MAMOR 最新号

6月号

定価:780円(税込)

 自衛隊は、任務に必要なモノ、コトを全て自分自身でまかなう“自己完結型”の組織となっている。そんななか“こんな仕事まで?”と感じる、しかも“自衛隊らしくない(?)”知られざる任務を選んで紹介しよう。

有事における極限の状況を想定した自己完結型組織

画像: 航空基地などには万が一の火災に備え消火活動を行う自衛官がいる。

航空基地などには万が一の火災に備え消火活動を行う自衛官がいる。

 日本に暮らす人々の生活を守る組織には、自衛隊のほかに警察や消防などがある。だが、自衛隊はほかとは全く違う「自己完結型組織」だといわれる。それはいったいなぜか?

 警察は主に犯罪の予防や鎮圧、捜査、逮捕、交通の取り締まりなどの活動に従事。消防は消火活動や、災害・事故現場での救助活動、救急活動などが主な業務だ。特定の業務に集中したシングルタスクを遂行するこの2つの行政機関は、その役割に応じた専門職の人員で構成されている。

 それに対して自衛隊は、どうだろうか。有事の際に起こりうるさまざまな事態に対処する部署があり、各専門のスキルを持った人員で構成されている。自衛隊は、あらゆる事態に対応して活動できる体制が整えられた組織なのだ。それは自衛隊が、有事の際にインフラが機能しないなど、極限の状況を想定して組織されているから。

 例えば戦場では、道路や橋が破壊されている可能性がある。すると、悪路でも通行できる戦車や、架橋のための装備を保有し、それらを扱える人材が求められる。また、危険が伴う前線の現場でも、医療設備や医療従事者が必要だ。

画像: 自衛隊の各病院には薬剤師の自衛官がいる。

自衛隊の各病院には薬剤師の自衛官がいる。

 そのため、陸自では野戦病院システムが、海自では艦艇内に外科用の手術室などの医療設備が整備され、自衛官である医師や看護師が配備されている。そのほかにも、想定されるさまざまな事態に対処するため、自衛隊には、薬剤師や臨床検査技師、消防士、電気技師……といった、非常に多岐にわたる職種のエキスパートたちが業務を行っている。だが、中には、「こんな任務まであったんだ!」と感じる“実力組織らしからぬ”任務もある。ここからは、そんな知られざる“やわらかい”任務を紹介していくことにしよう。

ラジオパーソナリティー:広報活動の一環としてFM番組を放送

「広報官」

主な勤務地:海上自衛隊大湊地方隊など

画像: 「おはようございます」の元気なあいさつからスタートするこの番組。自衛隊について分かりやすく伝えている

「おはようございます」の元気なあいさつからスタートするこの番組。自衛隊について分かりやすく伝えている

 海上自衛隊大湊地方隊には、ラジオパーソナリティーの仕事をしている隊員がいる。青森県コミュニティーFM「FM AZUR(アジュール)」内で『海上自衛隊アワー』という番組を持ち、隊員インタビューや大湊地方隊のイベント情報、全国の海自の部隊の紹介、自衛隊音楽まつり、自衛隊観艦式の様子などを放送している。

「なんで自衛隊がラジオ番組を?」と思うところだが、これも自衛隊の広報活動というれっきとした任務の1つ。放送を通じて、一般の人たちに自衛隊を身近な存在として感じてもらうためのおしごとだ。放送は毎週月~金曜日の午前7時から30分間(再放送:午後2時30分~3時)。パソコンやスマホでも聴けるので(注)、気になる人はチェックしてみては?

(注)大湊地方隊のホームページ(https://www.mod.go.jp/msdf/oominato/kaiji_hour/fmazur.htm)にある番組視聴用のリンクをクリックすると、FM AZURのホームページへ移動し、『海上自衛隊アワー』を聴くことができる

ミュージシャン:広報や隊員の士気高揚を音楽演奏を通じて実施

「音楽隊員」

主な勤務地:全国にある陸・海・空の各部隊、基地、駐屯地など

画像: 東京オリンピック、天皇陛下即位の礼など、数多くの国家行事、国際イベントに参加してきた航空自衛隊航空中央音楽隊

東京オリンピック、天皇陛下即位の礼など、数多くの国家行事、国際イベントに参加してきた航空自衛隊航空中央音楽隊

 陸・海・空各自衛隊には音楽隊が編成されている。その主な任務は「広報演奏」と「儀式・式典演奏」、「隊員の士気高揚」の3つ。各種イベントやコンサートなどの演奏を通して、自衛隊について国民に広く知ってもらうこと、また、国家行事や外国要人の来日時の演奏や、全国の各部隊で活動する自衛隊員の士気を鼓舞するための演奏を任務としている。

 中でも陸自の中央音楽隊は、年間で約190回もの演奏を披露。日本で一番スケジュール調整が難しい吹奏楽団といわれるほど、演奏のクオリティーも高い。また、海自の音楽隊には、退職後にプロのジャズトランペッターに転じた人もいるという。

