛環に乗車され全てのお客様は色の改札機にタッチしてください
左:ICカードで愛環に乗車され全てのお客様はピンク色の改札機にタッチしてください

違いは、たったこれだけ。
違いだけを抜き出すとこうなる。

右:た 水
左:る ピンク

他は全部、同じ文字なんです。
ほとんど全く同じ文章が2つ並んでいると言っても良い。
それなのに、この2つは明確に異なる命令をしています。乗車「された」人は水色に、乗車「される」人はピンク色にしなきゃ"ダメ"なんです。どういう時が水色で、どういう時がピンクなのかを正確に理解しないとダメな情報なんです。知っておトクな情報じゃなくて、知らなきゃミスる情報。

そういう緊張感を持ちながら、試しにもう一度文章を読み比べてみてください。

右:ICカードで愛環に乗車された全てのお客様は水色の改札機にタッチしてください
左:ICカードで愛環に乗車される全てのお客様はピンク色の改札機にタッチしてください

間違えない自信が本当にあるだろうか?
いや、間違えないんですけど。

でも、どうですか?
自分が水色とピンク色どっちの改札機を通すべきなのかを判別する分岐が、「た」or「る」というたった1文字の助動詞だけなんですよ?結構緊張しませんか?
「俺は……"る"で合ってるよな……!??」みたいな、一瞬だが決定的な狼狽。スッと理解することもたやすいはずなのに、一度立ち止まってしまったら最後、「た」か「る」か「た」か「る」か、自分はどっちなのかわからなくなり始めてしまう。

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しかも、「である」「でない」というYES/NO対比じゃないですからね。時制の対比ですからね。
「乗車された」だったら過去(完了)形なので「自分は電車から降りた→乗車をすでにしていた→乗車された→水色だ!」という、ちゃんと考えたら結構きっちり手順を踏まないと自分がどっちなのか判別できないんですよ。ちゃんと考えたらね。
そしてそのすぐ隣に「乗車される」っていうほぼほぼ同じような意味の言葉があって、自分がどっちなのか余計悩まされる。「乗車される」が現在形なんだがこういう場合の現在形は近未来(be going toみたいな)を表すのでより一層ややこしい。ただの時制でもない、ほんの少しだけ込み入った時制の対比。

これはえらいことですよ。
文字のゲシュタルト崩壊ではなく、文意のゲシュタルト崩壊を起こしている稀有な磁場です。

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いやね、実際のところはちゃんと読まなくてもまず間違えないんです。
さっき説明した通り、色付き改札機はちゃんと各々の進行方向に沿って反対向きに並べられているので、普通に歩いてれば規定の色の改札機に自然とぶつかるんです。そこでピッてすれば良いだけ。簡単なこと。
この写真でいう手前から歩いてきたとして、わざわざ水色を素通りしてから急旋回してピンク色をタッチする人なんか、まずいないわけです。
だから実際は間違えない。間違えないようにちゃんとなっている。

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だからこそ、純粋な対比としてこの2つの並びが面白いという、実生活上の便不便から切り離された興じ方ができるということです。
今のこのレイアウトだと「愛環」が赤字になっていますが、2つの文の決定的な違いである「る」「た」の方を赤字で強調したら、より一層対比が鮮明になり、そしてより一層我々を混乱させてくれるかもしれない。

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そもそもこの看板も、ちゃんと進行方向に向いた形で設置されています。
ピンク色の看板はホームの内側を向いているので、これから電車に「乗車される」人の方を向いています。
水色の看板は電車から降りて改札へ向かう人たちが目にする方向なので、電車に「乗車された」人を向いているんです。
ちゃんとしてるんですよ。ちゃんとしてるからこそ文字の違いだけが際立って面白くなっている。

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つまり本来は2つ同時に見ることがないし見るべきでもない掲示を、わざわざ撮影者(私)が位置取りして両方目視できるポジションでシャッターを下ろしたのが、こちらの写真ということになります。
だまし絵の境目で撮った写真みたいな。本来見るべき位置ではない位置から撮ってしまった奇跡の1枚。
「ペンローズの階段」という有名な不可能図形(二次元上では描けるが三次元では再現できない立体図形)がありますが、あれって見る角度さえ調整できれば一応三次元でも再現可能なんですよ。でも見る角度が少しでも異なるとただのズレた変な階段図形なんです。そういうのを見ているみたいな気分になります。

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何なら、この2つを「敢えて並べて」設置していることにも含意が読み取れてしまう気がします。
もうちょっと位置を離しても良さそうじゃないですか。「乗車された」人向けの看板は電車のドアから降りて真正面のところにだけ掲示すれば良いし、「乗車される」人向けの看板はさっきの改札のところだけに掲示すれば良いかもしれない。
それなのにわざわざこの2つを、わざわざ2つ同時に悠々と見比べられる位置に置くことで、私たちに「対比の興」を提供しているように思える。
愛環からの挑戦状なんじゃないか。この看板は。

愛環に乗車される皆さんはぜひご意識ください。
愛環に乗車された皆さんはぜひご意見ください。


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