《りくりゅう引退発表》「僕たちって、2人で1つなんだなと」木原龍一が語っていた三浦璃来との関係…まるで保護者のように「付いてくるんです」
「僕たちって『2人で1つなんだな』と」
病院での診断の結果、左肩が脱臼していた。2カ月間は技の練習は禁止。兵庫から東京まで通院する三浦に木原も付き添った。 「私は一人で行けるって言うんですけど、付いてくるんです」(三浦) 「三浦さんを一人で行かせたら、診察結果をあとで聞いても説明が分からないので。それに、東京で電車を間違えそうだったから」(木原) まるで保護者のように三浦を心配する。自身は地元名古屋のリンクで、自主練習を続けた。スケーティングやジャンプの確認、そして一人での曲かけ練習。 「僕たちって『2人で1つなんだな』ということを改めて感じました。このチームを組んでから長期離脱は初めてのことだったので、2人で滑れる楽しさは本当にありがたいことなんだなと思いました」 練習を見に来た三浦も同じ気持ちだった。 「プログラムを一人で滑っているのを見て『ああ、私はいま、そこに居られないんだな』って……」 三浦がちょっとしんみりした口調になると、木原が間髪入れず突っ込む。 「中京大で僕がカーディオトレーニングしている時に、『走れ〜』って言ってたよね」 「そんなこと言ってない(笑)。『頑張れ〜』って言ってたの」(三浦) 時に落ち込んでしまいそうな状況も、冗談の掛け合いで乗り切った。
理想と現実の差「不安しかなかった」
しかし9月上旬にトロントに戻ってからは、理想と現実の差に焦るばかりだった。 「技の練習をずっと出来なくて、不安しかありませんでした」(三浦) 三浦は自分を責め始めると、出来なかった技をいつまでも繰り返す。躍起になって練習していると、木原が声をかけた。 「『何で出来ないんだ! 』と自分を責めながら練習するのはやめたほうがいい」 ブルーノ・マルコットコーチも諭した。 「落ち着いて。ペアの技は怪我にもつながるから、ネガティブな気持ちになるなら練習しないほうがいい」 そんなやりとりを木原が回想する。 「技術的に出来る、出来ないではなくて、気持ちの持って行き方がネガティブな時にコーチから怒られます。僕と三浦さんがケンカになるのも、それが原因。相手の失敗に怒るんじゃなくて、気持ちの持って行き方でぶつかります」
「スピン地獄です」
GP初戦が近づくなか、調子が合わない日は、スピンの練習に集中した。ペアのスピンは、2人の回転速度が一致しなければならない。マルコットコーチはこう話した。 「ツイストやスロージャンプは元来のセンスも必要だけれど、スピンの上手さは練習した回数に比例する」 木原もその教えに従った。 「タイミングが合うまでは、その日の練習は終わりません。スロージャンプやツイストは集中力が落ちると怪我をしますが、スピンは怪我のリスクが少ないので上限はなかったですね」 「タイミングが合わないときは、やめさせてもらえず、スピン地獄です」(三浦) <続く>
(「Sports Graphic Number More」野口美惠 = 文)
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