お天気キャスター:航空機の運用に必要な気象情報を提供

「気象幹部」

主な勤務地:全国にある陸・海・空の基地、駐屯地など

画像: 自衛隊のパイロットはフライト前に気象幹部から雲の高さ、気温、気圧、視程などといった気象情報をレクチャーされる

自衛隊のパイロットはフライト前に気象幹部から雲の高さ、気温、気圧、視程などといった気象情報をレクチャーされる

 天気予報など気象に関する情報は、自衛隊の航空機の離着陸や飛行の安全確保のためには不可欠だ。そこで、陸・海・空各自衛隊にいる「お天気キャスタ―」の出番となる。「気象幹部」と呼ばれる任務だが、これらの隊員の一部には気象予報士の資格を持つ者もいる。

 任務は現在の気象状態を把握するための「現況」とそれをもとにした今後の「予報」が2大要素となるが、雲の高さや気温、気圧、視程(大気の見通し)、風向風速などを調査し、気象庁などとも観測データを交換して情報を収集。そうして得られた気象情報を、航空機を運用する全国の部隊や管制塔、飛行隊に提供している。

シェフ:全国の基地や艦艇で隊員の食事を調理

「給養員」

主な勤務地:全国の海自、空自の基地や海自の艦艇など

画像: 給養員は、自衛官の健康と士気の源となる「食」に関わるという、後方支援のなかでも重要な任務を担っている

給養員は、自衛官の健康と士気の源となる「食」に関わるという、後方支援のなかでも重要な任務を担っている

 給養員は、自衛隊で提供される食事の調理を専門とする職種。海上自衛隊は舞鶴基地の第4術科学校、航空自衛隊は芦屋基地の第3術科学校で給養員課程を経た後、全国の空自の基地や分屯基地、海自の艦艇や基地に配属される。

 なお、陸上自衛隊の食事は、各部隊の隊員が交代で調理を担当するため給養員はいない。海自や空自の基地などの食堂で勤務する給養員の任務は、栄養士が作成し、幕僚監部が通達する「基準献立」を基にしたメニューの調理と配食を行う。

 艦艇勤務の給養員は、場合によっては食材の調達が数週間ごとの寄港時に限られるのと、日本と異なる外国の食材での献立づくりに苦労するという。

カメラマン:活動記録から広報まで隊員が写真・映像を撮影

「写真陸曹」「写真員」

主な勤務地:陸・海各自衛隊の全国にある各通信科職種の部隊

画像: 各基地・駐屯地でのイベントの撮影は、部隊の活動記録であり、次回開催のための資料としても活用される 写真/荒井健

各基地・駐屯地でのイベントの撮影は、部隊の活動記録であり、次回開催のための資料としても活用される 写真/荒井健

 有事の際、現場での部隊の行動を、写真や映像に収めるのも自衛官の仕事だ。撮影された写真や映像は、戦況を分析するうえで重要な記録情報や資料となる。そのため、陸・海の自衛隊の通信部隊、航空部隊などには撮影担当の隊員がいる。

 陸自には「写真陸曹」が、海自には「写真員」と呼ばれる隊員がいて、空自では専門職ではないものの、広報担当者が撮影を行うこともある。それら撮影隊員が、警戒監視の現場や訓練などの活動記録を撮影。また、広報資料として車両や艦艇、航空機などの装備品、基地・駐屯地などでのイベント、創立記念などの部隊行事の撮影も行っている。

心理カウンセラー:過酷な現場で働く隊員の心身をケア

「臨床心理士」「自衛官カウンセラー」

主な勤務地:全国にある陸・海・空の各自衛隊基地・駐屯地など

画像: 自衛隊では部内だけでなく、約250人の民間のカウンセラーとも業務委託し、重層的な相談体制を整えている

自衛隊では部内だけでなく、約250人の民間のカウンセラーとも業務委託し、重層的な相談体制を整えている

 国防という重責を担う自衛官の任務は、ストレスにさらされることが多い。警戒監視活動や緊急発進などの過度な緊張を強いられる任務や、災害派遣時の悲惨な状況下での任務など、メンタルヘルスが脅かされる活動があるからだ。

 そこで自衛隊では、臨床心理士の資格などを持つ自衛官、部内の教育課程を修了した自衛官カウンセラーを配置。悩みや不調を訴える隊員のカウンセリングをしたり、サポート体制を整えるよう、指揮官に助言をしたりしている。

 さらに、隊員の心の健康を維持・管理するためのチェックリストの作成やメンタルヘルスの教育、メンタルトレーニングの指導なども行っている。

キャビンアテンダント:政府専用機の機内で食事のサービスなども担当

「空自空中輸送(特別輸送)員」

主な勤務地:航空自衛隊千歳基地(北海道)

画像: ロードマスターの業務は分刻みで進行。体力と精神力はもとより、人と接する仕事なので、気配りができる必要がある

ロードマスターの業務は分刻みで進行。体力と精神力はもとより、人と接する仕事なので、気配りができる必要がある

 真っ白な胴体に赤のストライプ、尾翼には日の丸が大きく描かれた機体――内閣総理大臣などが外遊の際に搭乗する政府専用機は、航空自衛隊の特別航空輸送隊が運用している。そのため、パイロットをはじめ、機上無線員、運航管理者、整備員などの運航関係者は全員、空自の隊員だ。

