写真・図版(2枚目)| 目の見えない猫“ミエーヌ”の物語 縫い跡だらけのパッチワークみたいな子猫は「なくすには惜しい命」だった

――ミエーヌとの出会いについて教えてください。「手に余るなら触れないというのは/暮らしを守るための大事な判断だと思う」というプロローグでの台詞は多くの人の胸を打ちました。

 通常、保護された生き物の命運は、病院に連れてきた方に託して終わりなのですが。

 子猫の治療を一通り終え、小さな体を温めながら診察室に戻り、この先それなりに手を貸さねば生きられない子だと伝えると、保護した方は「連れて帰ったら、元居た場所に戻す」と仰いました。

 他者に割けるリソースが有限な中で、助かるならばと手を出した、けれどこれ以上は余力がないから人間社会の外に帰す。わかりすぎるほどよくわかる着地点でした。

「そうですか」と頷きつつ、頭の中でぶわっと考えました。子供たち、自宅の老猫闘病猫、老犬、自分の仕事量と時間。ギリギリいける気がしたので「病院で引き取って、飼い主を探します」と言いました。どうせ引き取り手は見つからないので、9割9分我が家に来るなと思いながら。

 私たち獣医師の仕事は「人間にとって価値のある命を守ること」ですが、その時の私にとって、縫い跡だらけのぼそぼそパッチワークみたいになった子猫は「なくすには惜しい命」でした。

 痩せこけ傷だらけでウジまでわいて、麻酔をかけたらそのまま目覚めないかもしれない状態だったため、押さえつけてのほぼ無麻酔手術、それを耐えきった猫でした。子猫は生きるためにとてもとても頑張った。

 一方こちらも、傷の中にぎっちり並ぶウジを一匹ずつピンセットでとって、慎重に残った組織を綺麗にして整え、裂けたペラペラの皮膚を大人の倍くらい丁寧に縫い合わせた、それも一番高い糸で!注射も補液もしたし、ノミダニお腹の寄生虫駆除もして、ブドウ糖も誤嚥しないよう一滴ずつ飲ませた、全部やった、生きてもらうために。

 きみと私の頑張りが全部無駄になったらたまらんと思いました。そしてたまたま、私には猫一匹を抱える余裕があったのです。

 引き取ると伝えた時、保護した方の顔に浮かんだ安堵の表情は忘れません。

 少なくとも、二人の人間に、生きてくれたら嬉しいと望まれた命でした。

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