 その中の空中輸送(特別輸送)員はロードマスターと呼ばれ、民間航空会社のキャビンアテンダント(客室乗務員)が行う飲食物のサービスや保安業務などのほか、貨物の積み下ろしや重量重心計算など広範多岐に渡る任務をこなす。政府専用機のロードマスターは民間航空会社で約2カ月のCA研修が課せられている。

モデラー:装備品の教材用模型ソリッドモデルを製作

「教材整備員」

主な勤務地:航空自衛隊浜松基地(静岡県)の教材整備隊

画像: 戦闘機を製作している隊員。こうして作ったソリッドモデルは各部隊の教材などに使用されている

戦闘機を製作している隊員。こうして作ったソリッドモデルは各部隊の教材などに使用されている

 航空自衛隊の教材整備隊には、自衛隊の教育訓練などに必要な戦闘機や車両などの模型を作る“モデラー”がいる。製作するのは「ソリッドモデル」。ソリッドモデルとは樹脂製の模型で、部隊や新入隊員への教育(航空機の飛び方などをレクチャーする際)などに使用される工作教材だ。

 パイロットの訓練生が地上での訓練に使用するコックピットを模擬した器材や、各種航空機、特殊な車両、ペトリオットミサイルなどの精巧な模型を、図面や写真をもとに造型する。資料で必要とあらば部隊に出向いてメジャーで装備品を測る、ということも。モデラーは、本物と見紛うほどの模型を匠の技でつくる職人だ。

印刷員:内部書類や教材などを専用設備で大量印刷

「空自の印刷製図員」「陸自中央業務支援隊印刷補給部」

主な勤務地:陸自では市ケ谷駐屯地(東京都)の中央業務支援隊印刷補給部や各方面総監部の総務部など。航空自衛隊では浜松基地(静岡県)の教材整備隊。東京、奈良の基地にも少数の部署を配置

画像: 隊内では教材や書類だけでなく、地方協力本部の隊員募集用パンフレットや、カラーのポスターの印刷も行っている

隊内では教材や書類だけでなく、地方協力本部の隊員募集用パンフレットや、カラーのポスターの印刷も行っている

 教育隊や術科学校などで使用する教材や、部隊で作成される書類などは、大量の部数が必要とされる。そこで自衛隊には、印刷を専門とする部隊がある。

 例えば、浜松基地に所在する空自の教材整備隊には、製版から印刷、製本まで手がけられる設備が充実。全自動製版機や、4色同時印刷ができるカラー印刷機、両面印刷機、製本丁合機などの設備まであるというから、立派な印刷工場だ。ここで各設備を使用して部隊や学校で使用される教科書や訓練資料のほか、パイロットが操縦時に使う航空路図誌、隊内に掲載されるポスターなどを印刷をしている隊員が印刷員だ。

編集者:防衛省・自衛隊刊行物の誌面づくりなどに携わる

「防衛省大臣官房広報課」

主な勤務地:防衛省大臣官房広報課や全国にある自衛隊の地方協力本部など

 日本の防衛の現状と課題、取り組みについて国民に理解を求めるための『防衛白書』や、雑誌『MAMOR』のほかにも各種パンフレット、SNS向け動画制作といったものまで、防衛省・自衛隊では、さまざまな部内・部外向けの媒体が作成されている。これらの編集も自衛官の仕事の1つ。

『MAMOR』では、特集記事の企画立案や取材調整、原稿修正など、雑誌をつくるためのほとんど全ての作業工程に、陸・海・空の各自衛隊の自衛官が携わっている。白書の作業も当初は雑誌づくりの素人だった担当官が、作業を通じて次第に編集のプロフェッショナルになっていくという。

(MAMOR2022年2月号)

<文/魚本拓 写真提供/防衛省>

あなたが知らない自衛隊のおしごと

※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

 1925年にラジオ放送が開始されてから100年。ラジオは歴史の局面でさまざまな役割を担ってきた。

 テクノロジーが進歩し新しいメディアが次々と登場している21世紀において、再び脚光を浴びつつある。最も古い放送媒体であるラジオが、いかに人々の心をつかみ、動かしてきたか、日本ラジオ博物館館長岡部匡伸氏の監修の下、その歴史を振り返ってみよう。

ラジオ放送の始まりとライフスタイルの変化

画像: 初めてラジオ放送を行ったとされる、レジナルド・フェッセンデン

初めてラジオ放送を行ったとされる、レジナルド・フェッセンデン

 1900年にカナダの電気技師レジナルド・フェッセンデンが音声を無線で送信したことがラジオの始まりといわれている。

 6年後、クリスマス・イブにフェッセンデンは、音楽や音声を数キロメートルの範囲にわたり送信。当時の受信記録は残っていないが、これが世界初のラジオ放送とされている。

1920年代にアメリカ合衆国政府の出版物には自家製ラジオ受信機を作る方法が示されていた

 20年にアメリカで最初の民放ラジオ局が開局。それから遅れること5年、日本でも東京、大阪、名古屋の3カ所に行政の許可を受けた社団法人が設立されラジオ放送が開始された。

 その背景には23年の関東大震災で新聞社が被災し、国民への情報伝達に支障が出たことがあった。放送開始当時のラジオ受信機は高価で富裕層しか番組を聴くことができず、普及率はわずか2パーセントしかなかった。当時の日本のラジオ番組は、ほかの国にはない大きな特徴があったと岡部氏は言う。

1925年のラジオ番組表。為替相場を伝える番組が多かった

「外国のラジオでは音楽番組、娯楽番組やニュースがメインでしたが、日本の場合、平日はほとんど株式や商品相場などの経済情報番組でした。当時ラジオを購入できる高額所得者にとっては、ラジオは貴重な情報源だったのでしょう。

 その一方でニュースが少なく、これは当時ラジオ局の出資社である新聞社が自社の新聞の売上をおもんぱかったことが影響しているようです」

 28年には旧東京中央放送局(現NHK)が大相撲中継やラジオ体操の放送を開始、また全国ネットが完成した28年に昭和天皇の即位の大礼があり、その模様を全国同時に聴取できることでラジオ普及の後押しとなった。

 当時、ラジオを受信するには、政府の認可を得た受信機が必要だったが、日本のラジオの普及率は30年代に10パーセント、44年には50パーセントを超え、政府の認可を受けた聴取数は750万件にまで拡大した。

 さらにそれまで感度が低く音量に制限があった鉱石ラジオに代わり、スピーカーで増幅して音を出すことができる真空管ラジオが登場し、お茶の間で家族そろってラジオを聴きながら過ごすというライフスタイルが確立していったことも挙げられる。

 またこのころ、ラジオの力を人々が実感する出来事が次々に起こる。31年9月18日夜に勃発した満州事変は、翌日の朝7時に旧東京中央放送局により第一報が告げられた。

 アメリカのルーズベルト大統領(当時)は就任8日後の33年3月12日から毎週ラジオで国民に語りかける「炉辺談話」の放送を始める。ヒトラーの演説の勇ましい絶叫調とは違い、「My friend」と語り始め、ゆったりと落ち着いた口調で政策を解説、旧日本軍の真珠湾攻撃の2日後には番組で国民の団結を呼びかけた。

 36年勃発の、旧日本陸軍が首相官邸などを襲撃した「二・二六事件」では、3日後の2月29日8時48分から反乱軍兵士に投降を呼びかける「兵に告ぐ」が旧東京中央放送局から放送されるなど、ラジオは、単なる娯楽ではなく、国家が意思を伝達する手段として利用されるようになった。

 39年9月にドイツに宣戦布告をしたイギリスの国王ジョージ6世は、自らの吃音を克服してラジオの生放送で国民に戦争の開始を告げるスピーチを行い、その模様は後に映画にもなった(『英国王のスピーチ』2010年/イギリス・オーストリア)。

 またイギリスの首相ウィンストン・チャーチル(当時)もしばしばラジオで国民を鼓舞する演説を行い、なかでも40年6月の「われわれは戦う、海岸で、上陸地点で、野原で、街頭で、丘で。われわれは決して降伏しない」という演説は、劣勢にあったイギリス国民に勇気を与え、世界史を変えた名演説と言われている。

 40年にドイツに侵攻されたフランスでは、レジスタンス組織の「自由フランス」がラジオを通じて国民に抵抗を呼びかけた。

20世紀はラジオの時代に。大衆に訴えかけ動員する力

 ラジオの速報性、影響力が明らかになるにつれ、世界各地でラジオを積極的に利用しようという動きが出てくる。

 早くからラジオの有効性に気づいていたナチス・ドイツは、宣伝相のゲッベルスが「19世紀の新聞がなしたことを20世紀ではラジオが達成する」と語り、その普及を図るため安価で国内放送で使用されていた周波数しか聴けない「国民ラジオ」を開発。

 これにより39年までにドイツの全世帯の70パーセントがラジオを所有し、その普及率は世界で最も高かった。フランス占領下にあったザール地方ではナチスが5000台の国民ラジオを配布し、その結果、35年に行われた住民投票で住民の9割以上がザール地方のドイツ帰属に賛成して再びドイツ領へと戻った。

 こうした国民向けの放送だけでなく、受信機さえあれば国境を越えて聴取が可能なラジオは敵国への喧伝にも使用され、事実を伝える報道だけでなく、フェイクニュースや偏向した報道で相手を混乱させたり士気の低下を図ったりする放送も行われた。

 イギリスのBBCは早くも27年には海外に向けて国内外のニュースを放送開始、現在でも33の言語で全世界に向け放送を展開している。アメリカは42年から、政府が運営する日本とドイツの占領地向けの「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」が放送を開始。

 日系アメリカ人によるニュースやアメリカの文化を紹介する日本語放送が南太平洋各地で流れた。また同年からは海外に駐留しているアメリカ軍に対し24時間英語放送の「FEN(現ANF)」が始まり、これは現在も続いている。

 日本でも35年から「ラジオ・トウキョウ」が始まり、海外向けに日本の文化や情報などを伝えていた。なかでも有名な放送に、43年から45年8月14日まで続いたラジオ・トウキョウの対外情宣番組『ゼロ・アワー』がある。

 これは捕虜となった連合国の兵士や日本人、日系の女性が英語で司会進行する番組で、戦況を伝えるだけでなく、アメリカ兵たちに望郷の念を抱かせ、士気を低下させるためにアメリカの流行歌や捕虜へのインタビューなどを流していた。

 この女性アナウンサーは複数人いたが、アメリカ軍兵士は彼女たちを「東京ローズ」と呼び、爆撃機B29の機体にキャラが描かれるほどの人気者となった。

 そうした各国のプロパガンダ放送のなかで岡部氏が特筆すべきものとして挙げたのが、42年の旧日本陸軍のインドネシア・ジャワ島バンドン攻略である。

「このときサイゴンの放送局からオランダの局と同じ周波数を使って旧日本軍の戦果を過大に放送し、それを聴いたオランダ軍は大混乱となり無条件降伏しました」

東西冷戦期のラジオ放送。アフリカでは扇動した例も

画像: 1945年8月15日に行われた玉音放送を聴く国民

1945年8月15日に行われた玉音放送を聴く国民

 日本でもっとも有名なラジオ放送といえば、やはり45年8月15日の玉音放送であろう。昭和天皇がポツダム宣言を受諾し、国民に終戦を告げる「終戦の詔書」を朗読した放送だ。

 太平洋戦争の終結の日はポツダム宣言を受諾した8月14日、またはミズーリ号艦上で降伏文書に調印した9月2日とされるが、ほとんどの日本人が8月15日を終戦の日とするほど、その歴史的な意義は大きい。

 戦後の混乱期、46年には、NHKラジオで身寄りや知人の消息を探す番組『尋ね人』の放送が始まった。この番組の効果は大きく、消息の判明率は40~50パーセントに達し、放送終了の61年までの15年間で、10万件近い放送件数のうち、25パーセントが判明した媒体となっていった。

 戦後が始まると、東西冷戦期になりプロパガンダ放送はさらに一層熱を帯びてくる。

 VOAは47年から旧ソ連に向けてロシア語の放送を開始、また49年にはCIAを通じて資金提供を受け、東側諸国に向けて旧ソ連からの解放を訴える「ラジオ・フリー・ヨーロッパ」が設立された。

 これに対し旧ソ連はジャミングのための基地局を1400以上設置し、西側からの放送を妨害する。しかしそれでもジャズや朗読を流すVOAの人気は高く、80年代初頭には旧ソ連、東側諸国では5200万人もの市民が聴いていたと言われている。

 一方、旧ソ連は国際放送である「モスクワ放送」を29年のドイツ語放送から開始、50年代初めにアメリカ向けの放送をスタートする。日本語放送も42年から始まり、93年には「ロシアの声」に改称され2014年まで続いた。

 中国は1940年に延安に初めて放送局を開局し、翌年から初めての海外放送として日本語放送を始めた。戦時中は日本軍兵士への降伏を呼びかけるような内容だったが、戦後の文化大革命期は毛語録の紹介や文革礼賛、2000年代以降は文化情報やエンタメ色の強い内容になっている。

「東西冷戦期には各国が激しい広報合戦を繰り広げましたが、冷戦終結後は下火になりました。しかし、1994年のアフリカ・ルワンダの内戦では、現地のフツ族のラジオ局『千の丘』が対抗部族の殺害を促すかのような番組を盛んに放送、3カ月間で80万人も殺害される事態を招いたともいわれています。古いメディアと思われていたラジオが開発途上国では力を持っていることを証明した不幸な事件でした」

 そう岡部氏はいまだに衰えないラジオの威力を解説する。

社会インフラとして有事や災害時に役立つラジオ

画像: 東京通信工業(現ソニー)が発売した日本製トランジスタラジオ「TR-55」 写真提供/日本ラジオ博物館

東京通信工業(現ソニー)が発売した日本製トランジスタラジオ「TR-55」 写真提供/日本ラジオ博物館

 その後はテレビやインターネットに押され、メディアの主役の座を明け渡した感のあったラジオだったが、災害時に強いメディアとして近年再び注目されている。岡部氏は、わりと早い時期から災害時にラジオが役立つと認識されていたという。

「1950年に旧東京通信工業(現ソニー)がトランジスタ・ラジオを発売し、59年の伊勢湾台風、64年の新潟地震あたりから普及してきて、停電のときでも聴取できるラジオが力を発揮するようになりました。

 阪神・淡路大震災以降も、被害の大きさを伝えるテレビに対して、ラジオは安否情報や救援品の配布情報をきめ細かく伝えるメディアとして活躍しました。このときの対応が契機になって、各地でコミュニティーFMが本格的に運用されるようになり、最近はNHKなどの既存の放送局との連携も盛んになっています」

 2016年にはインターネットでラジオが聴取できるアプリ「radiko(ラジコ)」が全国に拡大。全国のラジオ番組だけでなく、過去の放送が聴けるため、若者の聴取者が増えたとされる。

 また総務省が発行する『平成24年版 情報通信白書』によれば、震災発生時は即時性の高いラジオの利用率が高く、評価も他メディアと比較して高くなっており、実際、災害発生時に、ラジコへのアクセス数が急増したというデータもあって、災害時に必要とされているメディアということがうかがえる。

「ラジオはほかのメディアと異なり、仕事中や運転中、または家事をしながら〝ながら聴取〟できる生活に根付いたメディアです。また、聴取者とリアルタイムにコミュニケーションが取りやすいため、親しみやすく身近な情報源として、近年は若者にも親しまれています」と話す岡部氏。

 25年9月には、ニッポン放送、TBSラジオ、文化放送、TOKYO FM、J-WAVEの民放ラジオ在京5社が、大規模災害時に報道協力すると報じられた。

 全国各都市でも同様の動きが進められている。今後もラジオは、とくに災害や有事に役立つ社会インフラとして、私たちの暮らしを守る重要な役割を担い続けていくだろう。

【日本ラジオ博物館館長/岡部匡伸氏】
1964年、東京都出身。86年アキュフェーズ株式会社に入社。2007年にオンラインミュージアムとして日本ラジオ博物館を設立し館長に。12年に長野県松本市に博物館を開館

(MAMOR2025年12月号)

<文/古里学 写真提供/防衛省>

自衛隊ラジオ

※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

 自衛隊体育学校・第1教育課の教官直伝、体力向上が期待できるサーキットトレーニングを自衛官が実演してくれた。

 サーキットトレーニングとは、無酸素運動と有酸素運動を繰り返すトレーニング法。1~6の6種目を1セットとし、できればセット間の休憩も挟まずに2、3セット行うのが望ましい。キツイが効果が期待できること間違いなし!

1:スクワット(ノーマル)(無酸素)

画像: 「スクワット(ノーマル)」【MAMOR 2026年6月号 あなたも筋肉チャレンジ】 youtube.com

「スクワット(ノーマル)」【MAMOR 2026年6月号 あなたも筋肉チャレンジ】

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2:ハイニー(有酸素)

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「ハイニー」【MAMOR 2026年6月号 あなたも筋肉チャレンジ】

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3:プッシュアップ(ノーマル)(無酸素)

「プッシュアップ(ノーマル)」【MAMOR 2026年6月号 あなたも筋肉チャレンジ】

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4:開閉跳躍(有酸素)

「開閉跳躍」【MAMOR 2026年6月号 あなたも筋肉チャレンジ】

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5:クランチ(無酸素)

「クランチ」【MAMOR 2026年6月号 あなたも筋肉チャレンジ】

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6:バーピージャンプ(有酸素)

「バーピージャンプ」【MAMOR 2026年6月号 あなたも筋肉チャレンジ】

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(MAMOR2026年6月号)

あなたも筋肉チャレンジ

最新号のご案内(4月21日発売 定価:780円)

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【特集】59人の独身自衛官一挙掲載
マモルの婚活大作戦!

 自衛官は、なじみのない人からは「お堅い」、「怖い」というイメージを持たれるようです。そんなイメージを払拭したいと考え、自衛官を結婚相手として見たら親しみが湧くだろうと、「マモルの婚活」はスタートしました。

 連載を始めると、多数の読者から応募があり、多くの幸せなカップルが生まれる結果に。もっともっと多くの“幸せ”のお手伝いができたら、と、今号では、一挙59人の独身自衛官を紹介します! 気になる人がいたら手紙にてご連絡を。マモルがあなたのすてきな出会いを応援します。

安定した身分・収入、そして充実の福利厚生体制
自衛官が婚活界隈で人気の一因とは?

 結婚相手を選ぶ際、やはり気になるのが相手の身分・収入や、職場の福利厚生などだろう。それらは、結婚後の生活にダイレクトに影響してくる。

 自衛官と結婚した場合はどうなのだろう。給与や手当といった直接的なものから、結婚や出産などの手当て、住宅購入の支援といった各種サポートまで、結婚相手紹介サービス業界では、人気といわれる自衛官の待遇について、防衛省人事教育局に話を聞いた。 

【連載】隊員食堂:「焼きソーキ カレーソースかけ」 海上自衛隊 掃海艇『ししじま』

 沖縄県勝連地区を母港とする海上自衛隊の掃海艇『ししじま』から「焼きソーキ カレーソースかけ」を紹介します。

 沖縄でよく使われる豚の骨付き肉(沖縄の方言でソーキ)が主役。カレーの中に入れることもあるそうですが、あえて別々にし、カレーソースをかけて仕上げてみようと考え、誕生しました。肉の脂とうまみがカレーソースのスパイスとよく合い、深みのある味が特徴です。

【連載】物語として捉えた戦後日本の防衛史
相澤元准教授の自衛隊史リモート講座

 幹部自衛官となるべき者の教育を行う防衛大学校には、国防を学ぶ各種の授業があります。どんな授業なのか? 歴史をナラティブ的アプローチで体系的に学ぶ、「自衛隊史」のリモート授業をマモルの誌面で実施。教えてくれるのは、元防衛大学校 防衛学教育学群 准教授 相澤輝昭さんです。

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「右向け~、右!」。子どものころ学校で、号令になじんだ人も多いだろう。

 号令とは、集団に特定の動作を行わせるための指示のこと。自衛隊にも、さまざまな号令があり、訓練の中で受け方や発し方を身に着けていく。

 こうした訓練の一部を紹介しよう。

自衛隊の“号令”は予令と動令に分かれる

隊員に号令する自衛官。「前へ」の予令でこれからする行動を示し「進め」の動令で隊員を動かす

「回れ、右」、「前へ、進め」など学校の体育や行事などで集団行動をするための号令に触れたことはあるだろう。列を整え、クラス単位で行進などをする際にかけられたあの号令、自衛隊でも基本的な部分は同じなのだ。

 詳しく説明すると自衛隊の号令は、一部を除いて「予令」と「動令」に分かれている。
 
 予令とは、実際に動く前に発される予告で、これを聞いて受け手は次にどんな動作を行うべきかを理解する。

 そして次の「動令」を受けて実際の動作を行う。これによって、集団が一斉に行動するための準備ができ、行動を円滑に実施できるのだ。

 また自衛隊の号令は、発声にも特徴がある。予令は「明瞭に、長く」、動令は「短く、強く」発声する。

 例えば「前へ進め」なら、予令は大きな声で「まえへーー」のように長く発声し、動令は適当な間隔を空けた後「すすめっ!」と短くはっきり発音する。これは、大勢の隊員に対して、どう行動するかを明確に指示を伝えるためだ。

号令の教育訓練は、まず受けることから

画像: 【号令:休め】大声で号令する指揮官役の隊員。大声を出しすぎて声を枯らす隊員もいる

【号令:休め】大声で号令する指揮官役の隊員。大声を出しすぎて声を枯らす隊員もいる

 入隊式を終え、自衛官としての第一歩を踏み出した自衛官候補生に最初に行われる教育が「基本教練」。その名の通り、自衛官として勤務するための「基本」を身につける訓練だ。

「気をつけ」の号令で取る「不動の姿勢」に始まり、「敬礼」、「行進」、「駆け足」など、指揮官の号令の下、基本的な動作を寸分の違いもなくできるよう訓練する。

画像: 【号令:足踏み 進め】自分の出した号令どおりに隊員は動いているか号令後は受け手の動きも確認する

【号令:足踏み 進め】自分の出した号令どおりに隊員は動いているか号令後は受け手の動きも確認する

 こうして学んだ各動作は、後に応用として学ぶ行動、例えば小銃を使った射撃や戦車の砲撃などをはじめとする戦闘などの基礎にもなっているため、手を抜くことはできない。

 退職するその日まで「使わない日はない」といわれる各種動作を、号令と共に体に染み込ませていくのだ。

階級が上がるにつれ、号令を発する訓練も

画像: 【号令:右へ ならえ】指示は適切か、声が全員に届いているかなど、号令を何度も繰り返し身に付ける

【号令:右へ ならえ】指示は適切か、声が全員に届いているかなど、号令を何度も繰り返し身に付ける

 号令は受けるばかりではない。自衛官として経験を積み、部下を指揮する立場に変わると、号令を発することを覚えなくてはならない。

 入隊間もない自衛官候補生の立場であっても、時として仲間をリードする立場を経験することもあり、号令をかける側の訓練を行う。

画像: 【号令:になえ 銃】昇任試験で指揮官役の隊員は、これから出す号令の所作などの手本を見せ伝える

【号令:になえ 銃】昇任試験で指揮官役の隊員は、これから出す号令の所作などの手本を見せ伝える

 陸上自衛隊には指揮官として号令をかける試験がある。士長から3曹に昇任するための「曹昇任試験」だ。試験課目に「分隊教練」があり、号令で分隊を指揮できるかを試される。

 これは、駐屯地の運動場など所定のエリア内で10人程度の隊員を号令で動かすというもの。このとき受け手役の隊員は当たり前だが「命令通りにしか動かない」。

画像: 【号令:速駆け 前へ】戦闘訓練でも号令が使用され、適切な動作を身に付ける

【号令:速駆け 前へ】戦闘訓練でも号令が使用され、適切な動作を身に付ける

 指揮官と受け手の隊員の距離も4・5メートルと決まっており、全員に号令を届かせなければならない。号令を間違うとあらぬ動作で隊員の動きがバラバラになって隊列が乱れてしまう。

 曹昇任試験が近づくと、全国の駐屯地では先輩隊員が号令の指導をする姿も見られる。

(MAMOR2026年1月号)

<文/臼井総理 写真提供/防衛省>

自衛隊の号令~聴け!

※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

 護衛艦で働く海上自衛隊の女性隊員はどんな生活を送っているのでしょうか?

 マモルの広報アドバイザー・志田音々さんが、護衛艦の勤務環境や処遇について『もがみ』の掃海士として働く植田3等海尉に聞いてみました。

【志田音々さん】
タレント、女優。1998年、埼玉県出身。2023年から防衛省広報アドバイザー(注1)を務める

【植田3等海尉】
2018年に防衛大学校に入学。卒業後、幹部候補生学校に入校。練習艦隊で8カ月間の勤務を経て、24年11月から『もがみ』の掃海士として、現場の作業監督などを行っている

(注1)防衛省・自衛隊の各種広報活動に協力することを目的として2023年に設けられた制度のこと

護衛艦の勤務環境が改善されたって本当?

『もがみ』の居住区画は、女性隊員のためのエリアが完全に区切られている。写真は女性区画の入り口。居室(ベッドルーム)やトイレなどがあり、男性隊員は入れない

志田音々(以下、「志田」): 護衛艦で働きやすくなったと聞きましたが、いかがですか?

植田3等海尉(以下、植田):2022年に就役した最新の護衛艦『もがみ』には、女性専用の居住区画が設けられています。

 私は、24年11月から勤務していますが、従来の艦艇は男女の居住区画が区切られていなかったそうで、男女ともに暮らしやすくなったと思います。

 女性専用のトイレやお風呂、シャワー室もありますよ。従来の艦艇では、共同のトイレや風呂・シャワーを使用していたそうです。

志田:それはいいですね。お風呂の水は海水を使うと聞いたことがあるのですが本当ですか?

植田:かつては海水をくんで沸かしていたそうですが、『もがみ』は艦内で海水から真水を精製しているので、真水を使用しています。真水なので肌への刺激も少なく、衛生面でも安心して入れます。

志田:『もがみ』には、何人くらい女性隊員がいるのですか?

植田:乗員約90人のうち、女性幹部が私を含めて2人、女性海曹士が4人います。

志田:オフのときに女性だけで集まることはあるんですか?

植田:なかなか忙しくて集まれませんが、コンパクトな艦艇なので、食堂ではしょっちゅう顔を合わせますよ。人が少ないぶん、普段はできないプライベートな話もできて、密にコミュニケーションが取れるのがいいところだと思います。

志田:仕事仲間というか、家族みたいな関係なんですね。普段の任務では力仕事もあるのですか?

植田:『もがみ』は、機雷を除去する無人ドローンを運用しているので、それを海から艦内に格納するときは力が要ります。

 波が高いときは、汗だくになって大変です。ですが、当艦はハイテク化が進んでいるので、ほかの艦艇と比べると甲板での力仕事はほとんどなく、日焼けしにくいというのは『もがみ』ならではですね(笑)。

志田:それはうれしいですね! 海の仕事は日焼けして真っ黒というイメージがありますが、お肌にも優しいなら、女性にもお勧めですね。

手当の増額など、処遇も改善

画像: 『もがみ』の食堂。省スペース化のため、全員が同じ食堂で食事をとる。従来の艦艇では、幹部と曹士は別々の部屋で食事をとっていた

『もがみ』の食堂。省スペース化のため、全員が同じ食堂で食事をとる。従来の艦艇では、幹部と曹士は別々の部屋で食事をとっていた

志田:勤務環境だけでなく、処遇も改善されたって伺いました。

植田:任務で出航すると長期間拘束されるので、艦艇勤務の隊員には手当が支給されますが、24年度に増額され、数万円(注2)増えました。

志田:うらやましい! でも航海している間は、インターネットが繋がらないですよね。家族と連絡も取れないんじゃ……?

植田:通信環境も充実しているので、艦内ワイファイから家族と連絡を取ったりすることができます。衛星通信なので、出航中でも大丈夫です。もちろん、勤務時間外に使用するなどルールはありますが。

志田:よかった、家族とは連絡できるのですね。そのほかに、『もがみ』で生活していて、楽しいと感じるのはどんなときですか?

植田:実はご飯がとてもおいしいんですよ。『もがみ』の調理員長は『はしだて』での勤務経験があり、食事がとても充実しています。隊員の誕生日などの艦内イベントがあるときはケーキが出たりもします。

 実は『もがみ』で勤務することが決まったとき、航海中はあまりおいしいものを食べられないだろうなと思って、ゼリー飲料をたくさん持ち込んだのですが、全く手つかずで残っていますね(笑)。食事の時間になるとテンションが上がっちゃいます。

志田:お話を伺っているだけで、おなかがすいてきちゃいました(笑)。

(注2)支給額は2024年度に基本給の43パーセント(潜水艦の場合は55.5パーセント)に増額され、これにより、たとえば3尉の場合、月額約3万円増加

(MAMOR2025年12月号)

<文/古里学 写真/山川修一(扶桑社、人物)、村上淳(艦内)>

志田音々のねぇねぇ防衛のこと、もっと教えて!

※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

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